令和3年1月29日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学

AIが放射線マップを賢く作成
―福島での放射線測定のビッグデータを活用―

【発表のポイント】

図1 機械学習の効果
これまで多くの情報を統合しないと難しかった線源の分布や強度を、簡便に評価する手法として機械学習を応用した新しい放射線情報の解析手法を考案しました。この手法は、福島で積み重ねてきた多くの環境中の放射線測定データをベースとしています。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」) 福島研究開発部門 福島研究開発拠点 廃炉環境国際共同研究センター 環境モニタリングディビジョン(南相馬市) の佐々木美雪研究員、眞田幸尚グループリーダーおよびEstiner W. Katengeza (学生実習生) は、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学(総長 松尾清一)大学院工学研究科 総合エネルギー工学専攻 山本章夫教授と共同で機械学習1)をベースとした新しい放射線測定データの解析手法の開発を行いました。

離れた位置からの放射線測定により放射線マップを作成する場合、地形により変化する対象物からの距離や、建物などによる放射線の減衰を考慮する必要があるため、測定環境に応じたパラメータを用いて、対象とする場所の線量率や放射能を計算していました〔図2〕。1F事故後、環境中での放射線分布調査のニーズが高まり、車両、有人ヘリコプター、ドローンなどのUAVに放射線検出器を搭載し、位置情報と対になる多くの放射線測定データが環境中で取得されています。このような放射線測定データは、位置的・時間的にも連続的なデータとして記録されています。したがって、従来の1つの放射線測定値から1つの換算値を求める方法ではなく、相互の関係性を考慮することによって、より簡便かつ精度の良い情報として提供できると考えられます。

原子力機構では、1F事故以降に取得したUAVによる放射線測定データやGPSによる位置情報のデータで構成されるビッグデータを機械学習 (ディープラーニング2)) に適用することを試みました〔図1〕。機械学習は飛躍的な技術革新が進められており、近年では汎用性の高い市販のソフトウエアとして購入することが可能です。今回、機械学習のアルゴリズム部分には、誰でも使用できるように、あえて既存のソフトウエアを使用しました。機械学習の入力データにはUAVで取得したエネルギーごとの放射線の計数率と同時にGPSで測定した位置情報を用いて検証しました。その結果、機械学習による新しい解析手法は、従来の手法と比べて精度 (地上で放射線測定した数値と比較した誤差: RMSE3) を指標) が30%以上向上することを確認しました。また、従来の手法では放射線測定データ3600個 (1時間分) で1時間程度解析に係る時間が必要であったところ、本手法であれば、あらかじめデータを学習させることにより、数分で完了できます。

今後は、写真による構造物の識別情報や地形情報、放射線の遮蔽に影響がある気象条件の違いなどを付加することで、さらなる換算精度の向上を進めていきます。また、本手法は、上空からの測定だけでなく地上での放射線測定や建屋内での放射線測定にも応用でき、放射線測定が関わるさまざまな分野への応用も期待できます。本研究成果は、国際学術雑誌「Scientific reports」のオンライン版に1月20日(日本時間19時)に掲載されました。

図2 環境中での放射線分布
推定の難しさ

【研究の背景と目的】

従来、離れた位置からの放射線測定で得られたデータを用いて放射線マップを作成する場合、放射線検出機器の情報や、地形により変化する対象物からの距離、建物などによる遮蔽などの多くの情報を考慮し、専門知識を有する研究者や技術者がシミュレーションなどを行うことで、目的の場所の線量率や放射能を計算していました〔図2〕。このような手法は、環境中のような大量のデータを扱う際には手間がかかり現実的ではありませんでした。よって現場の経験や標準的な体系で計算した簡易的なパラメータを用意するなどし、線源分布などを推定してきましたが、換算精度に課題がありました。

