令和元年11月14日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構

アルミでコンピュータメモリを省電力化する
~アルミ酸化膜を用いた新しい不揮発メモリの動作メカニズムを解明~

【発表のポイント】

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)物質科学研究センター多重自由度相関研究グループの久保田正人研究副主幹、国立研究開発法人物質・材料研究機構(理事長 橋本和仁)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の加藤誠一主任研究員、児子精祐外来研究員及び大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 山内正則 以下、KEKという)物質構造科学研究所の雨宮健太教授らの研究グループは、次世代不揮発メモリ*1の材料として期待されるアモルファス*2アルミ酸化膜において、半導体メモリのまったく新しい動作メカニズムを説明する電子状態変化を世界で初めて直接観測でとらえました。

現在、コンピュータの主記憶メモリとして利用されているDRAM*3は、電源供給がないと記憶の保持ができません。従って、一定時間ごとに記憶を保持する動作(リフレッシュ動作)が必要なために電力消費が大きいという問題を抱えています。この解決のために次世代不揮発メモリの研究が行われています。次世代不揮発メモリの候補として、タンタル酸化物(Ta2O5)などの遷移金属酸化物を用いたReRAM*4が広く研究されています。しかし、一般的に、遷移金属酸化物では、メモリ動作時に遷移金属原子の価数が変わってしまう化学反応が起こります。その結果、副生成物が生じるために、ReRAMが劣化しやすく、書き換え回数に限界があると言われています。

一方、遷移金属酸化物ではないアモルファスアルミ酸化物に関して、酸素空孔内への電子の出入りはエネルギー的に安定であるという理論計算を元にして、本研究グループは、アモルファスアルミ酸化物を用いたReRAMのメモリ動作を説明するための全く新しい「酸素空孔モデル*5」を提唱しています。このモデルでは、遷移金属ではないアルミニウムを用いているために、メモリ動作時に化学変化を伴わずReRAMの劣化が生じにくいと考えられます。

この酸素空孔モデルを検証するために、KEK物質構造科学研究所の放射光実験施設 (フォトンファクトリ-)において、アモルファスアルミ酸化物(AlOx) ReRAMの構成元素である酸素とアルミニウムの吸収スペクトル*6測定を行いました。測定結果では、オン状態とオフ状態で酸素の吸収スペクトルは大きく変化しましたが、アルミニウムの吸収スペクトルは変化しませんでした。この測定結果は、AlOx-ReRAMでは、メモリ動作時には酸素サイトの電子分布が変わりますが、アルミサイトの電子分布は変わらないことを明らかにしており、このことは、化学変化を伴わないメモリ動作である酸素空孔モデルを支持するものとなっています。

通常の半導体は、不純物を加えることにより電気特性を変えます(元素ドープ)。これに対してアモルファスアルミ酸化物は、元素ドープすることなく、酸素空孔に外部電子を注入・抽出するだけで電気特性を変えることができる半導体(ドーピングレス半導体*7・8)です。通常の半導体とは異なり、ドーピングレス半導体では、薄膜作製後でも外部からの電子の注入・抽出で電気特性を自由に変えられる大きなメリットがあります。

本研究によりアモルファスアルミ酸化物がドーピングレス半導体として不揮発なメモリ動作をすることが明らかになり、この研究成果により、今後、DRAMに代替可能な省電力な不揮発メモリ開発が進展することや、ドーピングレス半導体を活用した新規電子デバイス材料の開発が期待されます。

本研究成果は、2019年9月26日付のアメリカの科学雑誌「AIP advances」のオンライン版に掲載されました。

【研究の背景と目的】

DRAMは、コンピュータの主記憶メモリとして広く活用されていますが、揮発性のためリフレッシュ動作が常時必要なので電力消費が大きいという問題を抱えています。DRAM素子を不揮発メモリ素子で置き換えることができれば、消費電力を劇的に少なくできます。

消費電力課題を克服できる次世代不揮発メモリには、以下の特性が求められます。

1) 低消費電力
2) 高速応答性
3) 大規模集積化
4) 高耐久性(書き換え回数)

そうした次世代不揮発メモリの中で、ReRAM(抵抗変化型不揮発メモリ)は有力な候補とされています。ReRAMとしては、Ta2O5などの遷移金属酸化物材料が広く研究されています。しかし、メモリ状態のオン・オフが切り替わる際に、遷移金属酸化物材料では、例えばタンタル原子の場合は価数が5価(Ta2O5)から4価(TaO2)となるように、遷移元素*9の価数が変わります。そのために、材料物質自体が変わってしまい劣化しやすくなります。従って、書き換え回数には限界があり、DRAMの代替不揮発メモリとすることは困難です。

そこで本研究グループは、遷移金属ではないアルミニウムを使ったアモルファスアルミ酸化物(AlOx;図1(a)) ReRAMの研究を進めています。

AlOx-ReRAMには、次のような特長があります。

①高速応答速度や低駆動電流性能 (図1(b))
②稀少元素・有害元素を含まない低環境負荷な材料
③オン・オフ抵抗比が非常に大きい

メモリ動作原理として、本研究グループは、AlOx-ReRAM 内に存在する酸素空孔に電子が出入りすることにより、動作するというモデル(酸素空孔モデル)を提唱しています(図2)。

