令和2年4月6日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人九州大学
国立大学法人富山大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)原子力基礎工学研究センターの都留智仁研究主幹、システム計算科学センター山口正剛研究主幹、九州大学の戸田裕之主幹教授、富山大学の松田健二教授らは、先端分析計測機器を用いて水素によるアルミニウムの破壊現象の詳細な観察を行いました。また、大型計算機を用いたアルミニウムに水素が侵入した場合の材料内部の挙動のシミュレーションによって、破壊機構の評価を行いました。
高強度アルミニウムは、航空宇宙分野や、鉄道、スポーツ用品などに広く使われてはいるものの、水素脆化1)と呼ばれる水素が関係する破壊現象のため、さらなる高性能化が阻まれていました。近年、軽量かつ高強度な炭素繊維複合材料(CFRP)が航空機などの新たな構造部材として使われるようになっていますが、製造・加工・修理のコストと信頼性の観点から金属材料のニーズは高く、軽量で高強度なアルミニウム合金の開発が期待されてきました。
研究グループは、大型シンクロトロン放射光施設SPring-82)を用いたナノスケールの構造解析や、原子分解能電子顕微鏡3)下での破壊過程の3D観察技術を用いた実験から、微細粒子(MgZn2)が水素脆化の要因になる可能性を見つけました。また、原子力機構の大型計算機「ICE X」(アイス エックス)による材料中の水素挙動の電子状態計算4)によってその詳細な機構を検討しました。
これまで、アルミニウム合金の水素脆化は、転位5)と呼ばれるミクロな欠陥に起因して生じるとされていました。しかし、解析の結果、これまで水素原子が集積されないと考えられてきた材料中の微細粒子にほとんどの水素原子が存在し、さらに水素分子に形態を変化することによって微細粒子への水素は飽和することなく次々と集積することを示しました。水素の集積によって微細粒子とアルミニウムの界面が自発的な剥離を生じ、これによって高強度アルミニウム合金の破壊が促進されることを明らかにしました。
電子状態計算とナノスケールの実験との連携によって、これまで見ることが困難であった材料中の水素挙動を捉えたことで、産業利用価値の高い高強度合金開発の発展につながることが期待されます。
本研究成果は、4月6日付(日本時間)で英国の学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業(産学共創基礎基盤研究プログラム)の技術テーマ「革新的構造用金属材料創製を目指したヘテロ構造制御に基づく新指導原理の構築」の研究課題(課題名:「水素分配制御によるアルミニウム合金の力学特性最適化」JPMJSK1412)として実施しました。
アルミニウムは鉄などのように比較的歴史がある構造用金属であるにもかかわらず、その強度は、長らく大幅には向上していません。例えば、航空機などに用いられるジュラルミンなどのアルミニウム合金では、添加する亜鉛の量を増やせば強度を向上させることができることは、昔から知られていました。その一方で、このように合金元素を添加することによって生成された高強度アルミニウムでは、材料中の水素が微量であっても水素脆化による破壊を誘発することもわかっています。すなわち、水素が材料の強度や破壊への強さに及ぼす影響を解明すれば、最終的にはアルミニウムの高強度化にもつながります。しかし、水素は最も小さな元素であることに加えて、材料の内部を素早く動くため、水素挙動を直接的に捉えることは困難であることから、水素が変形や破壊に及ぼす影響はわかっていませんでした。
アルミニウムには一般に水素はあまり含まれないことが知られています。一方、アルミニウムには高温ほど水素が多く含まれますが、液体と固体で水素の溶解度に大きなギャップがあり、液体の方により多くの水素が溶けるため、鋳造法(液体→固体の変化)により材料を作ると、自然と多量の水素が混入します。つまり、水素が材料の特性に悪影響を及ぼすからと言って、水素を除去することは実用上容易ではありません。そこで、材料中の水素の影響を解明し、水素の破壊への影響を抑制する手法の創成が望まれていました。
高強度アルミニウム合金は、材料中の水素によって割れを誘発する構造材料には好ましくない特性を持っています。そこで、高分解能電子顕微鏡や大型シンクロトロン放射光施設を用いたアルミニウムの破壊挙動の4D観察などの高度・最先端の実験を駆使して、これまで誰も成し遂げなかった、水素によって誘発される破壊挙動の特徴を捉えることを目的としました。
これらのナノスケールの実験観察から材料中の原子レベルの欠陥構造6)の挙動を予測することで、これらの欠陥構造に水素を含む状態を、原子モデルを用いて再現する枠組みを開発し、電子状態計算に基づくシミュレーションによって欠陥構造と水素の関係、さらには破壊に至るプロセスを明らかにすることを目的として研究を進めてきました。
