平成30年11月22日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
東京大学大学院理学系研究科
北海道大学

高圧下における水素結合の対称化の直接観察に成功
− 地球深部で含水鉱物の高圧相に起きる物性変化の原因を解明 −

【発表のポイント】

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。) J-PARCセンターの佐野亜沙美 研究副主幹らの研究グループは、東京大学大学院理学系研究科の小松一生准教授、鍵裕之教授、北海道大学大学院理学研究院の永井隆哉教授およびオークリッジ国立研究所との共同研究で、大強度陽子加速器施設J-PARC(注1)の物質・生命科学実験施設(以下「MLF」という)にある超高圧中性子回折装置PLANET(注2)および米国パルス中性子源SNSの高圧下パルス中性子回折装置SNAPを用いて、含水鉱物の高圧相であるδ-AlOOH(注3)高圧下中性子回折実験(注4)を行いました。その結果、18万気圧(地下約520 km相当)という高圧下において、水素原子が隣り合う二つの酸素原子間の中心に位置する「水素結合の対称化」(注5)が起きることを初めて直接観測しました。

圧力による水素結合の対称化は、約半世紀前の理論による予言以来、その存在を証明するため様々な研究がなされてきました。しかし先行研究は間接的な手法にとどまっており、直接的な証拠はまだ得られていませんでした。今回大強度のパルス中性子を用いた回折実験によって初めて、高圧下における水素位置を決定し、対称化を直接観察することに成功しました。

本研究により、δ-AlOOHで見つかっていた物性の変化は高圧下の水素結合の対称化と、その低圧側で新たに見つかったディスオーダー状態(注5)により引き起こされていることが明らかになりました。水素結合の対称化にともなう水素位置の変化はごくわずかですが、結合様式の変化によって鉱物全体のマクロな物性変化を引き起こすことを示しています。

本結果は平成30年(2018年)10月19日18時(現地時間10時)に英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

背景

地球は水の惑星と呼ばれますが、水は地表に存在するだけでなく、地球の深部においても、鉱物の結晶構造中に主にOH基として相当量取り込まれています。通常、地表において鉱物中の水素は、約3 Å(1Åは1000万分の1ミリメートル)程度を隔てて隣り合った二つの酸素の間において、片方の酸素に偏った1 Å程度の場所に位置しています。これは水素が電子をひとつしかもたないため、片側の酸素とのみ共有結合(O–H)し、もう片側の酸素とは水素結合(H…O)しているためです。しかし1970年代の氷についての理論計算により、高圧下ではO–H…Oが相似形を保ったまま縮んでいくのではなく、水素が二つの酸素間の中点に位置する「対称化」(O-H-O)が起きると予測されました。これは酸素間距離の減少によるポテンシャルの変化と、水素原子のトンネル効果として説明されます(注5)。その後の理論計算により、地球深部では含水鉱物中の水素結合についてもこの対称化が起きる可能性が指摘されました。また実験からは、結晶構造中で水素結合が配位している方向だけが高圧下で圧縮されにくくなる現象や、伝搬する弾性波の速度(注6)が急激に増加する現象などの物性の変化がおきることが報告されました。しかしこれらの先行研究では水素位置に関する情報は得られておらず、対称化と、報告された物性変化との関連についてはよくわからないままでした。

(図1)δ-AlOOHの常圧下における結晶構造。アルミニウム原子(青い球)と酸素原子(赤い球)からなる八面体が頂点と綾(辺)を共有して骨格を形成している。水素原子(桃色の球)はその八面体の間の空間で周辺の酸素と水素結合(赤点線)および共有結合(赤実線)している。

研究内容と成果

そこで本研究グループは、δ-AlOOHの高圧下における中性子回折実験をMLFのPLANETおよびSNSのSNAPで行い、加圧に伴う水素位置の変化を観測しました。この相はこれまで知られている中でも最も高い温度圧力域まで安定であり、地球のマントルから核まで水を保持・運搬する重要な役割を果たしていると考えられています。

実験では、試料に圧力を加え酸素間距離が減少するにつれて、水素結合距離が減少し共有結合距離が増加する様子が観測されました。最終的に、地下約520 kmに相当する圧力18万気圧において水素は二つの酸素間の中点に到達し、対称化が起きることを確認しました。これは高圧下では、地表で一般的にみられるような静電的な相互作用としての水素結合は消え、水素が両方の酸素と強固な共有結合で結ばれるようになることを意味しています。またそれより少し低い圧力下では、前駆現象として、水素が酸素間の中点をはさんだ二つの等価な位置をそれぞれ1/2の確率で占めるディスオーダー状態が起きること、また水素をその同位体である重水素に置き換えると変化の起きる圧力が高圧側に移動することも見出しました。これらの現象が起きた圧力は、先行研究により見つかっていた物性変化が起きる圧力とほぼ一致しており、水素結合の対称化とその前駆現象が鉱物の性質に大きな影響を及ぼしていることが、今回初めて実験的に裏付けられました。

