令和2年4月23日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

原子力災害で環境に放出される放射性物質による被ばく線量を評価
-確率論的事故影響評価コード「OSCAAR」の公開-

【発表のポイント】

図1 OSCAARによる事故影響評価手法の概要

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄。以下、「原子力機構」という。)安全研究センター(センター長:中村武彦)リスク評価・防災研究グループは、原子力施設等が持つ「リスク」1)を定量化する総合的な安全評価手法である、原子炉事故の確率論的リスク評価(Probabilistic Risk Assessment: PRA)研究の一環として、開発を進めてきた確率論的事故影響評価コードOSCAAR(Off-Site Consequence Analysis code for Atmospheric Release in Reactor Accident)について、「OSCAARコードパッケージ」として整備し、令和2年3月30日付で研究目的での使用に向けて公開しました

原子力災害対策を広範に検討するためには、様々な原子力事故による被ばく線量をあらかじめ評価しておくことが重要です。原子力施設等の安全性を確率を用いて定量的に評価するPRA手法は、発生しうる膨大な種類の事故シナリオを対象に、そのリスクを評価するものです。近年、特に東京電力福島第一原子力発電所事故以後、原子力事業者を始め、研究機関、大学等においてPRA手法に対する実用化を目指した研究が進められています。

PRA手法は事故の進展に応じて、3段階あり、このうち「レベル3PRA」が被ばくによるリスクを評価します。

レベル3PRAは、ある事故シナリオにて放出された放射性物質の大気中の挙動評価について、様々な気象条件下で数百回以上実行し、被ばく線量等、得られた解析結果を統計的に処理して確率分布で表現します。原子力機構は、レベル3PRA手法の確立を目指しOSCAARコードの開発を進めてきました。

今般、このOSCAARコードを基に、Windows®上にて、OSCAARの解析実行に加え、入力データファイルの作成、出力データファイルの後処理まで効率良く実施できるOSCAARコードパッケージを整備しました。

OSCAARコードパッケージには、国内全ての原子力発電所立地地域(17サイト)を対象に、1年間の気象データを収録しています。そのため、対象サイトで想定される事故シナリオによる被ばく線量を計算でき、さらに防護措置の実施による被ばく低減効果を評価することもできます。

今後、研究機関、大学、原子力事業者等が共通して使うことができる原子力災害対策の事前検討のための研究ツールとして、原子力施設等に係る事故影響評価研究への活用が期待できます。

OSCAARコードパッケージは、原子力機構のコンピュータプログラムなどの検索システム「PRODAS」(https://prodas.jaea.go.jp)を通して入手することができます。また、使用方法については、報告書「JAEA-Testing 2020-001」として公開中です。

【研究開発の背景】

PRA手法は、発生しうる事故を対象として、その発生頻度と影響を定量的に評価し安全性の度合いを検討する手法です。

原子力施設等には事故のきっかけとなり得る出来事(起因事象)に対し、事故に至ることを防止するため、様々な安全機能が存在します。PRA手法は、その起因事象の発生頻度に、各種安全機能が故障などで機能しない確率を乗じることで、最終的に事故に至る頻度を評価します。図2に示すように、PRA手法は、発生しうる起因事象に対する炉心損傷頻度を評価する「レベル1PRA」、レベル1PRAの評価結果に基づき、格納容器機能喪失に至る事故シナリオの発生頻度及びソースターム(放出源情報:環境に放出される物質の種類、性状、放出量、放出時期、放出エネルギー等)を評価する「レベル2PRA」、レベル2PRAの評価結果に基づき、被ばくによるリスクを評価する「レベル3PRA」と、事故の進展に応じて3段階に分けることができます。

レベル3PRAは、事故に伴い環境に放射性物質が放出される事故シナリオにおいて、様々な気象条件に対する放射性物質の空気中拡散及び地表面沈着挙動を計算し、その際に受ける被ばく線量を求め、防護措置による被ばく低減効果を考慮した上で、被ばくに起因するリスクを確率論的に評価するものです。

図2 確率論的リスク評価(PRA)手法

【研究開発の目的と内容】

原子力機構は、PRA研究の一環として、レベル3PRA手法の確立を目指し、確率論的事故影響評価コードOSCAAR(Off-Site Consequence Analysis code for Atmospheric Release in Reactor Accident)の開発を進めてきました(一部、原子力規制庁受託事業の成果を含む)。また、確率論的事故影響評価コードの国際比較計算への参加、チェルノブイリ原子力発電所事故等で得られた環境中の実測データを基にした、被ばく評価上重要なI-131やCs-137の食物連鎖を含む生態圏における移行モデルに関する検証等を通じて、適用性能の確認や機能の検証作業を行ってきました。さらに近年では、防災分野への適用研究として、様々な事故シナリオでの被ばく線量及び防護措置の実施による被ばく低減効果を評価することにより、地域防災計画策定のための技術的根拠として活用されています。

図3 レベル3PRAコードOSCAARの計算の流れ

図3にOSCAARコードの計算の流れを示します。

(1)大気拡散・沈着解析
レベル2PRAの評価結果の一部であるソースターム及び気象庁が天気予報用に過去に配信した数値予報モデルGPV(Grid Point Value)データに基づき、流跡線パフモデル2)を用いて大気中における放射性物質の移流・拡散及び地表面への沈着を解析し、放射性物質の大気中濃度及び地表面沈着量を求めます。

