平成31年4月22日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

高速炉を冷やしてまもる 熱と流れの複雑現象をナトリウム試験で解明
―ナトリウム冷却高速炉の炉心崩壊熱を確実に除去する冷却システムの実証と性能予測精度の向上―

【発表のポイント】

【発表の概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉 敏雄、以下「原子力機構」という。)は、フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)と進めているナトリウム冷却高速炉の開発整備に資する研究協力プログラムの一環として、大洗研究所に設置されているナトリウム試験装置(PLANDTL-21)を用いたナトリウム試験を実施し、原子炉容器内部に設置した冷却器による炉心崩壊熱除去システムの有効性の実証と、それを評価する数値シミュレーションの予測精度を大幅に向上させるデータの取得に成功しました。

PLANDTL-21)は、原子炉容器内の上部プレナム部、炉心部(炉心発熱は電気ヒータ)、一次及び二次冷却系、中間熱交換器、崩壊熱除去システム2)などの高速炉の主要な機器を模擬した、世界的にも類のない工学規模(容器径が約2m)でのナトリウム伝熱流動試験装置であり、試験では約550点の温度センサー(熱電対)によって崩壊熱除去システム2)運転時の全炉心規模の詳細な温度データを取得しました。

今後、この試験を対象とした数値シミュレーションの妥当性確認と予測精度の向上を進め、将来的には、これまで試験に頼っていた技術実証を、信頼性の高い数値シミュレーションへ置き換えていきます。これにより実規模での大型試験装置の建設やその運転に関わる多大な開発コスト削減が可能となります。

<本研究の詳細>

[研究の背景と目的]

高速炉は、第5次エネルギー基本計画(平成30年7月)等において、従来のウラン資源の有効利用のみならず、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減や核不拡散関連技術向上等の新たな役割を期待されています。このため、原子力機構では、安全性を向上させたナトリウム冷却高速炉の実証技術の確立に向けた研究開発を国際協力も活かしつつ進めています。

ナトリウム冷却高速炉の安全性を向上させるにあたり、炉心で発生する崩壊熱3)を確実に除去することが重要なポイントの一つです。

ナトリウム冷却高速炉では、自然循環4)と呼ばれる液体金属ナトリウムの優れた伝熱特性5)に基づく物理現象により、原子炉容器内に安定した流れを発生させて炉心部を効果的に冷却することが可能です。具体的には、原子炉容器内部に設置した冷却器に、炉心部からの高温ナトリウムを取り込み、低温ナトリウムを炉心部に戻す自然循環流を作り出すことで、ポンプ等の動力を用いずに、炉心部から発生する崩壊熱3)を安定して確実に除去できる崩壊熱除去システム2)を備えた安全な高速炉を実現できる可能性があります。

図1 原子炉容器内に冷却器による炉心冷却時の熱流動現象のイメージ

これを実現する有力な手段の一つとして、図1に示すように、原子炉容器内に浸漬型炉内直接冷却器(浸漬型DHX)と呼ばれる冷却装置を設置して、炉心から出る崩壊熱を効果的に除去する崩壊熱除去システム(DRACS)2)が考えられています。この浸漬型DHXを用いた崩壊熱除去システム2)は、自然循環4)と呼ばれる物理現象を利用し、炉心部から上昇してくる高温のナトリウムを浸漬型DHXで冷却して、温度が下がり重く(密度が高く)なった低温のナトリウムを自動的に炉心部へ供給する仕組みとなっています。これは、電源を必要とするポンプ等の動的機器を用いた方法とは異なり、事故時に電源を失った場合でも確実に動作するという優れた特長があります。一方で、図1に示されるように、浸漬型DHXから流出する低温ナトリウムは、炉心部から流出する高温ナトリウムに逆らいながら炉心部に入り込み、燃料集合体6)の間の狭い隙間を通って炉心部を冷却することになりますので、炉心部での複雑な熱流動現象を正しく把握して炉心全体を十分かつ安定して冷却できる設計としなければなりません。このためにも根拠となる工学規模での試験データの取得が必要でした。また、今後の高速炉開発において、様々な条件下で発生し得る熱流動現象を評価し、崩壊熱除去システムの実現性を確認するためには、試験による現象の把握はもとより、数値シミュレーションによって詳細かつ高精度に予測できることが望まれています。この数値シミュレーションによる崩壊熱除去システムの評価は、世界各国の研究機関でも大変関心のある重要なテーマであり、数値シミュレーションの信頼性を担保する試験データの取得が大きな課題となっていました。

