令和3年2月25日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

原子炉の配管は巨大地震にどれだけ耐えられるか
―長期使用された原子炉配管の耐震安全性評価のための手法を開発―

【発表のポイント】

図1 地震のゆれが配管におよぼす影響
図2 地震によるゆれの大きさや配管の
使用期間と破損確率の関係の例

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄。以下、「原子力機構」という。)安全研究センター構造健全性評価研究グループ(研究代表者:山口副主任研究員)では、原子力発電所における機器の耐震安全性評価に関する研究の一環として、長期間使用された配管を対象に、地震で破損する確率である地震フラジリティ1)を評価できる解析コードPASCAL-SP22)を開発しましたまた、配管の地震フラジリティを評価するための手順、推奨される手法およびモデル、技術的根拠などを取りまとめた評価要領を世界に先駆けて整備し、外部専門家の確認なども経て、解析コードとともに公開しました

原子力発電所の耐震安全性を評価する手法の一つとして、地震を原因とした確率論的リスク評価3)(以下、「地震PRA」という。)があります。この評価には、地震のゆれにより機器や配管などが破損する確率と地震のゆれの大きさの関係である地震フラジリティ曲線が必要です。配管に着目すると、長期間の使用によるひび割れ(以下、「亀裂」4)という。)の発生の可能性があります。亀裂が発生すれば、長期間の使用により亀裂が大きくなり、配管の強度が低下していくことが知られています。したがって、より現実的な地震フラジリティを評価するためには、使用期間の増加に伴う亀裂の発生および進展、ならびに地震のゆれにより亀裂が大きくなることを考えて、配管の破損確率を求める必要があります。しかし、これまでの解析コードでは、使用期間の増加に伴う亀裂の発生および進展を考慮して配管の破損確率を求めることしかできませんでした。起こり得るあらゆる大きさの地震を対象に、地震のゆれによる亀裂の進展も考えて配管の破損確率を算出できる解析コードはありませんでした

そこで、研究グループでは、まず、原子力発電所の代表的な配管材料を対象に、設計上の想定を超える巨大な地震によるゆれを考慮して、地震のゆれにより亀裂がどれくらい大きくなるかを評価できる手法を、系統的な実験および数値解析を通じて確立しましたこの手法を確率論的破壊力学5)(以下、「PFM」という。)に基づき開発した、亀裂の発生および進展を考慮して配管の破損確率を求める解析コードPASCAL-SP2)に組み込むことで、長期間使用された配管の地震フラジリティを算出できる唯一の解析コードPASCAL-SP2を開発しました

また、PASCAL-SP2を用いて、配管の地震フラジリティを評価するための手順、推奨される手法およびモデルなどについて、それらの技術的根拠とともに取りまとめた評価要領を世界に先駆けて整備しました。

長期間運転された既設原子炉の地震に対するリスクの現実的な評価の際に重要となる本成果は、今後、安全性向上評価などのリスク情報の活用に寄与することが期待できます。

PASCAL-SP2の使用手引きはJAEA-Data/Code 2020-021[1]、また評価要領はJAEA-Research 2020-017[2]として、2021年2月25日付で公開しました。解析コードパッケージは原子力機構のコンピュータプログラム等検索システムPRODASを通して入手することができます。

【これまでの背景・経緯】

東京電力福島第一原子力発電所の事故の教訓を踏まえて定められた新規制基準では、地震などの外部事象に関する評価の厳格化が求められています。また、原子力規制委員会の安全性向上評価に関する運用ガイドでは、確率論的リスク評価が評価法の一つとして挙げられています。地震PRAでは、地震による機器や配管などの破損確率を地震のゆれの大きさに応じて求めた地震フラジリティ、任意の地震のゆれの大きさとその大きさを超える地震の発生頻度の関係である地震ハザードおよび事故シーケンスから炉心損傷頻度6)などが求められます。配管に着目すると、長期間の使用により、応力腐食割れ7)や疲労などの劣化事象によって亀裂が発生する可能性があります。より現実的な地震フラジリティを求めるためには、亀裂が発生していることによる配管の強度低下を考える必要があります。亀裂は、配管の使用期間が長くなるにつれて徐々に大きくなるだけでなく、地震による配管のゆれで大きくなる可能性もあります。長期間使用された配管の破損確率を求めるためには、この両方の亀裂進展を考える必要があります。これまで、長期間使用されることによる亀裂の発生およびその進展を考慮して配管の破損確率を算出する解析コードはありました。しかし、原子力発電所で起こり得るあらゆる地震の大きさを対象に、地震による亀裂進展も考えて破損確率を算出できる解析コードはありませんでした。

【今回の成果】

研究グループでは、長期間使用される配管の破損確率に加えて地震フラジリティを算出できる解析コードPASCAL-SP2を開発しました。また、地震フラジリティ評価のための手順、推奨される手法およびモデル、ならびに技術的根拠などを取りまとめ、経年配管の地震フラジリティ評価要領として、世界に先駆けて公開しました。

