令和3年12月15日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

地下深くの岩盤中の放射性物質の動きをより正確に推定する手法を構築
~地層処分の安全評価の信頼性向上に貢献~

【発表のポイント】

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)核燃料・バックエンド研究開発部門 核燃料サイクル工学研究所 基盤技術研究開発部の舘 幸男研究主席らは、スウェーデン核燃料・廃棄物管理会社(SKB)が主催する国際共同プロジェクトのデータを活用して、実際の地下深部の岩盤中における放射性物質の移行特性(動きやすさ)を室内試験データから推定する手法を構築しました。

高レベル放射性廃棄物等の地層処分の安全評価では、地下深部の岩盤中での放射性物質の動きを、十分な信頼性をもったデータに基づき評価する必要があります。放射性物質の移行データは、従来より、地下深部から採取した岩石試料を用いた室内試験で取得されるのが一般的です。しかし、それらのデータはそのままでは深部岩盤には適用できず、何らかの補正評価が必要となることが国際的にも課題となっていました。

本研究開発では、スウェーデンのエスポ岩盤研究所で実施された実際の地下環境での放射性物質の移行試験および室内試験データを活用して、両者の差異を比較してみました。その結果、地下環境での原位置試験※1と室内試験とで、得られたデータの差異の原因が岩盤中の移行経路となる間隙(すきま)や放射性物質との反応に寄与する表面積の変化によるものであることを明らかにしました。また、その差異を補正して、室内試験データから地下深部の岩盤中での移行特性を評価する手法を新たに構築しました。

ここで構築した手法は、今後の地層処分の候補サイトの岩盤を対象とした調査・試験の実施に大きく効果を発揮すると期待できます。また、実際の地質環境を対象とした地層処分安全評価の信頼性向上にも大きく貢献すると期待できます。

本研究開発成果を基に、日本の岩盤への適用性の検討を含め、今後の地層処分事業の実施を支える技術基盤の更なる信頼性向上に向けて、継続して取り組んでいきます

本研究開発成果は、令和3年11月発行の国際学術誌「Water Resources Research」にオンライン掲載されました。

【研究開発の背景】

高レベル放射性廃棄物等の地層処分の安全評価では、実際の地下深部の岩盤中での放射性物質の移行挙動を評価する必要があります。そして、その評価には信頼性の高い評価モデルとデータが必要です。このようなデータは、地下深部から採取した岩石試料を用いた室内試験によって取得されることが一般的です。しかしながら、室内試験では、地下深部の環境から岩石試料を採取・加工して用いるために、岩石の状態等が地下深部とは異なります。そのため、室内試験で得られたデータに何らかの補正をして、地下深部での移行特性を評価する必要があることが国際的にも重要な課題となっていました。

このため、実際の地下深部の岩盤中で直接データ取得を行う原位置試験も実施されていますが、地層処分で考慮する必要がある様々な環境条件下(長期にわたる環境変化など)でのデータを、原位置試験で全て取得することは困難です。これは、原位置試験において、地下深部の環境条件を変化させることは難しく、このような環境条件の変化を実現できる点が室内試験の利点となります。この課題を解決するためには、室内試験および原位置試験で得られたデータの差異とその原因を特定し、室内試験データから地下深部での移行特性を評価する手法の構築が鍵となります(図1)。

図1 地層処分評価における岩盤中の放射性物質の移行モデル・データを構築するための原位置試験と室内試験の役割(原位置・室内試験図は参考文献1、 2より)

【研究開発の内容と成果】

スウェーデンのエスポ岩盤研究所では、このような課題に着目した原位置長期拡散・収着(LTDE-SD)プロジェクトを実施し、地下深部での原位置移行試験および室内試験によって多数の放射性物質のデータを取得しています。

本研究開発では、これらの貴重なデータセットを活用して、室内試験と原位置試験との条件の差異等を補正することで、室内試験データから地下深部での放射性物質の移行特性を評価する手法を構築しました(図2)。具体的には、放射性物質の移行を表現する拡散※2特性と収着※3特性について、室内試験と原位置試験での以下のような条件の差異を補正して評価しています。

拡散特性について、室内試験に用いる岩石試料は、高圧環境の地下深部から地上に持ってきた際に圧力解放等の影響で間隙率が増加します。すると間隙率の増加に伴い、拡散特性は増加します。そこでそれらを考慮し、間隙率と拡散特性の相関をもとにデータ補正を行います(図2a)。

一方で、収着特性について、室内試験に用いる岩石試料は測定する際に粉砕します。その粉砕に伴って、試料の粒径は減少(表面積は増加)し、収着特性が増加します。それを考慮し、試料粒径と収着特性の相関をもとにデータ補正を行います(図2b)。

さらに、地下深部の岩盤特性(亀裂表面での間隙率の分布など)が不均質性を有することも考慮して、原位置条件での拡散・収着特性を評価します(図2c)。

これらの評価手法によって、室内試験データから地下深部岩盤の移行特性を推定し、スウェーデンのエスポ岩盤研究所における地下深部での移行試験の実データと比較することで、様々な放射性物質の原位置での移行試験結果を再現できることを確認しました(図2d及びe)。

