令和3年11月2日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

材料が溶ける不思議“多成分系での共晶溶融現象”を解明
-未知物質である福島第一原子力発電所の“燃料デブリ”の性状予測への第一歩-

【発表のポイント】

材料単体の融点よりも低い温度で液化反応を起こす “共晶溶融現象”の概念図
(左)共晶溶融現象のイメージ図 (右)本研究で得られた多成分系での共晶溶融後の試料

【概要】

材料本来の融点よりも低い温度で液化反応がおきる、材料の「共晶溶融現象」は、「より少ないエネルギーで材料を液化させることができる」、「材料組織を制御できる」などの実用性の高さから、材料製造や、機能性材料の開発など、多くの科学・産業分野で利用されています。 例えば、多くの鉄鋼材料や複合材料の製造(高強度材料や耐熱材料など)、材料の溶接はこの現象を利用したものです。 しかしながら、異種材料の境界面で生じる“共晶溶融現象”は、単一材料の温度上昇に伴う “単純な溶解現象”と異なり、その発現メカニズムは非常に複雑です。 また、異種材料間の境界面という、狭い領域で生じる共晶溶融現象は、その理論解釈および実験遂行が難しく、過去の研究例は非常に限られています。 そのため、多成分系での共晶溶融現象は理論・実験のどちらの面でも検討が不足しており、今日でも“共晶溶融現象”の多くの部分が未解明のままです。

今回、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」)・福島研究開発部門・廃炉環境国際共同研究センターの墨田岳大研究員らは、多成分・共晶溶融系である“固体金属ジルコニウム”と“溶融したステンレス鋼―炭化ホウ素合金(高温金属融体)”に着目し、その反応生成物を詳細に分析することで、当該現象の反応メカニズムを実験的に解明することに成功しました。 本研究で得られた結果から、今回用いた多成分系での共晶溶融について、拡散速度の速い軽元素(ホウ素や炭素など)が、先行して反応境界面に熱力学的安定相を形成し、当該生成相はその後の共晶溶融反応の進行に大きな影響を与えることを明らかにしました。また、多成分系での共晶溶融現象の理論的解釈には、動力学と熱力学の融合的発想が必要であることが示唆されました。

本研究成果は、東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所(以下、「1F」という)の廃炉作業を進める上で重要な、“燃料デブリ”の形成メカニズムの解明およびその性状把握に必要となる基礎的知見を材料学的観点から提供するものです。“燃料デブリ”とは“核燃料や金属材料、コンクリートなどが高温で溶融・反応した後に冷えて固まったもの”であり、いまだその全容は明らかになっていません。なかでも、溶融した制御棒材料(ステンレス鋼と炭化ホウ素の高温金属融体)と、その周辺に存在する燃料棒被覆管材料(金属ジルコニウムを主成分とするジルカロイ)から形成する“金属系燃料デブリ”は1F特有の燃料デブリであり、過去の知見がほとんどありません。燃料デブリは複数の材料が共晶溶融反応を経て形成されたと考えられ、本研究で得られた”多成分・共晶溶融系”に関する知見は、燃料デブリの取出しや処置方法等を考慮する上で非常に重要です。具体的には、本研究で得られた成果は、燃料デブリの臨界管理に不可欠な、燃料デブリ中のホウ素分布の推定や、燃料デブリの健全性評価のための化学的安定性の推定等に貢献できるものです。今回の成果を踏まえ、今後は軽元素に着目した、高温での液化を伴う材料反応に関する研究を進める予定です。

本研究成果の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(No.20K15209)「高精度かつ簡便な金属系燃料デブリ中ホウ素濃度定量法の開発」の助成を受けたものです。

本成果は学術誌「Materialia」の2021年12月号に掲載されます(8月20日オンライン公開)。

【これまでの背景・経緯】

その流動性や反応性の高さから、液体(液相)が関与する材料の高温反応は、製造業をはじめとする多くの産業分野で最も重要な反応です。その中でも、共晶溶融現象(材料本来の融点よりも低い温度で液化が起こる現象)は、「より少ないエネルギー(熱)で材料を液化させることができる」ことや「材料組織を制御できる」ことなどの実用性の高さから、材料の製造のみならず、機能性材料の開発や溶接など、多くの科学・産業分野で利用されています

