2020年10月28日
国立大学法人筑波大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人福島大学
国立研究開発法人科学技術振興機構
東京電力福島第一原子力発電所での大規模な原子力事故では、半減期が比較的長い放射性セシウムを含む放射性物質が大量に放出されました。事故直後から多くの環境モニタリング研究がなされ、公表されてきましたが、それら一つ一つはある時期のある部分の結果にすぎません。福島の環境汚染は刻々と回復傾向にあり、国際的な関心も極めて高いものがあります。このため、これまでの知見の集約が必要とされていましたが、既存の研究を客観的に総括し、科学的に検証した論文はありませんでした。
本研究では、福島の陸域環境モニタリングに関する研究論文210本以上を網羅的に集約し、特に放射性のセシウム137(以下137Cs)による陸域汚染の実態と環境回復の全貌を明らかにしました。
◇森林に存在する137Cs のうち樹木への蓄積割合は、常緑針葉樹林では事故後8年間で70%から2%程度まで減る一方、落葉広葉樹林では23%から21%と、緩やかな減少が示されました。また、林床への137Cs蓄積では、スギ林、落葉広葉樹林とも表層土壌2cm以内に初期値の5割以上がとどまります。水に溶けて森林から流出する137Csは、チェルノブイリ事故影響地域より1、2桁低い濃度で推移しています。
◇森林以外の土地では、137Csの表層土中濃度が大きく減少しました。人間活動や土地活用、除染作業の影響で、137Csの土壌中での下方移行が速く進みました。耕作放棄水田における土壌表層2㎝の137Cs 濃度は、事故後3年間で約7割減少し、その後の除染で事故直後の値の3%まで減少しました。耕作水田の表層土壌では、事故3年後に事故直後の値の10%になりました。下方移行や表層土中の濃度の低減はチェルノブイリよりも速く進み、空間線量率や河川水における放射能濃度低減の要因となりました。
◇阿武隈川を流下する懸濁態の137Cs濃度は事故直後の数値の2%程度になっています。
これらにより、137Cs は陸域に多く残っているものの、地面に露出した137Cs 濃度が劇的に低下したことで、河川へ流入する137Cs 濃度の低減をもたらすという因果関係が新たに解明されました。
世界的に原子力発電が普及する現在、福島第一原発事故直後より収集されたデータは、福島の環境回復の実態解明のみならず、世界的にも記録として残すべきものです。情報公開を徹底し、世界の科学者が共有可能なシステムを構築するとともに、データの継続的な取得を進めていくことが重要であり、引き続き包括的な評価に取り組んで行きます。
筑波大学生命環境系/アイソトープ環境動態研究センター(CRIED)
恩田 裕一 教授
日本原子力研究開発機構 福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター
吉村 和也 研究主幹
福島大学環境放射能研究所
脇山 義史 講師
2011年3月に起きた福島第一原発での大規模な原子力事故では、比較的長寿命の放射性セシウム注1)を含む放射性核種が大気中に放出されました。事故直後から多くの環境モニタリング研究がなされ、公表されてきました。しかし、それら一つ一つは、ある時期のある部分の結果をとりまとめたものです。環境の回復状況は刻々と変わっており、これまでの知見の集約が必要とされていました。また、福島の環境回復については国際的にも非常に関心が高いものがありますが、既存の研究を客観的に総括し、科学的に検証した論文はありませんでした。
本論文では、著者らの研究を中心に、これまで公表された放射性物質の福島の陸域(福島第一原発から80㌔圏内と阿武隈川流域の計9862km2、137Csの降下量は2.7PBq、図1参照)での移行に関する210本以上の論文を集約し、検証しました。特に、事故で放出された主要な放射性物質である137Cs の移行の実態については、▽森林や土壌を介した137Csの下方移行▽丘陵地からの再移動▽水田からの河川への移行▽市街地・除染の影響▽河川を介した移行――など、陸域におけるさまざまな移行経路と要因を取りまとめ、総合的に検討しました(図1)。また、チェルノブイリでの研究成果と比較しました。
その結果、福島の陸域の環境回復の実態とそのメカニズムの全貌が明らかになりました。福島の環境回復を取りまとめた成果の決定版として、世界に幅広く発信することができたと考えています。
以下に、放出された放射性物質が、森林、土壌に蓄積し、下方へ移行し、また侵食によって除去され、河川によって海洋に運搬されるまでの、詳細な研究成果について取りまとめます。