[研究内容と成果]

浸漬型DHX運用時における炉心部での詳細な熱流動現象解明に必要なデータを取得するためには、実機と同じナトリウムを用いた試験を行う必要があります。そこで、多数の模擬燃料集合体により炉心部を模擬し、炉心全体に及ぶ低温ナトリウムの挙動把握を可能とするナトリウム試験装置(PLANDTL-21)を新たに製作しました。原子炉容器内部を模擬した PLANDTL-21)の概要を図2に示します。図中には、模擬炉心部(図2右下)と、崩壊熱除去システム(DRACS)2)を模擬するために設置した浸漬型DHX(図2右上)を示しています。PLANDTL-21)では、原子炉容器内の主要な構成機器を模擬して組み込んでいます。試験体の主要部分の大きさは、これまでに検討されてきた大型ナトリウム冷却高速炉の機器仕様を暫定条件として参照し、約1/5の縮尺比で製作された工学規模(上部プレナムを模擬した容器の直径は約2 m)のナトリウム試験装置としました。試験体内部には、約550点の温度センサー(熱電対)を設置し、特に重要な模擬炉心部には約330点の熱電対を設置しました。このような工夫を行うことで、これまでに取得されなかった炉心部全体の熱流動挙動を把握するための温度データを取得することが可能になりました。原子力機構で培ってきた高いナトリウム試験技術を背景に、ナトリウム冷却高速炉の熱流動解析評価手法の開発整備に資する研究協力プログラムの相手機関であるフランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)から、PLANDTL-21)への強い関心が示されました。

そこで、PLANDTL-21)を用い、浸漬型DHXを運転した状態で発生する炉心部の熱流動挙動に関する詳細なデータの取得を目的としたナトリウム試験をフランスと共同で実施しました。PLANDTL-21)で取得した温度データにより、原子炉容器内に設置した浸漬型DHXによる安定した炉心崩壊熱除去の有効性を示すとともに、これまでよく分かっていなかった炉心部の燃料集合体6)間の狭い隙間を通るナトリウムの振る舞いを詳細に把握することが可能となりました。また、図3に一例として示すように、PLANDTL-21)での模擬炉心内部の温度について、空間的な広がりを持った情報として可視化し、定量的な値(温度データ)として取得することができました。この試験データと数値シミュレーション結果との比較を通じて、浸漬型DHXによる崩壊熱除去システム(DRACS)2)運転時の原子炉容器内の詳細な温度分布を評価可能とする信頼性の高い数値シミュレーション技術の開発・整備を進めています。

図2 原子炉容器内の主要構造物を模擬したナトリウム試験体の概要

[研究成果の意義及び波及効果]

今回のPLANDTL-21)で取得した世界的に大変貴重なデータは、原子炉容器内に設置した冷却器による安定した炉心冷却が可能であることを示すものであり、安全性を強化した高速炉プラントの実現につながるものです。さらに、このデータは、原子炉容器内で発生する熱流動現象を予測する数値シミュレーションの妥当性確認及び高精度化を通じて、数値シミュレーションの信頼性確保に役立ち、高速炉の熱流動解析評価技術開発の進捗を大幅に加速します。既存の高速炉開発では、実規模での大型試験を実施してプラントシステムの技術実証が行われてきましたが、今後は、実規模での大型試験による技術実証を、PLANDTL-21)のような工学規模での試験データを根拠として妥当性確認を行った信頼性の高い数値シミュレーションに置き換えていくことで、試験装置の建設や運転等に関わる開発コストを大幅に低減することが期待できます。

