令和3年12月27日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)原子力基礎工学研究センター核データ研究グループ岩本修グループリーダーを中心とするJENDL開発チームは、様々な放射線と原子核との反応や原子核の崩壊の基盤データベースである核データライブラリ1)JENDL-52)を開発しました。
原子炉や加速器の開発・運用・利用などにかかわる様々な分野で活用されている数値シミュレーションの信頼性を向上させるためには、その根幹となる核データライブラリが重要です。その最新版であるJENDL-5の開発ではJ-PARCなどでの最新の測定データや原子核の反応や崩壊の理論的な知見を取り入れています。原子炉シミュレーションで重要となるアクチノイドなどのデータの信頼性を向上させつつ、従来の原子力利用を超えた「新原子力」3)が目指す将来社会への貢献へ向け、中性子データを大幅に拡充すると共に、多様な放射線による反応データを追加することにより、データの完備性が大幅に向上しています。
具体的には、
① 新しい核種4)の追加により、中性子反応の収録核種数が前バージョンから2倍近くに増えました。天然にある全ての核種や放射能をもつ核種の多くを網羅しており、様々な材料を用いた革新的原子炉システムの探求に活用できます。
② 放射性核種の生成・崩壊データが充実したことで原子炉廃止措置での詳細な放射能評価が可能となりました。これはデコミッショニング改革の基盤となるものです。原子炉シミュレーションの中心となるアクチノイドのデータの信頼性の向上は、原子力安全の追求、廃炉・廃止措置や廃棄物の処理処分の研究開発の促進にもつながります。
③ 新たに反応生成核種のエネルギーデータも加え、適切な材料損傷評価の評価が可能になりました。これは核融合炉材料開発のための大強度中性子源の設計などへ活用できます。さらに、陽子、重陽子5)、アルファ線6)などのデータを追加したことで、様々な放射線が関わるシミュレーションの信頼性が向上し、放射線利用の高度化、新知見の創出への貢献が期待されます。
今後、数値シミュレーション計算プログラムで直接利用可能な形式のデータファイルも提供する予定です。これにより、計算プログラムの利用者はこのデータファイルを指定するだけで、JENDL-5が利用可能となります。また、原子力機構で開発している数値シミュレーション計算プログラムにもこのファイルを付属させることで、JENDL-5の利用を促進していく予定です。
JENDL-5は12月27日に次の原子力機構のウェブサイトから無料で公開されます。
https://wwwndc.jaea.go.jp/jendl/jendl.html
原子炉の設計や加速器による放射線利用などの研究開発では、中性子などの放射線の挙動を推定するために数値シミュレーションが広く活用されています。この数値シミュレーションにおいて、放射線と原子核との反応の起こりやすさなどのデータが不可欠です。原子力機構ではこれまで原子炉の設計などに必要な中性子と原子核との反応についての基盤データベースである核データライブラリJENDLを開発してきました。しかしながら、新たな原子炉の開発や放射性廃棄物の処理処分、さらには加速器による放射線利用の拡大などの多様なニーズへ対応するためには、収録している核種の数、データの種類の不足などの課題がありました。
半世紀以上にわたり国内外で大規模な測定データが蓄積されてきました。これらのデータに新たな測定データや理論的な知見を加え、データの信頼性を高めました。前バージョンであるJENDL-4.0のデータの信頼性向上と共に、個別の目的用に開発してきた放射性核種の生成(放射化)量評価に関わる中性子反応、崩壊データや、陽子、重陽子、アルファ線、ガンマ線による原子核反応のデータについても改訂や追加を行い、JENDL-5に取り入れました。これにより、データの信頼性と完備性が向上し、将来の「新原子力」すなわち、安全性の追求、革新的原子炉システムの探求、放射性物質のコントロール、デコミッショニング改革、高度化・スピンオフ、新知見の創出の推進へ貢献することが期待されます。
JENDL-5の主な特徴は次のとおりです。