陸域において福島第一原発事故による放射性セシウム(137Cs)放出の影響を最も受けたのは森林域です。森林の面積は、影響を受けた地域全体の60%を占めています(図1)。森林では、林床への直接降下のほか、樹木の枝葉による一時的な捕捉とその後の林床への移行、樹種の違いなどを反映してさまざまなレベルの汚染をもたらしました。森林内での137Cs の移行状況や分布の時間変化は、樹種(常緑針葉樹や落葉広葉樹)や森林の特徴(木や枝葉の密度など)の違いが影響しており、これが雨水や落葉・落枝による林床への移行速度を支配していることが明らかになりました(図2)。
樹体(樹皮+幹材+枝葉を含む樹木全体)の137Csの蓄積状況は、常緑針葉樹では事故後1年間で約60%低減しました。その後も低減を続け、事故後8年間で初期沈着時の2%程度まで減少しました(図2b)。落葉広葉樹では、事故後1年間で事故初期の約60%まで樹体での蓄積量が減少しましたが、その後は根からの吸収の影響によって特に幹材での蓄積量が再び増加する傾向を示し、事故から8年が経過しても初期値の91%にあたる137Csが樹体に蓄積されていることが判明しました(図2f)。また、事故から8年後の林床の137Cs蓄積量は、スギ林では表層土壌2cm以内に初期沈着量の54%がとどまり、落葉広葉樹林では同じく59%が保持されていることが分かりました。
継続的なモニタリングの結果、森林流域から河川水や土砂などを介して1年間に流出する137Cs の量は、流域の初期沈着量の0.3%以下で、森林生態系内にほとんどがとどまっていることが分かりました。
137Csは土壌粒子に非常に強く吸着する性質を持ちます。このため、事故直後には、土壌表層10cmより上部に、事故で沈着した137Cs の99%以上が存在していました。土壌自体が放射線を遮蔽する効果があるため、地上の空間線量率は表層10cmの中でどのように137Cs が分布し、移行しているかによって大きく影響を受けます。137Cs の土壌中での深度分布は指数関数式で近似することができ、その係数βが大きいほど深くまで移行していることを示します。このβのことを重量緩衝深度注2)と呼んでおり、事故からの時間とともに徐々に増加している、つまりは徐々に下方へ移行していることが分かりました(図3d)。その下方移行速度は耕作放棄された水田で年間約1.3cmと最も速く、降下後3年が経過した時点で土壌表層の137Cs濃度は劇的に減少し、表層10cmの範囲においてはほぼ均一でした(図3b)。耕作された水田における表層2cmの137Cs濃度は2012年の時点で約15%となり、著しい減少が見られました(図3c)。一方、市街地の未攪乱土壌では毎年平均約 0.3 cmずつ(土壌密度を考慮した重量深度換算で約0.3 g cm-2ずつ)下方への移行を続けており、空間線量率の低下に影響を与えていますが、10cmより深部(20 cmまで)へ移行した137Cs の割合は、2017年時点で10%未満でした。森林では、落葉による137Cs の供給が継続しているために、土壌表層近辺に137Cs がとどまり続けることが分かりました(図3a,d)。
水田・畑・草地・市街地及び森林から流出する放射性セシウムの観測結果から、土壌の侵食により懸濁態注3)として河川に流入する137Csの濃度は、土地利用の種類や事故後の時間経過によって変化することが分かりました(図4)。水田においては、事故直後の半年間には、正規化137Cs濃度(Sc)注4)が他の土地利用よりも1桁高かったものの、事故後1年目までに急激に減少し、他の土地利用と同じ桁になりました。耕作された農地では、耕起によって137Cs濃度が高い表層の土壌と137Cs濃度が低い深層の土壌が混合されることで、表層に露出した137Cs の濃度量が減少し、その状態が長く維持されるためと考えられます。また、市街地からの流出では、懸濁態の正規化137Cs濃度が事故から1年後時点で、森林流域の2.4倍でしたが、その後急激に減少し4年後には森林流域の1.5倍にまで低下しました(図4)。
一方、森林から流出する正規化137Cs濃度は、低減の進み方が遅い(低減速度が市街地の60%程度)ことが分かりました(図4)。
福島第一原発事故後の河川を介した137Cs の輸送状況については、筑波大と福島県を中心に長期的かつ広範囲なモニタリングが行われてきました。その結果、河川を介して海へ放出された137Cs の総量が初めに陸域に沈着した量の4.8%程度(2011年6月から2017年3月まで、阿武隈川の場合)であること、そのうち96.5%が懸濁態として輸送されていたことが分かりました(図1)。