図2(a)は、酸素空孔に電子がないクラスタ*10(上図)と電子があるクラスタ(下図)を示しています。電子の出入りによる変化は、クラスタの膨張・収縮だけで、化学変化に伴う副生成物が生じないため、ReRAMが劣化しません。

図2(b)は、酸素空孔への電子の出入りによる伝導変化の様子を表しています。試料に電子が注入されると伝導性のあるクラスタ(Vo+1)が増えて重なることにより導通し、電子が抽出されると反対に絶縁化します。

本研究の目的は、AlOx-ReRAMが酸素空孔モデルに基づいてメモリ動作し、書き換えによる劣化が生じにくい不揮発メモリ材料になり得ることを検証するために、放射光*11を用いてAlOx-ReRAMのオン・オフ時における電子状態を捉えることです。

【研究の成果】

放射光を用いたXAFS測定*12により、物質の構成元素ごとの吸収スペクトルを測定することができます。最初に、酸素吸収端付近のエネルギーを持つ放射光を用いて、オン状態とオフ状態の酸素サイトの吸収スペクトル測定を行いました(図3(a))。オン状態では、バンドギャップ*13内にサブバンド*14を検出しました(図3(a)緑矢印)が、オフ状態ではサブバンドは観測されませんでした。

続いて、アルミニウムの吸収端近傍のエネルギーを持つ放射光を用いて、アルミニウムサイトの吸収スペクトル測定を行いました(図3(b))。オン状態とオフ状態では、アルミサイトの電子状態の変化は、ほとんどありませんでした。このことは、AlOx-ReRAMのオン・オフの切り替わり時には化学変化が生じていないことを表します。

これらの実験結果は、オン・オフのメモリ動作により、酸素サイトの電子分布が変化することを直接観測したことを意味します。すなわち、オン状態のキャリア*15(電子)は、酸素サイトに広がっているのに対して、アルミニウムサイトには電子が広がっていないことを表しています。このことは、酸素空孔に電子が出入りすることによりメモリ動作するといった、本研究グループが提唱してきたドーピングレス半導体における酸素空孔モデルの内容と一致しています(図2,図4)。

今回、放射光実験(XAFS測定)により、アモルファスアルミ酸化膜が、酸素空孔に電子が出入りする新規メカニズムにより、メモリ動作することを支持する結果が得られました。

【今後の期待】

アモルファスアルミ酸化物は、稀少元素・有害元素を含まない低環境負荷材料です。化学変化により副生成物が生じないアモルファスアルミ酸化物は、耐久性の高い不揮発メモリの材料として有望であると考えられ、消費電力問題を解決できる電子材料になると期待されます。このように、アモルファスアルミ酸化物は、酸素空孔に電子が出入りする可逆的な電子ポケットとして活用できたり、オン・オフ抵抗比が非常に大きいため、全く新しいドーピングレス半導体の新規電子材料として多様な用途への活用が期待されます。

【論文情報】

「Direct observation of electronic structure change by resistance random access memory effect in amorphous alumina」 M. Kubota, S. Nigo, S. Kato, K. Amemiya, AIP Advances, 9, 095050 (2019).

【用語解説】

1)不揮発メモリ

電力を供給しなくても記憶情報を保持できるメモリの総称。

2)アモルファス

不定形な物質。原子が規則正しい空間的配置をもつ結晶をつくらずに集合した物質。

3)DRAM

集積回路中に組み込まれたコンデンサに貯めた電荷の有無で情報を記憶する仕組みだが,電荷は徐々に放電して失われます。このため一定時間ごとに情報を読み出し,書き込み直すリフレッシュという操作を繰り返して記憶を保持し続ける必要があります。

4)ReRAM

電圧の印加による電気抵抗の変化を利用したメモリ。

5)酸素空孔モデル

外部から酸素空孔に注入された電子は隣接する酸素サイトにも広がって分布します。(Vo+1クラスタ)。Vo+1クラスタの電子の分布が重なることにより、メモリがオン状態になります。

6)吸収スペクトル

物質中に光やX線を通過させた時に、その物質に特有なエネルギー波長領域で吸収されたスペクトル。物質の電子状態を反映しています。

7)ドーピング

物質の性質を変化させるために少量の不純物を添加すること。

8)ドーピングレス半導体 

(元素ドープすることなく)外部電子の注入・抽出だけにより電気特性を変えることができる半導体。

9)遷移元素

元素周期表で、周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する元素の総称。多くの遷移元素は、複数の価数を取ることができる特徴があります。

10)クラスタ

原子や電子の集まり。

11)放射光

通常のX線と比べ強度が強く、エネルギーを変えられる特長がある電磁波。

12)XAFS測定

物質による X 線の吸収の度合いが、X 線のエネルギーによってどのように変わるか(スペクトル)を測定する手法。スペクトルの形からそれぞれの元素の化学状態や磁気状態を知ることができます。X-ray absorption fine structure の頭文字をとって XAFS(ザフス)と呼びます。

13)バンドギャップ(禁制帯)

バンド構造において、電子が存在できないエネルギー領域。

14)サブバンド

バンドギャップ内の伝導電子が存在できるエネルギー準位。

15)キャリア

電荷を運ぶ自由な粒子。例えば、電子やイオン。

参考部門・拠点: 物質科学研究センター

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