平成30年1月11日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
公益財団法人高輝度光科学研究センター

放射光光電子顕微鏡により絶縁物のナノスケール化学分析を実現
-粘土鉱物中のCs吸着挙動の解明に新たな道-

発表のポイント

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄。以下「原子力機構」という。)物質科学研究センターの吉越章隆研究主幹らは、公益財団法人高輝度光科学研究センター(理事長土肥義治。以下「JASRI」)及び東京大学の研究者らと共同で、大型放射光施設(SPring-8)の理研軟X線ビームラインBL17SUの放射光光電子顕微鏡(synchrotron radiation photoemission electron microscope: SR-PEEM)を使うことによって、人工的に2 wt%のCsを吸着した粘土鉱物(風化黒雲母:部分的に風化した黒雲母)のナノスケールでの化学結合状態の分析法の開発に成功しました。

福島第一原子力発電所の事故以降、粘土鉱物に吸着した放射性Csの化学結合の状態の解明が、効率的なCs除染や汚染土壌の減容化など対して重要であることが指摘されてきました。ミクロな粘土鉱物は組成や大きさが粒子毎に異なるため、それぞれの粒子を識別して分析する必要がありました。SR-PEEMは、化学結合状態の実空間分析がナノスケールで可能な魅力的な手法ですが、絶縁体に対しては帯電という致命的な問題が発生します。そこで、薄い導電性膜を表面に付着させることでその問題を回避し、人工的にCsを吸着した粘土鉱物に対してナノスケールで元素分布や化学結合の情報が得られることを実証しました。今後、SR-PEEMによる化学分析は、多種多様なCsを含有した粘土鉱物や廃炉に伴う模擬燃料デブリなどの原子力分野に応用されるとともに、ナノ電子デバイスの絶縁材料、移動体通信フィルターデバイスに利用される酸化物圧電材料や酸化物表面で起きる触媒機能の解明など、次世代イノベーションを支えるさまざまな機能性材料の品質や性能向上を目指した研究開発に利用されていくことが期待されています。

本研究成果は、ニューヨーク時間2018年1月9日付け(日本時間2018年1月10日付け)で、「Applied Physics Letters」にオンライン掲載されました。

【研究開発の背景と目的】

2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故にともない放出された放射性Csは、深刻な環境汚染をもたらしています。放射性Csは、土壌表層数cm部分の粘土鉱物に強固に吸着していることが知られています。安全かつ環境負荷の低い除染処理方法が求められ、そのためにはCsの粘土中での吸着状態及び吸着・脱離のメカニズムの解明が不可欠となっています。言い換えれば、何が、何処に、どのように存在(結合)するのかを知る必要があります。しかしながら、極微量のCsを含む粘土鉱物は、数ミクロン以下の不規則な大きさ、組成、形態を有する環境試料であるため、Cs吸着挙動を明らかにすることは容易ではありません。JAEAは事故直後から先端科学計測を駆使した環境中のCsの吸着挙動の解明に不断に取り組んできました。さまざまな化学分析法の中で、光電子顕微鏡1)は、高空間分解能、元素別の化学状態分析を高スループットに測定でき、またその測定には試料の加工が不要など、他の手法にない特徴を有することに注目し、Cs吸着状態分析への活用を検討しました。しかしながら、光電子を検出、分析することから粘土鉱物のような絶縁物の観察では帯電が生じるため測定できませんでした。そこで、光電子顕微鏡の特徴を利用するために帯電を中和して絶縁物試料を測る方法を探しました。

【研究の手法】

実験は、SPring-82)にある理研軟X線ビームラインBL17SU3)の光電子顕微鏡装置で行いました。高輝度軟X線放射光を光源としたPEEM装置は、高空間分解能、元素別の化学結合状態の分析を非破壊に高スループットで実施できる国内外でも最高性能を有する装置であることに注目し、Cs吸着状態の分析への活用を検討しました(図1)。

原子力機構を中心とする研究メンバーは、放射光光電子顕微鏡(SR-PEEM)の持つ優れた顕微分光分析能力に着目し、絶縁物である粘土鉱物中のCs吸着状態の解明に向けた技術開発に取り組みました。この課題に取り組むために試料表面に電気を流す(導電性の)薄膜を付加すれば、プラスの電荷を打ち消すマイナスの電荷(電子)が流れ込むことによって帯電を消すことができることに注目しました(図2)。

図1 SR-PEEMを利用したCs吸着粘土鉱物のナノスケール化学状態分析の概念図。放射光のエネルギーを変えながら結像型顕微鏡で光電子を収集する。放射光のエネルギー毎に測定される光電子の強度はX線吸収強度に対応することから、画像中で各粒子の位置毎のX線吸収スペクトルが得られる。空間分解能は常用50nm程度で粒子内の位置を識別できる。

図2 試料帯電の防止方法の説明図:(a)絶縁物である粘土鉱物は光電子の放出にともないプラスに帯電するので、検出したい光電子放出に乱れが生じる。(b)電気を流す薄膜を付けると電気(電子)が流れるようになるので試料のプラスの電荷はなくなり、測定ができるようになる。