〇中性子データを大幅に拡充
収録核種の充実を図り、JENDL-4.0の核種数406からJENDL-5では795と2倍近くになっています。JENDL-4.0で不足していた核種のデータを新たに追加することで、天然に存在している287の核種をすべて網羅しています。これにより、これまであまり利用されなかった材料や、微量に含まれている元素など、様々な対象についての数値シミュレーションが可能になります。さらに、ベータ崩壊やアルファ崩壊をともなう不安定な核種に対するデータも大幅に充実しています。表1と図1にこれまでのJENDLと国外の主要な最新の核データライブラリに収録されている核種の数を示します。JENDL-5はこれまでのJENDLや世界の核データライブラリと比較しても、収録核種が格段と充実していることが分かります。これは様々な材料を用いた革新的原子炉システムの探求や原子炉廃止措置を推進するためのデコミッショニング改革に資するものです。
〇原子炉の数値シミュレーション計算で重要となるデータの信頼性が向上
原子炉の燃料となるウラン(U)やプルトニウム(Pu)、また、これらの燃料から生成されるネプツニウムやアメリシウムなどのアクチノイドと中性子との反応データは、原子炉の数値シミュレーションを行う上で非常に重要なデータです。JENDL-5では、J-PARCを含む世界各地で測定された新しい測定データなどの知見もとにデータの改訂を行い、信頼性を高めました。また、熱運動を行っている物質による低エネルギー中性子の散乱を表すデータ(熱中性子散乱則)は軽水炉などの原子炉の数値シミュレーション計算を行う上で非常に重要です。JENDL-5では、軽水や重水など原子炉で重要となる物質について、分子動力学にもとづく評価を取り入れることで信頼性を向上させました。これらの改訂によりJENDL-4.0で過大評価が見られたPuを含む炉心の臨界性7)について、数値シミュレーション計算による予測精度が改善しました。また、高速炉の臨界性の予測精度も改善しており、軽水炉から高速炉まで多様な原子炉について、信頼性の高い数値シミュレーションが可能となりました。
これらの原子炉に重要なデータの信頼性が向上したことで、原子力安全の追求、廃炉・廃止措置や廃棄物の処理処分などへの貢献が期待されます。
〇多様な放射線による反応データを収録
原子炉の数値シミュレーションでは通常20 MeVまでの中性子による反応が考慮されています。しかしながら、加速器などを用いた放射線利用ではさらに高いエネルギーの反応が必要になってきます。JENDL-5では個別目的のデータベースとして開発してきた高エネルギー中性子や陽子と原子核との反応データであるJENDL-4.0/HEを加えると共に新たな評価データも追加し、多くの核種に対して利用可能なエネルギー範囲を200MeVまで広げました。
また、放射性廃棄物の処理処分へ向けた加速器駆動炉や核融合材料の照射施設など、高エネルギーの大強度ビームを利用した加速器施設が検討されています。これらの施設では放射線による材料の損傷が大きな問題となります。JENDL-4.0/HEには材料損傷評価に必要なデータが不足していたため、適切に評価することができませんでした。JENDL-5ではこれらの評価に必要な、原子核反応によって生成される原子核に付与されるエネルギーのデータを精度よく計算可能な方法を開発して、新たにデータを追加しました。図2は、中性子を鉄に照射した場合に、材料損傷評価に必要な原子のはじき出しの起こりやすさを核データライブラリから計算したものです。JENDL-4.0/HEでは必要なデータが無かったために、20 MeV以上で1/6程度と小さな値となっていましたが、JENDL-5では20MeVの上下のつながりが良くなり、大幅に改善されています。
これらのデータは、材料損傷のみならず、粒子線治療やホウ素中性子捕捉療法など最先端放射線治療の高度化や宇宙線による人工衛星や通信機器の不具合発生頻度の推定など、人体や半導体への放射線影響評価にも幅広く利用できます。
