平成30年7月13日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構

土壌粘土粒子の表面ナノ構造とセシウム吸着特性との関係を解明
―最も強い吸着を示すのは「ほつれたエッジ」と呼ばれるナノ構造であることを計算科学で立証―

【発表のポイント】

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「JAEA」という。)システム計算科学センターの奥村雅彦研究副主幹、町田昌彦研究主席は、米国の研究機関・大学との国際共同研究の下、パシフィックノースウエスト国立研究所のSebastien Kerisit博士、Michel Sassi博士、Kevin M. Rosso博士、プリンストン大学のIan C. Bourg博士、カリフォルニア大学バークレー校及びローレンスバークレー国立研究所のLaura N. Lammers博士、及び量子科学技術研究開発機構の池田隆司博士と共に、国際共同研究協定*に基づいて行われた土壌粘土鉱物による放射性セシウムの吸着現象に関する計算科学研究の結果を集約し、更にこれまでに得られた実験研究結果も含めて土壌粘土鉱物と放射性セシウムの吸着機構に関する科学的知見を取りまとめた論文を「Journal of Environmental Radioactivity」に発表しました。

【研究の背景】

東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所事故(以下、「1F事故」という)により、環境中に放射セシウムが放出され、その一部は雨水とともに地表に降着しました。その後、JAEAは一度地表の土壌に吸着した放射性セシウムは地中方向へと浸透せず、その殆どが地表に強く固定されていることを報告しました〔参考文献1〕。実際、土壌中のセシウムはイオンとして土壌粘土鉱物と引き合い、層状物質である粘土鉱物中の層間に存在するカリウムイオン等との交換によって吸着する事が実験事実として知られています。そして、この吸着の様子は、最新の大型放射光施設(SPring-8)の光電子顕微鏡を利用することで、JAEAが一部観測することに成功しましたが〔参考文献2〕、吸着機構の解明のためには、最新の観測手法の限界を超える原子・分子レベルの情報が必要とされています。この困難な課題に対し、実験・観測に代わる手法として、原子や分子の挙動を取り扱う数値シミュレーションによって現象を解析する「分子モデリング」が有効な機構解明手段として注目を集めていました。

【研究の内容・成果】

JAEAは、1F事故後、米国のパシフィックノースウエスト国立研究所、カリフォルニア大学バークレー校及びローレンスバークレー国立研究所と研究協定*に基づいて国際共同研究を行い、量子科学技術研究開発機構と共に土壌粘土鉱物によるセシウム吸着現象のシミュレーション研究を牽引してきました。本論文では、本国際共同研究の結果を中心に、最新の分子モデリングの研究結果を集約し、そこから導き出されるセシウムの吸着機構から考えられる長期管理の評価結果や減容技術開発の基礎となる科学的知見を取りまとめました。

国際共同研究では、粘土鉱物のあらゆる表面の原子・分子レベルの構造を分担してモデル化し(図1)、スーパーコンピュータを用いたシミュレーションでセシウムの吸着の強さを比較評価することによって、強い吸着の起源を探ってきました。その結果、粘土鉱物全体のおよその吸着挙動が明らかとなり、粘土鉱物表面のナノメートル程度の構造の違いが、セシウムの吸着強度の違いと関係することが分かったのです。そして、エッジ及び水和した層間に比較的強く吸着し、「ほつれたエッジ」と呼ばれる風化した粘土鉱物特有の特殊な表面構造に最も強く吸着することが明らかとなりました(図2)。この「ほつれたエッジ」による強い吸着は50年度ほど前に仮説として提唱されましたが、ナノメートル程度の構造における吸着反応を実験で直接捉えることは難しいため、明確な立証には至っていませんでした。本論文では、分子モデリングによる原子分子レベルの吸着挙動のシミュレーション結果を比較することによって、その仮説の立証に成功しました。また、吸着した放射性セシウムが壊変した際に起こる原子・分子レベルの変化をシミュレーションすることで壊変後の粘土鉱物内の原子の挙動を調べ、放射性セシウムが土壌内で移動する可能性を論じ、長期管理の安全性を評価するために必要な知見も併せて報告しました。更に、これらの結果を踏まえ、有望な減容技術として、粘土鉱物の構造自体を破壊する、焼成によるセシウム脱離法やその他の手法を評価しました。

本論文では、上記の最新のシミュレーション研究の結果に加えて、これまでの長期にわたる実験研究の結果(1F事故前)や1F事故後に得られた福島土壌特有の実験結果についてもまとめられており(JAEAが主導した実験及び観察結果から他の機関が主導したものまで重要な結果を選別)、土壌粘土鉱物による放射性セシウム吸着現象について総合的な知見を提供しています。本研究成果は、2018年4月14日付で、「Journal of Environmental Radioactivity」のオンライン版に掲載されました。本論文はクリエイティブコモンズライセンスの下、どなたでもお読みになれるオープンアクセス論文として公開されています。