【得られた成果】

人工的にCsを2 wt%吸着させた粘土(風化黒雲母:部分的に風化している黒雲母)に帯電防止の処理を施した結果、数ミクロンの各粘土微粒子に対して極めてクリアーな光電子顕微鏡像の観察に成功しました。構成元素(Si、Al、Cs、Mg、Fe)の存在を確認するとともに、その空間分布を観察することに成功しました(図3)。今回の測定では、CsとMgの分布が排他的であることも検証されました(図3中の赤丸部分)。

図3 Csを人工的に2 wt%吸着した粘土鉱物(風化黒雲母)のSR-PEEMによる元素(Si、Al、Cs、Mg、Fe)のナノスケール実空間分布像。サブミクロンサイズの粒子を識別できている。粘土鉱物を構成するSi及びAlとともに、Cs、Mg、Feの存在がわかり、概ね鉱物全体に分布していた。また、赤丸で示したようにCsとMgは排他的な分布であることがわかり、Cs吸着がMgとイオン交換的な反応で吸着することを示唆している。

SR-PEEMの特徴の一つは、ナノ空間分解能で任意の位置のX線吸収スペクトルに基づく化学結合に関する情報を得ることができることにあります。これによって、Csの化学結合の状態がCsNO3と同様の価数で存在していることが確認できました(図4)。また、粘土鉱物内に鉄が含まれていることが確認されるとともに、3+の価数状態の化学結合状態が主であることが示されました(図5)。この結果は、SiO2のSi(4+)がFe(3+)に置き換わることによって生じる電荷を補うためにCs(1+)が鉄原子の近くに分布するという可能性を示唆するデータであり、吸着状態及び吸着メカニズムを理解する上で重要な情報となります。

図4 (a) Csを人工的に2 wt%吸着した粘土鉱物(風化黒雲母)のSR-PEEM像と(b)(a)の赤印位置におけるX線吸収スペクトル(赤線)。青線のスペクトルはCsNO3に対するスペクトルである。粘土鉱物中のCsの化学状態がCsNO3と類似であることがわかる。また、Feの存在が確認された。

図5 (a) Csを人工的に2 wt%吸着した粘土鉱物(風化黒雲母)のSR-PEEMによるFeの分布像と(b)赤字で示した各位置におけるFe L吸収端近傍のX線吸収スペクトル。スペクトルの形はFe2O3のものと類似であり、このことから粘土鉱物中に含まれる大部分のFeの価数は3+であることがわかった。

【波及効果、及び、今後の展望】

以上のような個別粒子を識別し、各粒子内の位置毎の化学結合などに関する情報は、空間平均的に観察する分光測定法では決して得ることができません。このように各元素の分布とともに極めて詳細な顕微分光データの取得ができることを今回実証しました。そして、粘土鉱物に対して実証されたSR-PEEMによる絶縁物の化学結合状態のピンポイント分析は、今後、さまざまな福島除染土壌や模擬デブリ燃料分析などの原子力分野への応用とともに、ナノ電子デバイスの絶縁材料、移動体通信フィルターデバイスに利用される酸化物圧電材料や酸化物表面で起きる触媒機能の解明など、次世代イノベーションを支えるさまざまな機能性材料の品質や性能向上を目指した研究開発に利用されていくことが期待されています。また、PEEMによる分析技術は、次世代光源や装置技術の進歩とともに、その性能と応用範囲は広がっていくと期待されています。

【書籍情報】

雑誌名:Applied Physics Letters

タイトル:Nanoscale spatial analysis of clay minerals containing cesium by synchrotron radiation photoemission electron microscopy

著者:Akitaka Yoshigoe1, Hideaki Shiwaku1, Toru Kobayashi1, Iwao Shimoyama1, Daiju Matsumura1, Takuya Tsuji1, Yasuo Nishihata1, Toshihiro Kogure2, Takuo Ohkochi3, Akira Yasui3, Tsuyoshi Yaita1

所属:1日本原子力研究開発機構、2東京大学、3高輝度光科学研究センター

用語解説

1)光電子顕微鏡

光電子顕微鏡(PEEM: photoemission electron microscope)は、電子顕微鏡の一種。試料に光を照射した際に、試料表面から放出される電子(「光電子(こうでんし)」)を二次元的に捉えて電子の空間分布を観測します。今回の実験では、試料に照射する光として軟X線を用いることで、元素分布およびその化学状態分析に成功しました。結像型顕微鏡であるため、試料を剥片化などの特別な処理なしでそのまま分析できるとともに、放射光のエネルギーを変えることによって分析範囲の各粒子の化学状態の情報を観察画面上で一括に測定できる特徴があります。

2)大型放射光施設SPring-8

SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向が曲げられた時に発生する、細く絞られた強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われています。特に今回の研究では、放射光の高輝度、エネルギー可変性、エネルギー分解能、ビーム特性などの特徴を活用しました。

3)軟X線理研ビームラインBL17SU

「ビームライン」とはSPring-8などの放射光施設において、発生した放射光を実験装置まで導く光路のこと。実験目的に合ったエネルギーをもつ光を取り出す装置、試料上に光を集光する装置などを経て、実験装置に放射光が導かれます。軟X線は電子との相互作用が強いため、物質中の特定元素の電子を選択的に励起したり、この励起現象を利用して物質の磁気的性質を調べたりする光として特に有効です。

参考部門・拠点: 物質科学研究センター

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