現在、アルミニウムが水素により脆化しないようにする工業的対策法を考案するため、原子レベルの大規模シミュレーションによる探索を進めています。これまで、不純物の混入や余分な添加元素によりアルミニウム中には多数の粗大な粒子が生成し、強度や加工性といった材料特性を悪化させることが知られていました。研究グループは、この粗大粒子に着目し、ある種の粗大粒子内部に多量の水素を封じ込めることができることを見つけました。つまり、これまで厄介者とされた粗大粒子を材料の特性向上に積極的に活用するというものです。このような知見による高強度化によって、部材のさらなる軽量化やコスト削減が可能になるとともに、信頼性の高い高強度なアルミニウムの開発が期待されます。
この研究は、令和元年度から同じ研究グループによるJST CRESTへと引き継がれ、水素誘起の破壊を低減した高強度アルミニウムの開発に発展しています。
雑誌名:Scientific Reports
論文題名:“Hydrogen-accelerated spontaneous microcracking in high-strength aluminium alloys”
著者名:Tomohito Tsuru1,2,3, Kazuyuki Shimizu4, Masatake Yamaguchi1, Mitsuhiro Itakura1, Kenichi Ebihara1, Artenis Bendo5, Kenji Matsuda5 & Hiroyuki Toda4
所属:1日本原子力研究開発機構、2京都大学 構造材料元素戦略研究拠点、3科学技術振興機構 さきがけ、4九州大学大学院工学研究院、5富山大学大学院理工学研究部
DOI:
雑誌名:Scientific Reports(令和2年4月掲載)
論文題名:Effect of Solute Atoms on Dislocation Motion: An Electronic Structure Perspective
高強度アルミニウム合金に対して、ナノスケールの構造解析、破壊過程の3D観察技術を用いた実験、および材料中の水素に関する電子状態計算によって、材料中の微細粒子にほとんどの水素が集積することを示すとともに、水素が飽和することなく次々と集積することで微細粒子とアルミニウムの界面が自発的な剥離を生じるという、水素誘起の破壊現象を明らかにしました。
金属材料などに水素が入り、破壊が促進されて強度が低下するなどし、伸びが減少する現象。アルミニウム合金や鉄鋼材料をはじめ、多くの金属材料で報告されています。そのメカニズムには不明な点が多く、未だに多くの研究者が研究に取り組んでいます。
播磨科学公園都市(兵庫県)にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設です。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光速とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、超強力な電磁波のことです。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い研究が行われています。
ここでは、高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡(HAADF-STEM)を示しています。細く絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検出器で検出する方法で、原子量に比例したコントラストが得られ、原子レベルの分解能で原子種を区別した分析が可能になります。
原子の位置と元素の種類の情報のみから、そこにある電子の状態とエネルギーを評価する経験的な仮定をできるだけ行わない計算方法です。この電子の状態に基づいて水素の破壊に及ぼす影響を評価することが可能になります。
材料中に存在する欠陥構造6)の一つで、図4に示すような格子のずれのことを表します。金属材料はこの転位が運動することによって金属特有の延びを生じますが、水素が集まることで割れを生じる要因になることもあります。
金属材料の原子構造は、格子と呼ばれる原子が規則正しく並んだ状態で存在していますが、材料内部にはそのような規則正しい配列が乱れた構造が含まれており、これらを総称して欠陥構造と言います。
比較的低い加速電圧を用いて、電子を照射することによって得られる二次電子や反射電子を検出器で捉えて、試料の表面形状を観察する方法です。
ここでは、材料中の水素は欠陥構造に集まりますが、それぞれの欠陥構造にどのくらいの水素が存在するのかを実験と計算によって予測したものを示しています。
参考部門・拠点: | 原子力基礎工学研究センター |