一方で、共晶溶融現象は異種材料の境界面で生じるため、単一材料の温度上昇に伴う “単純な溶解現象”とは、そのメカニズムが大きく異なり、その現象理解も一筋縄では行きません。例えば、共晶溶融現象を理論的に説明するため、物質の移動現象を記述する動力学と、物質の最終状態(平衡状態)を記述する熱力学という基本的な理論的アプローチが広く採用されています。しかし、このような単純化された理論で現象を部分的に検討するだけでは、複雑な共晶溶融現象を包括的に説明することはできません。また、共晶溶融現象を実験的に解明するための研究も行われていますが、異種材料間の境界面という、狭い領域で生じる共晶溶融現象はその実験と分析が複雑であり、先行研究のほとんどが、単純化された二元系(2種類の元素)での研究であり、より現実の状況に即した、複数の共晶成分系での共晶溶融現象に関する研究は非常に限られています

今回、我々の研究グループでは、複雑な多成分系である“固体金属ジルコニウム(Zr)”と“ステンレス鋼(SS)と炭化ホウ素(B4C)の高温金属融体(以下、SS-B4C高温融体という)”を例に、共晶溶融現象を実験的に検討しました。本実験系は、固体状態のジルコニウムと、液体状態のホウ素、炭素、クロム、鉄、ニッケルを含む高温金属融体の合計6種類の複数元素で構成される多成分共晶系です。

【今回の成果】

今回の研究では、多成分系での共晶溶融現象の実験的理解のために、金属ジルコニウムと、SS-B4C高温融体の反応実験を実施しました。

図1が実験の概要図です。縦型の電気炉の中で、事前に調整されたSS-B4C高温融体に、固体金属ジルコニウム試料を投入し、所定の時間経過後に反応生成物を冷却し、冷却固化した生成物を分析しました。

図2が高温反応実験で得られた生成物の電子顕微鏡像(反応境界面の反射電子像)の一例です。試料全体を分析する粉末X線回折法、試料を局所的に分析するエネルギー分散型X線分析法、及び二次イオン質量分析法、さらに理論的手法(熱力学的計算や速度論的考察など)を組み合わせた包括的分析(図3参照)の結果、図2で示す通り、今回得られた試料は、複数の金属間化合物(図中のA~G)から構成されていることがわかりました。

さらに詳細な分析を実施したところ、この実験系での共晶溶融反応は、反応温度が1300 ℃(1573 K)では、図4左のような過程で進行し、これよりもわずかに高温な反応温度1377 ℃(1650 K)になると、図4右のような過程で進行することがわかりました。すなわち、今回用いた多成分系での共晶溶融では、まず拡散速度の速い軽元素(ホウ素や炭素など)が、先行して反応境界面に熱力学的に安定な化合物(熱力学的安定相)を形成します(図4(2))。反応温度が1300 ℃の場合、この生成相が連続的となり、この連続相が材料間のさらなる反応を抑制し、全体の反応進展は結果的に遅くなります(図4(3)左)。一方で、反応温度がわずかに高温(1377 ℃)になると、初期生成相が非連続的となり、この生成相は材料間の反応を抑制する障壁とならず、材料間の共晶溶融反応は即座に進行します(図4(3)右)。

以上のように、本研究の結果、多成分系での共晶溶融現象の反応メカニズムが明らかになりました。また、反応の境界面にホウ素や炭素といった軽元素を含む連続相が形成されるか否かで、その後の系全体の反応進展速度が大きく変わることがわかりました。

図1 高温反応実験の概要図
本研究のために特別に作製された縦型電気炉。高温状態の電気炉内で、事前に調整されたSS-B4C高温融体に、固体金属ジルコニウム試料を投入し、反応(共晶溶融反応)を開始させる。所定の時間経過後、試料全体を装置下部の水冷用タンクに落下させ、試料を冷却。冷却固化した試料は、複数手法により分析同定。
図2 1300 ℃の高温反応実験で得られた生成物固化物の反応境界面反射電子像
青文字で示した化合物(C~F)は、“SS-B4C高温融体”と“固体金属ジルコニウム”が反応して形成した化合物、赤文字で示した化合物(A, B, G)は、未反応の“SS-B4C高温融体”と“固体金属ジルコニウム”がそれぞれ冷却してできた化合物を示す。
図3 多角的な試料分析
(1)高温反応実験で得られた反応生成物の反射電子像
(2)二次イオン質量分析で得られた元素マップ
(3)エネルギー分散型X線分析で得られた元素マップ
(4)バルク試料の粉末X線回折パターン
材料の局所的な分析((1),(2),(3))では、形成した化合物の形や質量、含まれる元素情報が得られる。また、材料全体の分析結果(4)から、この試料に含まれる主成分の化合物情報が得られる。これら複数分析法から得られた情報をまとめることで、共晶溶融反応で形成された化合物を包括的に同定(決定)出来る。
図4 共晶溶融反応メカニズム
温度により、反応メカニズムが異なる。