また、河川を流下する137Cs 濃度の経時変化に、流域の土地利用が深く関係していることが分かりました。特に、生活圏(水田・畑・市街地=PFU注5))による流域の被覆率が高い河川において事故後1年間に、急激な濃度低下を示しました(図5A)。この傾向は、水田及び市街地から河川に流入する137Cs濃度の調査でも観測されたものです。その後も緩やかな低下傾向が続いた結果、事故から6年の間に、阿武隈川の懸濁態137Cs 濃度は事故直後の数値の2%にまで減少しました(図5B)。
福島第一原発事故では、放射性セシウム以外の核種も環境中に放出されました。放射性ストロンチウムやプルトニウムなどは、福島でも観測されていますが、その分布量はわずかです。例えば、福島第一原発から50km圏内の土壌中の90Srの濃度は、137Csの100分の1~10,000分の1であることが分かっています。また、土壌中に存在するPuのうち、福島第一原発由来のものは約7%で、残りは過去の大気核実験由来のものであることが分かりました。
福島とチェルノブイリでは、森林の特徴や土地利用の形態、地形および降水量などの自然条件が異なるため、陸域における137Csの動態が異なることが研究者により予想されてきました。しかし、包括的なモニタリング調査の結果をもとに両地域での137Csの動態を比較した研究はこれまでありませんでした。
今回の検証で、福島の森林では事故初期の雨水による樹冠から林床への137Cs の移行速度がチェルノブイリの森林と比べて速いことが分かりました。福島の降水量が多いため(福島県:1200 mm/年、チェルノブイリ:650 mm/年)と考えられます。一方で、わが国の高密度に植栽されたスギ人工林などは樹冠のバイオマス量が多いため、より長期的な視点では、移行速度がチェルノブイリと同程度かやや遅いことが分かりました。雨水や落葉によって林床に移行した137Csは、時間経過とともに落葉層から下方に速やかに移行し土層に蓄積されるため、流出しにくく、河川水中の溶存態注6)や懸濁態137Cs 濃度はヨーロッパ諸国の森林河川よりも一桁低いことが明らかになりました(図5A, B)。また、急峻な地形からなる福島の山林では、137Csを含む落葉の一部が斜面下方へ移動し、河川を通じて流出する場合がありましたが、渓流部分からの流出が主であるために、前述のとおり年間の流出量は初期沈着量の0.3%以下と森林外へはわずかな量しか輸送されないことが分かりました(図5C)。
福島においては、表層に露出した137Cs 量の低減がチェルノブイリよりも速く進んだことも明らかになりました。これは、福島は急峻な地形で降水量も多く、さらに水田や畑における耕作や市街地での人為的活動、除染などが行われましたが、チェルノブイリは、流域の大半が人為的な活動が限定的な森林と放棄された農地だったからです。
例えば、放射性核種の下方浸透の度合いを示す137Cs 重量緩衝深度βは、福島の耕作水田において、チェルノブイリ影響地の2~4倍の値を示しました(図3d)。表層土壌は河川の浮遊粒子の供給源であるため、福島の河川における初期(事故後1年間)の懸濁態137Cs濃度の低下速度も、チェルノブイリを流れるプリピャチ川よりも約1.6倍速くなりました(図5B)。また、溶存態の正規化137Cs濃度については、福島の河川の方がチェルノブイリ事故後の欧州の河川よりも2桁程度も低い値を取り続けています。これは、福島の河川水の137Cs濃度の低下が非常に進んでいることを意味します(図5A)。現在、定期的なモニタリングではほとんどが基準値を下回るものの、規制基準を超える値が散見される淡水魚の137Cs濃度は、溶存態137Cs濃度と高い相関関係があることが知られています。本研究では、溶存態の濃度と同様に、チェルノブイリ事故後の欧州の淡水魚よりも福島の淡水魚では1、2桁低いレベルの汚染状況となっており、チェルノブイリの知見から予測されるよりも、早い回復が認められます。
流域内の土地利用が河川の懸濁態137Cs濃度に直接影響していることと、河川における懸濁態と溶存態の137Cs濃度の比率(Kd)が経時的に変化していないことから、従来チェルノブイリ事故後の欧州の河川で唱えられていた、溶存態137Cs濃度の低下は、137Csが次第に土壌粒子に強く吸着されるようになるためであるとする説が福島にはあてはまらないと判断されます。これらの知見を総合すると、少なくとも福島では、土砂供給源の放射性物質濃度の低下が懸濁態137Cs濃度の低下をもたらし、溶存態137Cs濃度の低下を引き起こしているという新しい知見が得られました。