図3 PLANDTL-2を対象とした多次元熱流動解析(予備解析)とPLANDTL-2試験結果の例
(赤色は高温ナトリウム、青色は低温ナトリウムを示す。PLANDTL-2に配置した多数の熱電対により水平面内の空間分布として解析結果との比較が可能となった。今後、試験条件に合わせた解析を実施し、妥当性確認と解析モデルの高度化を図る。)

【用語解説】

1)ナトリウム試験装置(PLANDTL-2)

PLANDTL-2は、ナトリウム冷却高速炉を対象として、原子炉容器内の炉心上部のプレナム部(上部プレナム部)、模擬炉心部、一次冷却系、二次冷却系及び崩壊熱除去システムを主要な機器として構成し、崩壊熱が発生する状況下での高速炉プラントの炉心部及び上部プレナム内の詳細な熱流動現象、また各冷却系を含めた高速炉プラント一巡の挙動を把握することができます。模擬炉心部は30体の発熱する模擬燃料集合体と25体の発熱しない模擬遮蔽体及び模擬制御棒を配置して炉心全体の構成を模擬しています。それぞれの模擬燃料集合体では燃料による発熱を電気ヒータで模擬しています。一次冷却系と二次冷却系の間には実際の高速炉プラントと同じく中間熱交換器を配置して、模擬炉心部で発生させた熱を二次冷却系へ伝えて、二次冷却系及び崩壊熱除去系ともに、最終的には空気冷却器で除熱します。

2)崩壊熱除去システム

崩壊熱除去系は、原子炉を停止した後にも発生する炉心の崩壊熱を除去するための系統です。原子炉容器内に冷却器を直接浸漬して崩壊熱を除去する方式(DRACS)、一次主冷却系に補助的な冷却器を組み込んで崩壊熱を除去する方式(PRACS)、二次主冷却系を補助的な冷却器で冷却する方式(IRACS)、水・蒸気系に補助的な冷却器を設置して冷却する方式(SGAHRS)などがあります。

PLANDTL-2では、崩壊熱除去システム(DRACS)を模擬した浸漬型炉内直接冷却器(浸漬型DHX)と呼ばれる冷却装置を設置しています。

3)崩壊熱

原子炉が停止した後も、炉心内の放射性物質(主に核分裂後の生成物など)の崩壊により発生が続く熱のことを言います。

4)自然循環

物質には、温度が上昇すると軽くなる(密度が小さくなる)性質があります。ナトリウム冷却高速炉で、冷却材として用いられるナトリウムは優れた伝熱特性をもち、沸騰温度が高温であるため、炉心出入口間の温度差(密度差)を大きくすることが可能です。このため、炉心からできるだけ高い位置に設置した熱交換器(空気冷却器)で冷やされ重くなった低温ナトリウムと、炉心部での軽い高温ナトリウムとの密度差だけで、電源を必要とするポンプがなくても自然現象として系統内に循環(自然循環)が発生します。この自然循環を利用した崩壊熱除去システムを確立することで高速炉の安全性を大幅に向上させることが可能です。

5)伝熱特性(液体金属ナトリウム)

ナトリウムは水などに比べて優れた冷却能力を持っています。 熱の伝えやすさは、鉄の約2倍、ステンレスの約10倍、水の約100倍と大きく、このため、熱を効率よく炉心から取り出せます。また、融点は約98℃、沸点は常圧時で約890℃であり、液体として存在できる温度範囲が広いため、高速炉の冷却材として使われます。

6)燃料集合体

高速炉の炉心燃料は、燃料ペレット(円柱上に形成された燃料)を被覆管に収め、これをステンレス鋼製の六角柱状のラッパ管内に、正三角形状に複数本配置し、ひとつの集合体として製作されます。これを燃料集合体と呼び、この燃料集合体を多数配置することで炉心を構成します。

参考部門・拠点: 高速炉サイクル研究開発センター

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