図2 室内試験データから原位置条件での移行特性の推定手法とその適用性の確認結果(データは参考文献2、 3、 4より)

さらに、ここで検討した手法の妥当性や有効性をより広く確認するために、先行研究として実施したスイスのグリムゼル試験場での原位置試験および室内試験結果(参考文献5)との比較を行いました。その結果、原位置での拡散特性は、スウェーデンのエスポの岩石では1/3程度、スイスのグリムゼルの岩石では1/5倍程度、室内試験に対して小さな値を示すことが確認されました(図3a)。また、収着特性(Cs)の粒径依存性は、スウェーデン・エスポ及びスイス・グリムゼルの岩石で、一般的な室内試験の条件に対して、原位置では1/10以下となることが確認されました(図3b)。これらの比較より、岩盤特性の差異の程度はそれぞれの岩盤で異なるものの、室内試験と原位置試験での差異を補正する評価手法は、エスポとグリムゼルの双方の岩盤に対して適用可能であることが示されました。

図3 原位置試験と室内試験での(a)拡散特性および(b)収着特性の差異の岩石間での比較:スウェーデン・エスポとスイス・グリムゼルの比較

【本研究開発の意義と反映先】

ここで提案した手法は、従来より課題となっていた地下深部環境での放射性物質の移行特性を、室内試験データから推定する手法として、今後の地層処分安全評価の信頼性向上に大きく貢献するものです。現在、ここで提案した手法の日本の岩盤への適用性についても、地下研究施設でのデータを活用して検討を進めています。それらの成果を踏まえ、今後の国内外の安全評価において広く活用されていくことが期待されます。また、日本における処分サイトの候補の岩盤を対象とした室内試験・原位置試験の効果的な実施や、その結果を安全評価に適切に反映していく方法論として活用されることが期待されます。

【論文掲載情報】

雑誌名:Water Resources Research

論⽂タイトル:A Scaling Approach for Retention Properties of Crystalline Rock: Case Study of the In-Situ Long-Term Sorption and Diffusion Experiment (LTDE-SD) at the Äspö Hard Rock Laboratory in Sweden

著者:舘 幸男、伊藤 剛志、Björn Gylling

DOI:https://doi.org/10.1029/2020WR029335

【特記事項】

本研究成果の一部は、経済産業省資源エネルギー庁委託事業「高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(処分システム評価確証技術開発)」の成果です。

【参考文献】

[1] Widestrand, H. et al. (2010). Äspö Hard Rock Laboratory. Long Term Sorption Diffusion Experiment (LTDE-SD). Performance of main in-situ experiment and results from water phase measurements. SKB Technical report, R-10-67, SKB, Stockholm, Sweden.

[2] Widestrand, H. et al. (2010). Äspö Hard Rock Laboratory. Long Term Sorption Diffusion Experiment (LTDE-SD). Supporting laboratory program – Sorption diffusion experiments and rock material characterisation. With supplement of adsorption studies on intact rock samples from the Forsmark and Laxemar site investigations. SKB Technical report, R-10-66, SKB, Stockholm, Sweden.

[3] Nilsson, K. et al. (2010). Äspö Hard Rock Laboratory. Long term sorption diffusion experiment (LTDE-SD). Results from rock sample analyses and modelling. SKB Technical report, R-10-68. SKB, Stockholm, Sweden.

[4] Ohlsson, Y. (2000). Studies of ionic diffusion in crystalline rock. PhD thesis. Royal Institute of Technology, Sweden.

[5] Tachi, Y. et al. (2015). Matrix diffusion and sorption of Cs+, Na+, I− and HTO in granodiorite: laboratory-scale results and their extrapolation to the in situ condition. J. Contam. Hydrol., 179, 10–24.

【参考図:スウェーデン・エスポ岩盤研究所とスイス・グリムゼル試験場の情報】

(図や写真はSKBやNagraのレポートより)

【用語解説】

1. 原位置試験

実際の地下深部における岩盤の特性を観察・計測するための地下研究施設等での地下の坑道や地上から掘削したボーリング孔などを用いて実施する試験。地層処分の安全評価を、実際の地下深部の地質環境の特性を反映して行うため、原位置試験によりデータを取得し、評価に用いるデータの取得やモデルの妥当性を確認するための取り組みが、従来より国内外で進められている。

2. 拡散

媒体中をある物質が濃度勾配を駆動力にして移動する現象を示す。

3. 収着(分配係数)

収着は、固体の間隙の中あるいは表面で起こる反応をいう広義の用語であり、液相から固相内部への吸収と、固体表面で起こる吸着を含むものである。分配係数は、特定の化学種の固相と液相の2相間の平衡状態での分配の定量的尺度であり、対象となる媒体中での物質移行をどのくらい遅らせるかを評価するのに用いられる。

参考部門・拠点:核燃料サイクル工学研究所
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