令和3年3月5日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東北大学

電力制御の小さな横綱「パワースピントロニクス素子」の開発に道
—電源回路の小型化とノイズ除去の切り札「負のインダクタンス」の活用に期待—

【発表のポイント】

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)先端基礎研究センター スピン-エネルギー変換材料科学研究グループ 家田淳一研究主幹(東北大学電気通信研究所客員教授兼任)は、国立大学法人東北大学(総長 大野英男)学際科学フロンティア研究所 (電気通信研究所兼務)山根結太助教と共同で、電子回路の基本的な性質「インダクタンス」を電子スピンの特性を活用することにより広範囲に制御する新しい方法を見出しました

インダクタンスとは、導線を流れる電流の変化が誘導起電力となって現れる性質です。インダクタンスを得るためのねじれた導線(コイル)からなる素子をインダクタといい、電流の急激な変化をバネのように安定化することから、電源回路や高周波フィルタ、変圧器等のパワーエレクトロニクス素子(電力制御用半導体素子)に幅広く利用されています。古典電磁気学によると、誘導起電力の大きさは、コイルの巻き数の2乗とコイルの断面積に比例するため、強いインダクタンスを得るためには素子のサイズが自ずと大きくなります。すなわち、小型で強いパワーエレクトロニクス素子の実現には原理的な制限が存在しています。ごく最近、量子技術に基づく新しいインダクタの実現方法である「創発インダクタ」が提案され、従来技術の原理的な制限を克服する試みがはじまりました。しかし、この新しい実現方法には未だ謎が多く、観測された実験結果と基礎理論の間には未解明のギャップがありました。

そこで本研究では、スピントロニクスにおける重要因子の一つとして知られる「ラシュバ型のスピン軌道結合」の効果を基礎理論に取り込むことで、創発インダクタに与える影響を探りました。その結果、第一にラシュバスピン軌道結合がインダクタンスを飛躍的に増幅すること、第二に磁気の感じる摩擦の効果を通じてインダクタンスの符号を正負どちらにも設計できることを突き止めました。これらにより、未解明だった観測結果の理解を大きく進展させ、創発インダクタを最適化するための設計指針を与えることに成功しました。また、負のインダクタンスを持つ素子は、通常の正のインダクタンスを持つ素子とは逆の作用を持ちます。従って、負のインダクタンスには回路に生じた不要な(正の)インダクタンス由来の電磁ノイズを打ち消す効果があり、高周波回路等への応用が長らく提唱されていたものの、従来の単一素子では実現不可能とされていました。この点でも、本研究による負のインダクタンス発現の新原理発見が果たす意義は大きいと考えられます。

本研究は、スピンを介したエネルギー変換技術の利用により、従来技術では実現が困難であった集積回路等の極微領域での電源回路や負のインダクタといった魅力的な機能を実現させる「パワースピントロニクス」の開発を切り拓くものです。今後さらに研究を進めることにより、情報集約型の未来社会(Society5.0)を支える基盤量子技術の一環として、幅広く利活用されるようになることが期待されます。

本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review B(フィジカル・レビュー・B)」のLetter(速報)として出版に先立ち、Editors’ Suggestion(推薦論文)に採択されるとともに3月4日(現地時間)にオンライン掲載しました。

【研究開発の背景と目的】

高度に情報化が進む現代社会において、コンピュータやスマートフォンなどの電子機器の小型軽量化、省電力化の要請はますます高まっています。これまでに、半導体集積技術に基づく電子機器本体の技術革新は著しく進展しました。この一方、電子機器に必要な「電源部分」は、電力を扱うことから集積技術の適用が難しく、その製品の全体積に占める割合は年々増加する傾向にあります。すなわち、電子機器の最終的な小型軽量化には、電源装置の技術革新が必須であり、機器の中で大きな体積を占めるトランス(変圧器)やインダクタといった電気部品の高度化・高性能化が強く求められています。

トランスやインダクタの基礎となるのが、電気回路における「インダクタンス」という性質です。インダクタンスは、電磁気学におけるファラデーの電磁誘導の法則によって導かれ、回路に流れる電流をできるだけ一定に保とうとする物体の振動に対するバネのような働きがあります。この性質を使って電力の変換と制御を行う技術分野は、「パワーエレクトロニクス」と称され、インダクタの高性能化・最適化はその最重要ターゲットであるといえます。しかし、従来のインダクタにはインダクタンスの強さと小型化に原理的なトレードオフがあり、製造技術的にも集積回路に組み込むような極端な小型化は不可能であると考えられてきました。