まず、本研究では、亀裂を有する配管の地震フラジリティを算出できる解析コードの開発と、長期間使用される配管の地震フラジリティに係る評価要領の整備という2つの課題に取り組みました。解析コードの開発では、地震のゆれにより配管が破損するかどうかを評価するために必要な亀裂進展評価手法を開発し、その評価手法を解析コードPASCAL-SPに導入することで、長期間使用される配管の地震フラジリティを評価可能にしました。

地震のゆれによる亀裂の進展評価では、今までの評価手法が設計上の想定を超える巨大地震には適用できないという課題を踏まえ、大きな地震によるゆれまで対応できる地震時亀裂進展評価手法を新たに整備しました。新しい評価手法は、原子力発電所の代表的な配管材料を対象に、実験による現象の確認および数値解析によるメカニズムの考察などを踏まえて整備したものです。この評価手法は、弾塑性破壊力学パラメータ8)を活用することで、亀裂先端付近の塑性変形9)が大きくなる、巨大な地震のゆれによる亀裂進展評価にも適用できます。また、地震時には不規則に変動する繰返し荷重が加わることから、亀裂進展速度におよぼすその影響を考慮できるようにしたことで、起こり得るあらゆる地震の大きさに対して亀裂進展を予測できます。この評価手法の妥当性は、図3に示すように、実際の配管に地震によるゆれを模擬した荷重を加えた試験において、亀裂進展量の測定値(◆)と、整備した手法による予測値()とが良く一致していることにより確認しました。これら評価手法の整備に係る成果を論文として取りまとめ、外部専門家による確認などを経て公開しています[3, 4]。

図3 亀裂進展評価手法の妥当性確認実験の結果

次に、この評価手法を、配管の長期間使用による亀裂の発生および進展を考慮して破損確率を算出する解析コードPASCAL-SPに組み込みました。PASCAL-SPは、元々、沸騰水型原子炉のステンレス鋼管における応力腐食割れによる亀裂の発生および進展など、使用期間の増加に伴う配管の破損確率を算出するPFM解析コードでした。研究グループでは、PASCAL-SPの実用性を高めるために、加圧水型原子炉におけるニッケル合金配管溶接部の応力腐食割れなどの劣化事象に対応するなど、最新知見を踏まえて評価対象の拡充を行ってきました。これらの研究に加えて、整備した地震時亀裂進展評価手法をPASCAL-SPに組み込むことにより、使用期間の増加による亀裂の発生および進展に加えて、あらゆる大きさの地震のゆれによる亀裂進展も考慮して配管の破損確率を算出可能にするなど、地震フラジリティを評価するための機能を整備しました。このたび、長期間使用された配管の地震フラジリティを算出することが可能な唯一の解析コードとして、PASCAL-SP2を公開しました。

PASCAL-SP2の特徴は以下のとおりです。

PASCAL-SP2を開発すると同時に、長期間使用される配管を対象とした地震フラジリティを評価するための手順、推奨される手法およびモデルなどをそれらの技術的根拠とともに取りまとめた評価要領を世界に先駆けて整備しました。この評価要領の目的は、評価担当者が、評価要領を参照しながら、PASCAL-SP2を用いることによって、長期間使用される配管の地震フラジリティを適切に評価できることです。

評価要領は、本文、解説および代表的な評価事例から構成されます。本文には長期間使用される配管を対象とした地震フラジリティ評価に関する基本事項、推奨される手法およびモデルなど、解説には本文に対応した項目の技術的根拠が取りまとめられています。整備した評価要領は、リスク評価や破壊力学に関する外部専門家の意見を反映することによって、実用性が高められています。この解析コードおよび評価要領を活用することによって、図2や図4のような使用期間の増加や地震による揺れの増大に伴う地震フラジリティ曲線の変化、図5のような非破壊検査などの保全活動による地震のゆれに対する余裕への改善効果などを定量的に確認することができます。

図4 使用年数の増加に伴う配管の破損確率の変化に関する評価例
図5 保全活動が地震のゆれに対する余裕におよぼす影響の評価例

【今後の展望】

長期間使用された配管の地震フラジリティを評価可能とした本解析コードおよび評価要領は、既設原子炉の現実的なリスク評価にとって重要な成果です。今後、研究グループでは、PASCAL-SP2および評価要領を用いて、長期間使用された原子炉配管の地震のゆれに対する安全性や余裕の評価、様々な保全活動のリスク指標に対する改善効果を定量的に示すなど、安全性向上評価などのリスク情報の活用に関する取り組みをさらに進めていきます。

なお、確率論的破壊力学を基礎とした解析コードPASCAL-SP2の枠組みは一般性があり、解析コードを改良することによって、化学プラントや石油プラントなどの一般的な工業用配管の確率論的耐震安全性評価に活用可能です。

