令和4年4月14日
国立大学法人 東北大学 学際科学フロンティア研究所
国立大学法人 東北大学 電気通信研究所
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

電気回路の基本要素 -インダクタ- の「ねじれ」をほどく
~電子スピンの量子相対論効果で電力制御研究に新展開~

【発表のポイント】

【概要】

インダクタ*1は、抵抗やキャパシタと並んで、様々な電子機器で幅広く利用される電気回路の基本要素です。通常インダクタは、ねじれた導線(コイル)で実現され、導線を流れる「電流の時間変化」を「起電力」に変換する機能(インダクタンス)を示します。ごく最近、量子現象に基づく「創発インダクタ」が提案・実証され、コイルに基づく従来技術が抱える原理的な制限(インダクタンスの大きさのコイルサイズ依存性等)を克服する試みが始まりました。ここでは、らせん磁性金属という、ねじれた磁気をもつ特殊な材料が用いられていました。

東北大学学際科学フロンティア研究所の山根結太助教、電気通信研究所の深見俊輔教授、日本原子力研究開発機構の家田淳一研究主幹は、量子相対論効果である「スピン軌道相互作用*2」により、創発インダクタ機能が、より普遍的な(空間的に一様な磁気構造を持つ)磁性材料で生じることを理論的に明らかにしました。本成果により、創発インダクタは特殊な材料、狭い温度・周波数帯に限られた機能ではなく、様々な材料系で出現しうるものであることが明らかになり、量子現象による電力制御などへの展開も期待されます。また、本原理によれば、ゲート電圧によってスピン軌道相互作用を制御することで、従来のコイルインダクタでは必要な機械動作部品を用いない可変インダクタへの展望も開けます。今後、この原理の実証研究を推し進めることで、電子スピンを介したエネルギー変換現象に基づく、次世代の基盤量子技術の開発が切り開かれていくものと期待されます。

本研究成果は2022年4月7日付(米国時間)で、米国物理学会誌「Physical Review Letters」にてオンライン公開されました。

【詳細な説明】

物理原理の詳細

従来インダクタでは、コイルを流れる電流と、その電流によってコイルの周りに生じる「磁場」との間の、電磁誘導の法則を介したエネルギー変換が利用されます。それに対して、らせん磁性金属で観測された創発インダクタでは、電流と、らせん磁気秩序を形成する「磁気モーメント」との間のエネルギー変換を利用します。後者のエネルギー変換を媒介するのは、交換相互作用とよばれる、電子スピン間に働く量子効果です。この交換相互作用に起因して、電流は磁気モーメントのダイナミクスを誘起し(スピン移行トルク)、そして今度は、その磁気モーメントのダイナミクスが起電力を生成します(スピン起電力)。この一連の量子現象を通じて、らせん磁性金属はインダクタ機能を発現します。スピン移行トルクとスピン起電力はいずれも、磁気モーメントの向きが空間的に非一様なときに生じる現象です。そのため「ねじれた導線」、すなわちコイルを用意する必要はない一方で、空間的に「ねじれた磁気モーメント」が必要になります。実際に先行研究では、らせん磁気構造を持つGd3Ru4Al12やYMn6Sn6が用いられていました。

今回、東北大学と日本原子力研究開発機構の共同研究チームは、量子効果である交換相互作用に加えて、量子相対論効果であるスピン軌道相互作用に着目しました。そして、これらの効果の複合的作用により、導線と磁気モーメントのどちらにも「ねじれの無い」系、すなわち、向きが一様な磁気モーメントを持つ磁性体においても、創発インダクタが発現することを理論的に明らかにしました。研究チームはこれを、「スピン軌道創発インダクタ」と名付けました。物質中のスピン軌道相互作用は様々な起源により生じますが、ここでは、系の空間反転対称性の破れに起因するものを考えます。これは例えば、結晶構造が反転対称中心を持たない物質や、磁性/非磁性薄膜ヘテロ構造界面において生じます。後者の場合、磁性材料については鉄やコバルトといった、ありふれた材料が利用可能です。こうしたスピン軌道相互作用があれば、磁気モーメントの向きが一様であっても、スピン軌道トルク・スピン軌道起電力として知られる量子相対論的効果によって、磁気モーメントのダイナミクス及びそれに起因する起電力が生成されます。これが、スピン軌道創発インダクタの背景にある物理過程です。