原子炉の使用済み燃料中では、ウランが中性子を吸収することによって重いアクチノイドが生成されます。アクチノイドの中にはアルファ線を多く放出する核種があります。放出されたアルファ線は燃料中に存在する軽い核と反応することで中性子を発生させます。このため、使用済み燃料の取扱いを検討する上で、アルファ線による中性子の発生を見積もることが必要となります。JENDL-5ではこれまで開発してきた核反応の理論計算プログラムを活用し、過去に個別目的のデータベースとして開発したアルファ線反応データを収録するJENDL/AN-2005を見直しました。図3は、原子炉燃料として一般的な二酸化ウランにアルファ線が入射した時に発生する中性子のエネルギー分布の数値シミュレーションによる計算結果と実験値との比較図です。アルファ線が試料中の酸素と反応することによって中性子が発生しますが、JENDL-5を用いてシミュレーション計算を行うことにより実験値の再現性が大幅に向上していることが分かります。
JENDL-5は中性子以外の放射線による反応データも充実し、さらにこれまで不足していたデータも充足することで、宇宙や医療などを含む様々な分野における放射線の影響評価への活用が期待されます。これは「新原子力」が進める放射線利用の高度化、新知見の創出へ資するものです。
今後、開発した核データライブラリJENDL-5をもとにした個別の数値シミュレーション計算プログラムへ対応したデータファイルを提供する予定です。これにより、それぞれの計算プログラムの利用者はデータベースの指定を変更するだけで、最新のデータベースが利用可能となります。また、原子力機構で開発している数値シミュレーション計算プログラムにもこのファイルを付属させることで、JENDL-5の利用を促進していく予定です。
原子力基礎工学研究センター
核データ研究グループ
炉物理標準コード研究グループ
核変換システム開発グループ
高速炉サイクル研究開発センター
炉心・プラント解析評価グループ
高温ガス炉研究開発センター
熱利用推進グループ
廃炉環境国際共同研究センター
計量管理・線量評価グループ
JENDL委員会
機構外協力
反応の起りやすさや、放出される粒子のエネルギー分布や角度分布など、原子核反応に関する種々の量(核反応データ)やベータ崩壊やアルファ崩壊などの原子核の壊変にかかわるデータなどをデータベースとしてまとめたものである。数値シミュレーションプログラム内で利用できるように、統一的な形式で作成されている。核反応データは衝突する粒子の種類やエネルギー、標的となる原子核の種類によって異なる。数値シミュレーションで必要となる多くのデータが、実験データと理論計算に基づいて評価され、データベースとして整備されている。
日本で開発している核データライブラリの最新版で「Japanese Evaluated Nuclear Data Library version 5」の略称である。中性子核反応については、JENDL-1が最初のバージョンとして1977年に公開され、2010年に前版のJENDL-4.0が公開されている。JENDLでは中性子以外にも、様々な目的に応じて陽子やガンマ線などの核反応データベースも開発されている。JENDLは、これまでIAEAが主導して開発された核データライブラリを含め、米国や欧州の核データライブラリでも多くのデータが採用されるなど、国際的にも評価されており、世界の原子力研究に大きな貢献をしている。
将来ビジョン「JAEA 2050 +」で示された、原子力機構が目指す目標である。従来の取組を超えた将来社会への貢献をめざし、6つのテーマ(安全性の追求、革新的原子炉システムの探求、放射性物質のコントロール、デコミッショニング改革、高度化・スピンオフ、新知見の創出)に取り組む。
原子核の種類を表す。原子核中の陽子と中性子の数に加え、励起エネルギーが異なる準安定な核異性体で区別される。
水素の同位体である重水素の原子核のことであり、水素の原子核は陽子1個であるのに対し、重陽子は陽子1個と中性子1個から構成される。
アルファ崩壊によって放出される放射線の元となる粒子で、He-4の原子核である。
原子炉内で起こる中性子の連鎖反応で、どの程度中性子が増倍しているかを表す量。1のときがちょうど連鎖反応が継続する臨界の状態で、1より小さいと未臨界、1より大きいと超臨界と呼ばれる。