図1. 粘土鉱物表面における放射性セシウム吸着分子モデリングの概念図。粘土鉱物は肉眼で見ると板状の粉末ですが、1つの粒子にはナノメートル程度の構造の違いを持つ表面構造が大きく分けて5種類存在します。そこで、日米の計算科学者が連携して、各表面の原子構造をモデル化し、それぞれの構造に対するセシウム吸着強度を最新の計算科学研究手法により評価しました。それらの結果を相互比較することで、セシウム吸着強度に強く影響を与える表面構造(ほつれたエッジ)が判明しました。括弧内は計算を担当した研究機関(JAEA: 日本原子力研究開発機構、QST: 量子科学技術研究開発機構、PNNL: パシフィックノースウエスト国立研究所、UCB: カリフォルニア大学バークレー校、LBNL: ローレンスバークレー国立研究所、PU: プリンストン大学)。

図2. (a) ほつれたエッジ(図1)の原子構造を切り出した計算モデル。右端がほつれ、そのほつれた部分の層間距離をdで表します。 (b) セシウムの吸着反応エネルギーΔEの層間距離dの依存性について得られた計算結果。層間距離dが1.1nm以上になる(ほつれる)と反応エネルギーが負になります。これは、つまり、セシウムを吸着することを示しています。この結果を始めとして、セシウムの吸着挙動は粘土鉱物表面のナノメートル程度の構造の変化によって大きく変動することが分かりました。そして、特にほつれたエッジは最も強い吸着を示すことが分かりました。

【まとめ及び今後の展開】

本研究成果は、粘土鉱物表面での放射性セシウムの吸着についての基礎的科学的知見を系統的にまとめ、特に、最新のシミュレーション研究の結果を集約することで、ナノ・レベルの構造という視点から粘土鉱物が示すセシウムの吸着機構を明らかにしました。本研究の成果を基に、放射性セシウム含有土壌の長期管理リスク低減や減容技術開発の加速が期待されます。

*研究協定

  1. 日本原子力研究開発機構とパシフィックノースウエスト国立研究所との研究協定:原子力機構との環境汚染の評価及び浄化に係る共同研究: Task7
  2. 日本原子力研究開発機構とカリフォルニア大学及びローレンスバークレー国立研究所との研究協定:The Regents of the University of Californiaと原子力機構とのWork for Othersに係る共同研究

【書籍情報】

雑誌名: Journal of Environmental Radioactivity
論文題目: Radiocesium interaction with clay minerals: Theory and simulation advances Post-Fukushima
著者: Masahiko Okumura1, Sebastien Kerisit2, Ian C. Bourg3, Laura N. Lammers4,5, Takashi Ikeda6, Michel Sassi2, Kevin Rosso2, and Masahiko Machida1
所属: 1日本原子力研究開発機構、2パシフィックノースウエスト国立研究所、3プリンストン大学、4カリフォルニア大学バークレー校、5ローレンスバークレー国立研究所、6量子科学研究開発機構
DOI: 10.1016/j.jenvrad.2018.03.011

【参考文献】

参考文献1

雑誌名: Journal of Environmental Radioactivity(平成26年2月掲載)
論文題目: 137Cs vertical migration in a deciduous forest soil following the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident
著者: 1Takahiro Nakanishi, 1Takeshi Matsunaga, 1Mariko Atarashi-Andoh
所属: 1日本原子力研究開発機構
DOI: 10.1016/j.jenvrad.2013.10.019
概要: 茨城県北部の落葉広葉樹林において、落葉層に沈着した放射性セシウムは、大部分が事故後数カ月以内に雨水によって土壌に浸透し、それ以降は落葉落枝の分解速度の季節変動に応じ、徐々に土壌に供給されることを明らかにしました。

参考文献2

雑誌名: Applied Physics Letters(平成30年1月掲載)
論文題目: Nanoscale spatial analysis of clay minerals containing cesium by synchrotron radiation photoemission electron microscopy
DOI: 10.1063/1.5005799
著者: Akitaka Yoshigoe1, Hideaki Shiwaku1, Toru Kobayashi1, Iwao Shimoyama1, Daiju Matsumura1, Takuya Tsuji1, Yasuo Nishihata1, Toshihiro Kogure2, Takuo Ohkochi3, Akira Yasui3, Tsuyoshi Yaita1
所属: 1日本原子力研究開発機構、2東京大学、3高輝度光科学研究センター
概要: 放射光を用いた光電子顕微鏡を用いてCsが吸着した粘土鉱物の元素分布や化学結合の情報をナノスケールで調べることに成功しました。

【用語解説】

1) 分子モデリング

理論や数値シミュレーションによって、原子・分子の挙動や性質を模擬する手法の総称。近年のスーパーコンピューターやソフトウエアの急速な発展により、材料開発や創薬等においても実用的な手法として注目されている。

2) ほつれたエッジ

層状の粘土鉱物が風化し、層が一部剥がれてできたエッジ(端)構造の名称。特に、剥がれた部分と未風化部分との変わり目にできる楔形の構造を指す。

参考部門・拠点: システム計算科学センター

戻る