2019年、電子スピンを利用するスピントロニクス技術に基づき、従来インダクタの量子技術版ともいえる「創発インダクタ」が、理化学研究所により理論提案されました。この新しい実施形態では、インダクタンスの強さが素子の断面積に反比例し、小さい素子ほど強いインダクタンスを実現できるという驚くべき特性を示します(図1)。翌2020年、特殊な磁気のねじれ構造を持つ「らせん磁性体」を使った実験で、予言された特徴的な素子断面積への依存性が見事に検証され、古典電磁気学の限界が打破できるという期待から注目を集めました。一方、これまでに提出されていた基礎理論と観測結果の間にはいくつかの点で隔たりが認められており、中でも観測された「負の値を示すインダクタンス」の原因は未解明の謎として残されることとなりました

図1:従来技術のインダクタ(左)と量子技術による創発インダクタ(右)の比較

そこで本研究では、基礎理論を発展させることで、創発インダクタの「謎」の解明に挑みました。

【研究の手法と結果】

まず着目したのは、創発インダクタの動作メカニズムが、二つの基礎過程に分解できるという点でした。この二つとは、スピントロニクス分野において発見されてきた重要な現象である「スピントルク」と「スピン起電力」です。スピントルクは、電子のスピンを介して電流が磁気の向き(磁化)を動かす仕組みであり、高効率な磁気情報の書き込み技術の基本原理として既に実用化に結びついています。この一方、スピン起電力は、反対に磁化の運動が電子スピンを介して電圧を生み出す仕組みです。具体的には、電流がらせん磁性体の磁気を揺らし、その磁気の揺らぎが反電流を生み出す作用が連続的に繰り返すことで、全体としてインダクタとして働いているものと考えられます。

これまで当研究グループでは、スピンを介した磁気から電気へのエネルギー変換の基本原理として、スピン起電力を詳しく研究してきました。そこで、その知見を応用すれば、創発インダクタの基礎過程が拡張できるという着想を得ました。この着想を検証するために、スピントロニクスで標準的に用いられているスピン制御手段の「ラシュバ型のスピン軌道結合」を理論に組み込み、らせん磁性体の運動による創発インダクタに与える影響を探りました。その結果、既知の成果を含むより一般的な創発インダクタンスの公式を導くことに成功しました。

【研究の成果】

新しい公式がもたらす新知見として、第一にラシュバスピン軌道結合がらせん磁性体の運動によるインダクタンスを飛躍的に増幅すること、第二に磁気の感じる摩擦の効果を通じてインダクタンスの符号を正負どちらにも設計できること、がわかりました(図2)。これらにより、未解明だった観測結果の理解を大きく進展させ、創発インダクタを最適化するための設計指針を与えることに成功しました。

図2:創発インダクタンスのパラメータ依存性

【今後への期待】

本研究は、スピンを介したエネルギー変換技術の利用により、従来の古典電磁気学に基づくパワーエレクトロニクス技術では実現が困難であった集積回路等の極微領域での電源回路や負のインダクタンスといった魅力的な機能を実現させる新技術分野、「パワースピントロニクス」を開拓するものです。

創発インダクタの実現には、一般的なスピントロニクスの素子作製技術が活用できるため、極めて小さい電力制御素子が実現できる可能性が広がります。また、負のインダクタンスを持つ素子は、回路に生じた不要なインダクタンス由来の電磁ノイズを打ち消す効果があるため、高周波回路等への応用が長らく提唱されていたものの、従来技術で実現するには複数の能動素子を必要とするなどの困難が指摘されていました(図3)。一方、本研究によって明らかになった新原理では、単一の受動素子での実現が設計可能であることが判明しており、本発見が果たす意義は大きいと考えられます。

図3:負のインダクタンスの使用例(左・中央)と、従来技術による負のインダクタンスの実施例(右)

今後さらに研究を進めることにより、情報集約型の未来社会(Society5.0)の実現を、高効率な電力利用の側面から支える基盤量子技術として、幅広い貢献が期待されます。

書籍情報

雑誌名:Physical Review B (Letters)

タイトル:Intrinsic and extrinsic tunability of Rashba spin-orbit coupled emergent inductors
(ラシュバスピン軌道結合した創発インダクタの内因性および外因性の調整可能性)

著者:Jun’ichi Ieda, and Yuta Yamane
(Editors’ Suggestion)

DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevB.103.L100402

参考部門・拠点:先端基礎研究センター
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