令和2年3月24日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

原子力施設の「ゆれ」をとらえる
-より高精度な耐震安全性評価のための大規模観測システムを構築-

【発表のポイント】

図1 大規模観測システムの概要

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄。以下、「原子力機構」という。)安全研究センター(センター長:中村武彦)構造健全性評価研究グループでは、原子力規制庁との共同研究の一環として、原子炉建家などの原子力施設の耐震安全性をより高い精度で評価することを目的とし、原子力規制庁と共同で、自然地震と人工波の観測を組合せた大規模観測システムを構築しました。

原子力施設の耐震安全性をより高い精度で評価するためには、原子力施設がどのようにゆれるのかを詳細に評価できる手法を用いることが重要です。そのための効果的な手段として、原子力施設の3次元形状を模擬して地震時のゆれを評価するモデル(3次元耐震評価モデル)の活用があげられます。3次元耐震評価モデルの評価手法の精度向上を行うためには、原子力施設の床や壁の多点のゆれの詳細情報が必要です。そのためには、地震計の設置位置や数を増やすことが重要です。また、自然地震のみではその発生回数が限定的であることから、能動的なデータ取得が必要となります。

これまでに、原子力機構高温工学試験研究炉部の協力の下、機構施設である高温工学試験研究炉(HTTR)を対象とし、施設の情報を基に作成した3次元耐震評価モデルの整備を進めてきました。HTTRを対象とした理由は、原子炉建家の大きさが発電炉と同等の規模であることや、既存の地震観測システムを利用可能であることなどにあります。このHTTRを対象に、既存の地震観測システムを拡充し、壁や床に多数の地震計を設けるとともに、地震が発生するのを待って受動的に自然地震を観測することに加え、積極的に人工波を送信して能動的にゆれを観測する大規模観測システムを構築しました。後者は、原子力機構が地層の観測のために開発した精密制御による定常信号送信が可能なACROSS2)を、世界で初めて原子力施設の地震時のゆれの特性把握に応用したものです。

本システムは建家と地盤に設置された32の常設地震計の3方向全成分の観測データを取得することが可能です。さらに施設の任意位置で計測が可能なモバイル型地震計を活用することで、安全上重要な機器や配管が置かれている床や壁などのゆれを詳細に把握することも可能となります。

本システムにより得られた観測データを用いて、原子力施設のゆれの特性を詳細に把握し、3次元耐震評価モデルにその特性を反映することで、3次元耐震評価モデルによる観測データの再現性の向上、並びに原子力施設の耐震安全性にかかわる評価手法のさらなる精度向上に大きく寄与することが期待されます。また、本システムを活用した研究を通して、耐震評価や原子力安全にかかわる人材育成への貢献も期待されます。

【研究の背景と経緯】

原子力施設のように大規模で複雑な建物の耐震安全性をより高い精度で評価するためには、建物全体だけでなく、機器や配管等が設置されている部屋の床や壁などがどのようにゆれるかを把握する必要があります。そのためには、建物全体や部屋の床や壁などに固有のゆれやすい周期やゆれのおさまりかたなどをあらかじめ把握することが重要です。このようなゆれの特性を把握するためには、建物全体のゆれから、床や壁の局所的なゆれまでの広範囲のゆれの現象をあつかう必要があります。

原子力施設の重要なゆれの特性を詳細に求めるための効果的な手段として、その3次元形状であるがままにモデル化した3次元耐震評価モデルの活用が期待されています(図2)。また、このように作成された3次元耐震評価モデルは、地震観測記録などの実測値との比較によりその妥当性を確認した上で活用することが重要です。

研究グループでは、これまでに、3次元耐震評価モデルを用いた標準的な解析方法の整備を進めるとともに、地震観測記録と解析結果の比較によりHTTR等を対象として3次元耐震評価モデルの精度向上を進めてきました。しかしながら、従来の観測システムは床に数個の地震計を設ける程度であり、より高い評価精度の3次元耐震評価モデルを整備するためには、詳細なゆれの情報が必要となっていました。また、自然地震は発生の時期などが不特定であり、能動的なデータ取得が課題となっていました。