(2)早期被ばく線量評価
放射性雲3)の通過中あるいは通過後の短期間における被ばく線量を算定します。被ばく経路として、放射性雲からの外部被ばく、地表沈着物質からの外部被ばく、放射性雲の吸入による内部被ばくの3経路を考慮しています。

(3)長期被ばく線量評価
長期にわたって環境中に残留する長半減期の放射性核種に起因する被ばく線量を算定します。被ばく経路として、地表沈着物質からの外部被ばく、地表沈着後に再度大気中に浮遊した物質の吸入による内部被ばく、汚染された食物の摂取による内部被ばくの3経路を考慮しています。

(4)防護対策による被ばく低減効果解析
事故時の被ばく線量をより現実的に評価するため、屋内退避、避難、安定ヨウ素剤の配布、食物摂取制限、移転といった防護対策の実施による被ばく低減効果を解析します。

(5)リスク推定
放射線被ばくに起因するリスクを推定します。

【研究開発成果の概要】

OSCAARコードは、レベル2PRAで得られたソースタームを基に、様々な気象条件に対し、環境に放出された後に拡散・沈着した放射性物質から受ける被ばく線量、防護措置による被ばく低減効果を考慮した上で、放射線被ばくに起因するリスクを確率論的に評価します。ユーザーは、OSCAARコードによる計算にあたり、対象サイトの気象データに加え、被ばく線量評価に係る数多くのパラメータ値を設定し、OSCAARコードの入力データファイルを作成しなければなりません。また、出力データファイルには多岐にわたる膨大な計算結果が含まれているため、その中から必要な情報を抽出しなければならず、煩雑でした。

そこで、OSCAARコードの解析実行に加え、OSCAARコードの入力データファイルの作成、出力データファイルの後処理までの一連の作業を効率良く実施できるようにするため、Windows®上にて稼働するOSCAARコードパッケージを整備しました(図4)。

図4 OSCAARコードパッケージ

OSCAARコードパッケージには、サンプルデータとして国内全ての原子力発電所17サイトの、1年間の気象データを収録しています。そのため、対象サイトで想定される事故シナリオに対し、様々な気象条件下での被ばく線量を計算できます。

加えて、防護措置の実施による被ばく低減効果を評価することができます。図5は、入力データの作成画面の一例です。この画面では、避難や屋内退避などの防護措置による被ばく低減効果を評価するため、防護措置の種類、範囲、時期等、防護措置の実施条件を設定します。

図5 防護措置の実施条件の設定画面

OSCAARコードでは、ある事故シナリオで受ける被ばく線量について、様々な気象条件に対して繰り返し計算した結果を取りまとめて統計処理します。これにより、図6のように、サイト中心(放出点)からの距離と被ばく線量との関係を示すことができます。距離毎に線量を昇順に並び替え、計算に用いた様々な気象条件において最も高い被ばく線量を100%とした場合の主に厳しい気象条件における線量値(95%値)、また、その中央値となる平均的な気象条件における線量値(50%値)を例として示します。同じ距離でも気象条件の違いにより被ばく線量の分布が生じることが分かります。

図6に示した「防護措置を実施しない場合」の被ばく線量の評価結果(◆)を参考に、国際原子力機関(IAEA)が提案した防護措置の実施判断基準を下回る被ばく線量になるような防護措置を検討しました。その結果、放出点となる原子力発電所から5km以内で「放出前にあらかじめ避難(予防的避難)」(〇)を、5~10kmの範囲で「コンクリート建屋に2日間屋内退避した後に避難し、避難先で7日間屋内退避」(■)を、10~30㎞以内の範囲では「家屋に2日間屋内退避」(▲)というように、距離に応じて異なる防護措置が必要となることが確認できました。

このように、緊急時対策の研究ツールとして、原子力施設等の事故影響評価研究への活用が期待できます。

図6 ある事故シナリオに対する有効な防護措置の実施方法の検討例

以上のような取組みを経て、令和2年3月30日にOSCAARコードパッケージを研究目的での使用に向けて公開しました。また、コードパッケージと同時に公開した報告書には、使用方法及びサンプル計算の条件と結果を示しており、ユーザーにとって有用な情報が含まれています。

【今後の計画】

今後も東京電力福島第一原子力発電所事故での知見で得られた被ばく線量評価手法等、様々な研究成果をOSCAARコードの評価モデルに反映させるとともに、ユーザーインターフェイスの改良を進め、OSCAARコードパッケージの完成度を高めていきます。

【用語解説】

1)リスク

事故や被害などの好ましくない事態が発生する確率や影響の大きさを包含する概念。レベル3PRAの場合、放射線被ばくに起因する身体的影響が生じる確率を指す。身体的影響は、被ばく後短時間に影響が現れる早期の確定的影響と、被ばく後長時間を経てから影響が現れる晩発性影響に区分される。計算した被ばく線量に、米国原子力規制委員会(NRC)が示すリスク評価モデルに基づき算出したリスク係数を乗じることで、そのリスクを推定できる。

2)流跡線パフモデル

事故時に放出された放射性物質の大気中の挙動を評価するための移流・拡散モデルの一つである。連続した放射性物質の放出の流れを適当な時間間隔で分割することで、それぞれを独立の気塊(パフ)として近似する。これにより、風向・風速等、気象条件の経時変化に伴う放射性物質の空間的・時間的変化を考慮でき、現実に即した評価が可能になる。

3)放射性雲

事故時に放出された放射性物質のことで、放射性プルームとも呼ばれる。キセノンのようなガス状物質、放射性ヨウ素及びセシウム137のような粒子状物質が含まれることがある。

参考部門・拠点: 安全研究センター

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