本研究では、事故の影響を受けた地域の環境回復状況をチェルノブイリ事故後の状況と比較しました。福島第一原発事故後に得られた包括的なデータは、流域からの汚染物質などの移動についての理解を深める可能性を秘めています。また、今後の世界中の原発事故後の環境予測のためにも、情報公開を徹底し、モニタリングに協力している科学者だけでなく、世界中の科学者が福島第一原発事故初期からのデータを共有できるシステムを維持しつつより発展が重要になります。
福島はチェルノブイリに比べ降雨量が多く、森林や水田が密集するなど、チェルノブイリとは異なった地理的、水文学的な特性を有します。また、福島は山地が急峻なため、崩壊・土石流などで大規模な土砂流出を起こす可能性があり、それによる放射性物質移行を評価する必要があります。チェルノブイリの影響を受けた地域では、山火事などの環境事象による放射性核種のさらなる移行が発生しています。
これらのことを踏まえれば、福島第一原発事故の当事国であるわが国は、チェルノブイリの環境汚染の動向を把握しつつ、福島の長期モニタリングを実施し、放射性核種の移行を予測する研究を継続することが求められます。
セシウム(Cs)はアルカリ金属で、ルビジウムやカリウムに似た物理的・化学的性質を持つ。天然のセシウムは、環境中の低濃度の岩石、土壌、塵埃中に133Csとして安定に存在しているが、137Cs(半減期30.2年)や134Cs(半減期2.1年)は人工放射性核種で、いずれも過去の原発事故と1950年代後半から60年代にかけての大気圏実験で生成されたものである。
土粒子の密度は地点や深度によって異なることを考慮するため、土壌の深度をその深度までの重量で表す単位を重量深度という。放射性核種濃度が指数関数的な深度分布を示すとき、核種の濃度が地表面の1/e(≒1/2.7)となる重量深度を重量緩衝深度という。
泥や砂などの粒子状の物質に吸着された状態の放射性セシウムのこと。
沈着量の違いの影響を除いて、地点間の違いを評価するために、初期沈着量で正規化した137Cs濃度のこと。137Cs濃度の値を単位面積当たりの137Cs沈着量で割って算出する。
水田、耕作地、市街地からなる生活圏を示す。(Paddy Fields、 Farmland、 Urban area)の頭文字から
水中に、陽イオンの形で溶け込んでいる放射性セシウムのこと。実用上、孔径0.45μmのフィルターを通過したろ液に含まれる放射性セシウムを溶存態と取り扱う。
本研究は、平成23~24年度文部科学省、平成25~26年度原子力規制庁、平成27~令和2年度日本原子力研究開発機構の委託研究および科学研究費新学術領域研究24110005、フランス国立研究機構ANR-11-RSNR-0002、JST-JICA「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」(JPMJSA1603)の支援を受けて実施されました。
【題名】:Radionuclides from the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant in terrestrial systems
(陸域における福島第一原発由来の放射性核種の動態)
【著者名】:Yuichi Onda、 Keisuke Taniguchi、 Kazuya Yoshimura、 Hiroaki Kato、 Junko Takahashi、 Yoshifumi Wakiyama、 Frederic Coppin、 Hugh Smith
恩田裕一1:原稿のとりまとめ、執筆と改訂を主導
谷口圭輔1、4:河川への輸送と河川輸送
吉村和也2:水田、市街地、河川輸送
加藤弘亮1:森林地域
高橋純子1:土壌を介した移動
脇山義史3:農地・草地、水田、河川への輸送
Frederic Coppin5:森林地域
Hugh Smith6:河川輸送
※1筑波大学アイソトープ環境動態研究センターを中心に、2日本原子力研究開発機構廃炉環境国際共同研究センター、3福島大学環境放射能研究所、4福島県環境創造センター、5Institut de Radioprotection et de Sûreté Nucléaire、6Landcare Researchらが取り組みました。
【掲載誌】:Nature Reviews Earth &Environment
【掲載日】:2020年10月27日
参考部門・拠点: | 廃炉環境国際共同研究センター |