1F事故以降、放射性物質の分布状況やその時間変化を明らかにするため、数多くの環境モニタリングが行われてきました。特に、空からアプローチするUAVのデータは、広範囲に放射線測定できるため、地理情報システムによるマップ化技術と組み合わせて線量率分布の把握に活用されてきました。上空からの放射線測定結果を地上値に換算する場合、地形が平たんで線量率分布が一定なエリアにおける測定値の比較で計算した簡易的なパラメータを設定することで対応してきました。しかし、このような換算手法は一定の精度を示すものの、地形や線量率の変化が複雑なエリアでは誤差が大きいという課題がありました。事故から約10年が経過した現在でも1F周辺では、避難指示区域が設定されており、そのようなエリアにおける詳細な放射線マップを迅速かつ精度よく作成することは、除染や避難指示区域解除などの科学的根拠として役立つと考えられます。

原子力機構では、そのような放射線測定における解析の課題を改善するため、上空からの放射線測定データの新しい換算手法について研究を行ってきました。今回、取得してきた過去の多くのデータを学習データとして使用し、機械学習のアルゴリズムにより、簡便かつ高精度な換算を実現する基礎的な検証を行いました。検証は、誰でも簡便に活用可能なように市販の機械学習ソフトウエアを用い、学習パラメータの特徴やその結果の精度について評価しました。

【開発内容と成果】

機械学習のアルゴリズムには、市販の機械学習ソフトウエアであるNeuralWorks Predict (米国NeuralWare社製) を利用しました。本ソフトウエアは、Microsoft社製のExcelの機能拡張として使用することができ、データが扱いやすい特徴があります。本ソフトウエアを利用し、これまで原子力機構で取得してきた上空でのγ線スペクトルデータをエネルギーごとに分割した計数率と、地表面とヘリの位置までの距離の情報を入力し、地上における空間線量率を出力するニューラルネットワーク4)を構築しました 〔図3〕。ニューラルネットワークを使用した学習では、出力される値と正解値との誤差を計算し、出力値が正解値に近づくようにニューラルネットワークのパラメータを調整し、最適な換算が行えるニューラルネットワークを構築します。学習し最適化されたニューラルネットワークを介して、上空で得られた放射線測定データが地上の空間線量率として換算されます。

精度の良い換算を行うためのニューラルネットワークの構築条件を評価するため、必要となるトレーニングデータ(上空測定値と地上測定値の組み合わせ)の数とニューラルネットワークのパラメータ(層数)について評価を行いました。まず、ニューラルネットワーク構築におけるトレーニングデータ数を変化させ、トレーニングデータ数の増加に伴う換算結果の精度を検証しました。精度検証には、UAVと同じ地域で取得した地上の空間線量率を正解値とし、換算値と正解値の誤差(RMSE)の平均値を使用しました 〔図4〕。図4に示したトレーニングデータは、測定高度が50-60mであり、TD1は放射線の計数率が5000cps以下のデータ、TD2は5000-10000cpsのデータを抽出し、機械学習を行いました。

結果として、200個以上のトレーニングデータ(例:50-60m、0-5000cpsのトレーニングデータが200個)があれば一定の精度に収束(図4左: RMSE値が一定となる)ことが分かりました。

また、ニューラルネットワークの層数を変化させ、換算値と正解値の誤差の変化を確認した結果、10以上の隠れ層があれば一定の精度(図4右: RMSE値が一定となる)に収束することが分かりました。これらの検証結果を元に、実際の測定データに適用するニューラルネットワークを構築しました。

図3 人工ニューラルネットワークの学習イメージ
図4 トレーニングデータの必要数の検証と層数と計算精度との関係

機械学習で構築したニューラルネットワークを用いて、1F周辺で取得したUAVによる放射線測定データを解析し、放射線マップを作成しました。また、比較用に、従来の手法である、簡易的なパラメータにより換算した放射線マップも作成しました。作成した2つの放射線マップを図1に示します。従来の手法による放射線マップと比較して、機械学習を使用した放射線マップは線量率の分布が細かく可視化されていることが分かります。この機械学習を適用した放射線マップの精度を数値的に検証するため、地上で放射線測定したデータ(正解値)と換算値を比較しました。換算値と正解値の誤差(RMSE)を計算すると機械学習を使用した結果は、0.66となり従来の手法 (1.00) と比べて34%の向上が確認できました。従来の手法と比較して、機械学習を使用した結果は、地上の放射線測定値との誤差が減少し、全体的に精度が向上していることが分かりました。