(図2) 中性子回折実験により得られた高圧下における水素原子の分布確率。濃い青色のピークが水素原子の存在確率の高い位置に相当する。図中の×印は酸素の位置を示し、水素周りの拡大図(a左図黒枠)を示す。低圧側では水素は非対称な分布を示しているが(a)、圧力が上がると水素の分布が同じ高さを持つ二つの山になり(ディスオーダー状態, b)、18.1 GPaにおいて中点の一点に存在するようになった(c, 1 GPaは1万気圧に相当)。

研究の意義と今後の展望

地球を形成している鉱物は主にシリコンやマグネシウムの酸化物であり、共有結合によりその構造骨格が形成されています。その中に水素が取り込まれると、水素結合が形成され柔軟性のある部分が生じます。そのため水素の存在は鉱物を軟化させ、地震波速度を決定する弾性波速度の低下を引き起こすことが一般的な影響であると捉えられてきました。しかし今回の研究は、地球深部に相当する高圧下では酸素間距離の変化により水素結合の様相が変化してより強固な共有結合となり、逆に弾性波速度の上昇を引き起こしていることを明らかにしました。水素結合の対称化は、下部マントルで安定な他の含水鉱物の高圧相についても起きると理論計算で指摘されています。今後、含水鉱物の物性に基づき地震波速度などの観測データを解釈する場合は、高圧下で起きる水素結合の対称化の影響を考慮する必要があることを改めて示しました。

書籍情報

タイトル:Direct observation of symmetrization of hydrogen bond in δ-AlOOH under mantle conditions using neutron diffraction

著者名:Asami Sano-Furukawa*, Takanori Hattori, Kazuki Komatsu, Hiroyuki Kagi, Takaya Nagai, Jamie J. Molaison, António M. dos Santos and Christopher A. Tulk

雑誌:Scientific Reports

DOI:10.1038/s41598-018-33878-x

公表日:Asami Sano-Furukawa*, Takanori Hattori, Kazuki Komatsu, Hiroyuki Kagi, Takaya Nagai, Jamie J. Molaison, António M. dos Santos and Christopher A. Tulk

用語説明

(注1)大強度陽子加速器施設J-PARC:

茨城県東海村で高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で運営している先端大型研究施設。その中にある物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高クラスの強度の中性子およびミュオンビームを利用して、素粒子・原子核物理学、物質・生命科学などの基礎研究から産業分野への応用研究まで広範囲にわたる分野での研究が行われている。

(注2)超高圧中性子回折装置PLANET:

J-PARCのMLF内のビームライン11番にある粉末回折装置。地球深部における鉱物やマグマ中の水素の振る舞いを観測することを目的として設置され、高圧下における物質・液体の構造を精度良く決定することに特化している。

(注3)δ-AlOOH:

アルミニウムの原料のボーキサイトなどに含まれる含水鉱物ダイアスポアの結晶構造が、高温高圧下でより高密度な構造に変化してできる高圧相。2000年に高温高圧実験により初めて合成されδ-AlOOHと命名された。その後の研究により核–マントル境界に匹敵する130万気圧、1700度を超える高い温度圧力まで安定であることが示された。

(注4)中性子回折実験:

中性子をプローブとして物質の結晶構造を調べる実験手法。中性子はX線と比較すると特に軽元素との相互作用が強く、構造中の水素位置の決定などに威力を発揮する。

(注5)水素結合の対称化:

加圧により酸素原子間距離が短くなることで、水素原子が二つの酸素原子の間で中点を占めるようになる現象。通常の水素結合では、酸素原子間において水素原子の平衡位置は二つあるが、それらはポテンシャル障壁により隔てられ水素原子は片側の平衡位置のみを占めている。しかし高圧下でポテンシャル障壁の高さが減少すると水素原子はトンネリングにより障壁を超え二つの平衡位置を等確率で占めるようになる(ディスオーダー)。より圧力が高くなるとポテンシャルは一極小となり、水素原子が中点に位置する対称化に至る。

(注6)弾性波速度:

音波や地震波といった波が、物質中を伝わる速度のこと。

参考部門・拠点: J-PARCセンター

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