上記の背景を踏まえ、原子力規制庁と原子力機構は、共同研究「原子力施設耐震評価用モデルの妥当性確認に関する研究」(実施期間:平成31年4月~令和4年3月末)を開始しました。本共同研究は、原子力規制委員会と原子力機構が平成31年3月に締結した、原子力安全研究による人材育成に関する協力協定の下で実施しているものです。

図2 HTTRとその3次元耐震評価モデルの例

【研究の内容】

本研究では、ゆれの詳細情報と能動的なデータ取得という2つの課題解決に取り組みました。具体的には、ゆれの詳細情報の取得については、原子力機構HTTR部の協力の下、既存の地震観測システムを拡充して、建家の床だけでなく壁でも観測できるように多数の地震計を設けて(図3)、多点で3成分(東西、南北、上下方向)の地震を観測することとしました。能動的なデータ取得については、原子力機構 核燃料・バックエンド研究開発部門において、地層の状態監視を目的として開発された、精密制御による定常信号送信を可能とするACROSS(図4)を原子力施設の地震時のゆれの評価に応用することにしました。ACROSSを用いることで、目的に応じた任意の周波数帯の人工波を送信し、原子力施設のゆれを計測することが可能となります。

このように、多くの地震計を活用した多点観測及び自然地震と人工波の観測を組合せた原子力施設の大規模観測システムを構築しました。本システムでは、地震によるゆれとACROSSの人工波によるゆれを、建物屋内12箇所、建物外壁11箇所、地盤9箇所の計32箇所の地震計で3方向96成分(2020年3月現在)の観測が可能です。


東壁面


南壁面

送信装置の振動発生機


送信装置が設置されたコンテナ
図3 設置の状況1
(壁面に設置した地震計)
図4 設置の状況2
(ACROSSの送信装置)

これらの観測を通して得られた施設内の床や壁のゆれのデータを分析することで、施設全体のゆれの特性を把握することが可能となります。さらに、任意の位置で計測が可能なモバイル型地震計を複数台活用することで、安全上重要な機器や配管が置かれている個々の床や壁などの局所的なゆれの把握も可能となります。その結果、3次元耐震評価モデルにゆれの特性を反映するために必要なより詳細なゆれの情報の取得が可能となります。得られたゆれの特性を3次元耐震評価モデルに反映し、観測データとの比較で3次元耐震評価モデルの妥当性を確認することにより、原子力施設の耐震安全性にかかわる評価手法のさらなる精度向上に大きく寄与することが期待されます。

【用語解説】

1) 高温工学試験研究炉(HTTR)

高温工学試験研究炉(HTTR)は、1000℃近い高温ガスを取り出して高温の熱利用を可能とする高温ガス炉の試験研究を行うことを目的として、日本原子力研究開発機構 大洗研究所に建設された原子炉である。HTTRでは、高温ガス炉の固有の安全性に関する安全性実証試験や核熱利用技術の開発研究等を進めている。

2) ACROSS(アクロス)

ACROSSは名古屋大学で開発が始まり、その後地震予知や放射性廃棄物の地層処分等のための地層状態監視を目的として、旧動力炉・核燃料開発事業団が技術革新に着手し、継続的に改良を施してきたものである。名古屋大学、静岡大学、気象庁なども開発に参入し、原子力機構の東濃鉱山では、原子力機構と名古屋大学によって17年間にわたって地層状態監視のための送信が実施された。ACROSSは、Accurately Controlled Routinely Operated Signal Systemの略で、次世代の革新的な計測技術として注目されている “周波数コム”という分光技術に基づくシステムである。得られる計測データの信号と雑音の比(S/N比)が非常に高く、雑音が従来よりも3~5桁以上少ないという実績がある[1]。本研究で構築したシステムは、送信装置(振動発生機、電力増幅器、冷却装置等)、受信装置(地震計等)などからなり、人工波(微小振動)を送信して微小な応答を高精度に計測可能なシステムである。

参考資料

平成31年3月27日第68回原子力規制委員会、「原子力規制委員会と国立研究開発法人日本原子力研究開発機構との原子力安全研究による人材育成に関する協力・連携について」

参考文献

[1] Development of ACROSS (Accurately Controlled, Routinely Operated, Signal System) to realize constant monitoring the invisible Earth’s interiors by means of stationary coherent elastic and electromagnetic waves, ed. Mineo Kumazawa, JAEA-research, 2007-033 (2007).

参考部門・拠点: 安全研究センター

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