本研究では、スピン軌道創発インダクタの基礎理論を確立し、その振舞を明らかにしました。図1は、スピン軌道創発インダクタと、従来知られていた2種類のインダクタについて、いくつかの性質を比較したものです。図2は、一軸磁気異方性を持つ強磁性体における、スピン軌道創発インダクタの周波数特性の計算結果です。強磁性共鳴周波数(典型的に1〜10GHz)より低い周波数帯では、安定したインダクタンスを得られると期待できることが明らかになりました。また、電流に対して縦方向だけでなく、横方向にもインダクタンスが生じることが示されました。これは、コイルやらせん磁性金属を用いた創発インダクタとは一線を画す性質です。

図1) 本研究で予言されたスピン軌道創発インダクタと、これまで知られていたインダクタの比較。LとCはそれぞれ、コイルのインダクタンスとキャパシタンス。
図2) 本研究で得られた、一軸磁気異方性を持つ磁性体におけるスピン軌道創発インダクタの周波数特性。(左)電流に対して縦方向のインダクタンスと(右)横方向のインダクタンス。縦軸・横軸ともに規格化されており、概念図を示している。

本研究の学術的意義、および今後の展望

コイルを用いたインダクタ原理は、1830年代に発見されました。以来、現在普及している製品に至るまで、インダクタは全てコイルを利用しており、今では成熟した技術となっています。近年の創発インダクタの発見は、量子技術に基づく研究対象へとインダクタを引き上げました。しかし、創発インダクタにはまだ謎も多く、これまでに観測されている実験結果と基礎理論の間には、未解明のギャップがあります。こうした基礎物理の解明を目指す上で、創発インダクタを研究する舞台がらせん磁性金属に限定されることは、大きな障壁となります。また、創発インダクタを得るための材料選択を著しく狭めると同時に、その動作温度領域・周波数帯は厳しい制約を受けます。

本研究が提案するスピン軌道創発インダクタは、一様な向きを持つ磁気モーメントの下で発現し、らせん構造のような磁気のねじれを必要としません。そして、強磁性と(空間反転対称性の破れによる)スピン軌道相互作用が共存していれば、原理的にいつでも生じうる現象です。本研究の成果は、創発インダクタをより普遍的な技術・現象へと昇華させるための、重要な一歩となるものです。

スピン軌道創発インダクタの要素技術の一つであるスピン軌道トルクの研究は、磁気メモリ応用の観点から、ここ約10年の間に急速に発展しています。もう一方の要素技術であるスピン軌道起電力については、理論研究が先行しており、その応用研究はまだほとんど議論されていません。そして、これら二つを結びつける研究はこれまでほぼ皆無でした。本研究成果は、「インダクタ」という新たな視点のもとで二つの量子相対論的効果を結びつけ、その基礎理論を確立するものです。これは今後、従来技術では実現できない、新規インダクタ素子機能の探索と実現に向けて、その指針を与える重要な役割を果たすと期待されます。

本研究は、研究構想において原子力研究開発機構が、理論構築と論文執筆において東北大学がそれぞれ中心的な役割を果たし、全ての著者が得られた成果について検討を行いました。なお本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金JP16K05424、JP19H05622、 池谷科学技術振興財団、村田学術振興財団の助成を受けたものです。また、本研究は、SDGsの目標のうち、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」に関するものです。

【用語解説】

*1 インダクタ

「時間変化する電流」を「起電力」に変換する回路素子。抵抗、キャパシタと並び三大受動素子の一つ。電流の急激な変化を抑制する働きをすることから、電源回路や高周波フィルタ、変圧器等に幅広く利用される。現在普及しているインダクタは全て、ねじれた導線(コイル)を利用しており、その動作原理は19世紀に発見された電磁誘導の法則に基づく。

*2 スピン軌道相互作用

電子は「電気」の担い手であると同時に、それ自身がミクロな「磁石」でもある(スピン磁気モーメント)。スピン軌道相互作用とは、電子の持つスピン磁気モーメントと、その電子の軌道運動とを結びつけるものである。スピン軌道相互作用の起源は、電子自身の軌道運動(軌道電流)が作り出す磁場が、電子のスピン磁気モーメントに作用するものとして理解できる。物質中での具体的なスピン軌道相互作用は様々な形をとるが、本研究では特に空間反転対称性の破れに起因するものを考える。

【論文情報】

Title : “Theory of Emergent Inductance with Spin-Orbit Coupling Effects”
(スピン軌道創発インダクタンスの理論)

Authors : Yuta Yamane, Shunsuke Fukami, and Jun’ichi Ieda

Journal : Physical Review Letters

DOI : 10.1103/PhysRevLett.128.147201

URL : https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.128.147201

参考部門・拠点:先端基礎研究センター
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