また、その精度を確認するために図1の右側に [(上空の放射線測定結果)-(地上の放射線測定結果)]/ (地上の放射線測定結果)で定義した相対変化率のヒストグラムを示します。相対変化率は0に近いほど地上値との整合性が良いことを示します。従来の手法の相対変化率は山が2つ重なったような形状をしているのに比較して、機械学習は0付近をピークとした分布を示しています。このように誤差の平均値だけでなく、エリア全体的に精度が向上していることが分かります。これらの結果から、機械学習による換算の手法は従来の手法より、より精度よく放射線分布のマップ作成が可能であることが確認できました。

また、これまで同範囲の放射線測定データを処理するのに1時間以上の時間を要していましたが、本手法は、あらかじめ学習済みのネットワークを準備することによって、今回の放射線測定範囲すべてを計算させても数分で完了することができます。この計算スピードの速さは、将来的にリアルタイムにデータを解析することも可能とします。

【波及効果と今後の展望】

今回の論文では、機械学習による換算の手法の有効性を明らかにするために、入力データはエネルギーごとの放射線の計数率及び位置情報の最小限として比較検証しました。この結果、ビッグデータを用いた機械学習によりニューラルネットワークを構築することができ、換算の精度が向上することが確認され、放射線マップの作成に機械学習が適用できることを確認しました。上空では今回使用したデータ以外にも、写真による色情報や温度などの環境データ及びUAVの姿勢情報など多くの活用できるデータを取得しています。原子力機構では、これらの様々な情報を学習データとして使用し、さらに換算精度を向上させる手法の開発も進めています。またこの手法は、現状でもすぐに現場適用可能であることから、政府が実施するモニタリングデータへの適用についても同時に進めていく予定です。

一方、手法の原理自体は、過去に実績のあるデータが存在する放射線測定手法全般に適用できると考えられます。例えば、環境放射線測定における地上放射線測定やPET (Positron Emission Tomography) などの医療用放射線測定技術への適用も可能と考えられます。また、放射線を利用した非破壊検査や、サーベイメータなどの校正にも活用できると考えられます。今後、このような本手法の応用について検討していきます。

【各研究者の役割】

佐々木 美雪(原子力機構): 研究計画立案、アルゴリズム製作、解析

眞田 幸尚(原子力機構):研究総括、現場データの取得

Estiner W. Katengeza (学生実習生):解析、論文作成補助

山本 章夫(名古屋大学大学院工学研究科):研究計画立案、アルゴリズム製作指導、研究指導

【書誌情報】

雑誌名:Scientific Reports

論文題名:“New method for visualizing the dose rate distribution around the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant using artificial neural networks”(人工ニューラルネットワークを用いた福島第1原子力発電所周辺の放射線分布の可視化のための新手法)

著者名:Miyuki Sasaki1、Yukihisa Sanada1、Estiner W. Katengeza2、Akio Yamamoto3

所属:1日本原子力研究開発機構廃炉環境国際共同研究センター、2東京大学、3名古屋大学大学院工学研究科

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-021-81546-4

【用語解説】

機械学習:

機械学習は、データの数学的モデルを使用して、直接的な指示なしでコンピューターが学習できるようにするプロセス。機械学習は人工知能の一部であると見なされる。機械学習では、アルゴリズムを使用してデータ内のパターンを識別し、そのパターンを使用して、予測を行うことができるデータモデルを作成する。

ディープラーニング:

機械学習の一種であり、人間がデータを編成して定義済みの数式にかけるのではなく、人間はデータに関する基本的なパラメータ設定のみを行い、その後は何層もの処理を用いたパターン認識を通じてコンピューター自体に課題の解決方法を学習させる。

RMSE (Root mean square error):

平均平方二乗誤差。√(1/N ∑_(i=1)^N▒(y_i-(y_i ) ̂ )^2 )で定義される。本論文では、地上値と上空のデータを基に換算した数値を場所ごとに計算し、その平均誤差を算出。

ニューラルネットワーク:

ディープラーニングで構築されるネットワークを指し、ニューロンに相当する基本素子を結んでいる配列網。人間の脳神経系を解明し、それを技術の力で実現しようとする試みで、各素子の重みベクトルを変化させることにより、人間と同様に学習することができる。

参考部門・拠点:福島研究開発部門
戻る