【論文情報】

[1] 山口 義仁, 真野 晃宏, 勝山 仁哉, 眞崎 浩一, 宮本 裕平, 李 銀生, “原子炉配管に対するPFM解析コードPASCAL-SP2の使用手引き及び解析手法,” JAEA-Data/Code 2020-021 (2021)

[2] 山口 義仁, 勝山 仁哉, 眞崎 浩一, 李 銀生, “経年配管を対象とした地震フラジリティ評価要領,” JAEA-Research 2020-017 (2021)

[3] Y. Yamaguchi, J. Katsuyama, K. Onizawa, H. Sugino, Y. Li and G. Yagawa, “Experimental and analytical studies on the effect of excessive loading on fatigue crack propagation in piping materials,” Journal of pressure vessel Technology, Vol. 135, 041406-1 - 9 (2013)

[4] Y. Yamaguchi, J. Katsuyama, Y. Li and K. Onizawa, “Crack growth evaluation for cracked stainless and carbon steel pipes under large seismic cyclic loading,” Journal of Pressure Vessel Technology, Vol.142, 021901-1 - 11 (2020)

[5] Y. Li, K. Osakabe, G. Katsumata, J. Katsuyama, K. Onizawa and S. Yoshimura, “Benchmark analysis on probabilistic fracture mechanics analysis codes concerning multiple cracks and crack initiation in aged piping of nuclear power plants,” PVP2014-28513, ASME 2014 Pressure Vessels and Piping Conference (2014)

[6] A. Mano, J. Katsuyama and Y. Li, “Probabilistic fracture mechanics benchmarking study involving the xLPR and PASCAL-SP codes; Analysis by PASCAL-SP,” PVP2020-21427, ASME 2014 Pressure Vessels and Piping Conference (2020)

【助成金等の情報】

本研究は、原子力規制庁からの受託事業「原子力施設等防災対策等委託費(高経年化を考慮した建屋・機器・構造物の耐震安全評価手法の高度化)事業」として行われたものです。

【用語解説】

1) 地震フラジリティ

地震のゆれの大きさに対して配管や機器などが破損する確率。地震のゆれの大きさと地震が作用した場合の破損確率の関係を表す曲線を地震フラジリティ曲線という。

2) PASCAL-SP/PASCAL-SP2

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 安全研究センター 構造健全性評価研究グループにて整備した原子炉配管を対象とした確率論的破壊力学解析コードであり、「PFM Analysis Code of Structural Component in Aging LWR – Stress Corrosion Cracking at Welding Joints of Piping」の略称である。研究グループでは、より実用性の高いPFM解析の実現を目的として、最新知見を踏まえて解析対象の拡充や解析手法の高度化などをPASCAL-SPに施し、PASCAL-SP2を整備した。整備した機能の例として、ニッケル合金の応力腐食割れや二相ステンレス鋼における熱時効などを考慮できる機能を新たに加えたほか、最新の応力拡大係数解の導入や溶接残留応力のばらつきなどの評価機能の高度化を実施した。

3) 確率論的リスク評価(PRA)

原子力発電所で起こり得る事故や被害などの好ましくない事態が発生する頻度と発生時の影響を定量的に評価し、安全性の度合いを検討する手法。地震を起因とするPRAでは、地震のゆれによる機器などの破損確率である地震フラジリティ、任意の地震のゆれの大きさとその大きさを超過する地震の発生頻度の関係である地震ハザードおよび事故シーケンスから炉心損傷頻度などが求められる。

4) 亀裂

材料の表面などに生じた鋭いひび割れであって、破壊力学による評価のためにモデル化したもの。

5) 確率論的破壊力学(PFM)

構造物の破壊に影響する様々な因子が有するばらつきや不確実さを考慮して、破壊力学に基づく評価を通じて構造物の破損確率を定量的に評価する手法。

6) 炉心損傷頻度

原子炉炉心の冷却が不十分な状態の継続や、炉心の異常な出力上昇により、炉心温度が上昇することによって、相当量の燃料被覆管が損傷する状態である炉心損傷事故が発生する可能性を単位時間・原子炉当たりの回数で表したもの。通常は、1年あたりの頻度として表現される。

7) 応力腐食割れ

腐食性の環境におかれた金属材料に引張応力が作用して生じるひび割れであり、材料、応力、環境の3要因が重なり合った場合に発生する事象である。

8) 弾塑性破壊力学パラメータ

塑性変形の影響が無視できないほど大きくなる負荷条件下における亀裂の状態を表すためのパラメータである。パラメータとしていくつか提案されているが、その中でもJ積分がよく使われている。

9) 塑性変形

物体に荷重を加えると変形が生じる。物体に作用する荷重がある限界値を超えると、物体には永久に変形が残る。この変形を塑性変形という。一方、荷重が小さいうちは荷重を取り去ると物体の形状も元に戻る。このような変形を弾性変形という。

参考部門・拠点:安全研究センター
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