【今後の展望】

本研究の結果から、多成分系での共晶溶融現象の理解には、拡散速度の速い軽元素の反応境界面での挙動(初期生成相とその形状)が重要であることがわかりました。また、多成分系での共晶溶融現象の理論的理解には、動力学と熱力学の融合的な考察が必要であることも示唆されました。この結果を踏まえ、今後は軽元素であるホウ素に特に着目し、高温状態で液化を伴う、困難ですが興味深い、材料の反応に関する研究を進める予定です。

本研究成果は、1Fの事故によって生成し、その素性の多くが未だ明らかになっていない“燃料デブリ”の形成メカニズム、および、その性状を把握するために必要な基礎的知見を提供しています。 “燃料デブリ”とは“核燃料や金属材料、コンクリートなどが高温で反応・溶融した後に冷えて固まったもの”です。図5に1F原子炉で使用される主な材料を示します。燃料デブリはその主成分を踏まえ、次のように分類できると考えらます[1]。

1Fでは、制御棒材料に炭化ホウ素(B4C)を使用していたことから、鉄鋼材料(ステンレス鋼)との共晶溶融反応により、炭化ホウ素成分を含んだ金属系燃料デブリが多く生成したと考えられます。一方で、過去に過酷事故を起こした原子炉(米国スリーマイル島原子力発電所や旧ソ連チェルノブイリ発電所)では、異なる炉系のため制御棒等の材料も異なり、炭化ホウ素を含む金属系燃料デブリは生成しておらず、過去の知見はほとんどありません。 従い、炭化ホウ素成分を含んだ金属系燃料デブリという未知物質の性状把握のためには、その生成メカニズム(どのようにしてできるか)を明らかにすることが有効です。

今回得られた結果は、1F事故時に、溶融した制御棒材料(ステンレス鋼と炭化ホウ素の高温金属融体[SS-B4C高温融体])と、その周辺に存在する燃料棒被覆管材料(金属ジルコニウム[Zr]を主成分とするジルカロイ)がどのように反応し、また、その反応物が冷却すると、どのような金属系燃料デブリが生成するか、ということを検討するために重要な基礎的知見を提供しています。即ち、金属ジルコニウム、ステンレス鋼、炭化ホウ素を主成分とする金属系燃料デブリは、複数の構成相から生成されることが本研究の結果からわかりました。この構成相の情報は、例えば、燃料デブリの臨界管理に不可欠である燃料デブリ中のホウ素分布の推定や、燃料デブリの健全性評価のための化学的安定性の推定、コンピュータシミュレーションにおけるモデリングの高度化に必要なものです。また、共晶溶融現象を利用した材料製造や、機能性材料の開発などにも貢献する成果です。

我々の研究グループでは、これまでにも、溶融した制御棒材料がどのように固まり“金属系燃料デブリ”を形成するのか、その特性は元素濃度が変わるとどのように変化するのか、等を明らかにしてきました。今後も燃料デブリの正体やその特性・性状を明らかにするため、材料学的観点に立脚した基礎研究を実施します。

図5 福島第一原子力発電所原子炉で使用されている主な材料

【論文情報】

Takehiro Sumita, Masaaki Kobata, Masahide Takano, Atsushi Ikeda-Ohno, ”High temperature reaction of multiple eutectic-component system: The case of solid metallic Zr and molten stainless steel-B4C”, Materialia, Volume 20, 2021.
(https://doi.org/10.1016/j.mtla.2021.101197)

【参考文献】

[1] Takehiro Sumita, Toru Kitagaki, Masahide Takano, Atsushi Ikeda-Ohno, “Solidification and re-melting mechanisms of SUS-B4C eutectic mixture”, Journal of Nuclear Materials, Volume 543, 2021.
(https://doi.org/10.1016/j.jnucmat.2020.152527)

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