平成29年12月22日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
発表のポイント
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄)原子力基礎工学研究センターの熊谷友多研究員らは、東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所における燃料デブリ1)の取出しに先立ち、燃料デブリが健全な核燃料(二酸化ウラン)より冷却水に溶けにくい化学的に安定した性質を持つ可能性を実験により明らかにしました。
原子炉で使用された核燃料は強い放射線を発するため、冷却水を分解して過酸化水素を発生させ、この過酸化水素が核燃料と直接反応するとウランの溶出が起こります。福島第一原子力発電所事故で生じた燃料デブリでも同じ反応が起きている可能性があり、この場合、原子炉材料が核燃料に混ざり込んでいると考えられますが、これまで原子炉材料が混在した核燃料に関する化学反応の詳細は不明でした。
そこで、核燃料の被覆材であるジルコニウムを混ぜた燃料デブリの模擬試料を用いた実験を行いました。ジルコニウムと核燃料を元素数比50:50で混ぜた試料からのウランの溶出量は、2時間後、核燃料のみの試料からの溶出量と比較して僅か4%の結果となりました。さらに、ジルコニウムの混在により過酸化水素が分解されることが、溶出量減少のメカニズムであることを突き止め、ジルコニウムが燃料デブリの溶出に重要な影響を及ぼすことを解明しました。
本成果は、燃料デブリが原子炉内に化学的に安定して留まりやすいことを示しています。
引き続き、鉄など別の原子炉材料の混在についても化学に係わる基礎的な研究を積み重ね、燃料デブリ管理の技術的基盤の形成を支援していきます。
本研究成果は、「Journal of Nuclear Materials」に掲載されました。
福島第一原子力発電所の燃料デブリは崩壊熱を取り除くために、直接冷却水と接した状態になっています。この冷却水は燃料デブリからの放射線の作用で分解され2)、水素や過酸化水素などが生じます。このような環境下では、核燃料を構成する二酸化ウランが過酸化水素と化学反応を起こし、ウランは溶けにくい状態から水に溶け易い状態に変化します(酸化反応)3)。ウランが水に溶け出すと、核燃料に含まれる様々な放射性物質も水に溶け出しやすくなることが知られています。ウランと共に溶け出す放射性物質は、冷却水を汚染し、廃炉工程を複雑化するリスク要因となります。
放射線による水の分解生成物と核燃料との化学反応は、使用済み燃料の直接地層処分を考えている諸外国において地層中での放射性核種の挙動解明を行う目的で研究されてきましたが、溶融した燃料についての知見は十分ではないのが現状です。溶融燃料は原子炉で使われていた材料と融け合うことで、様々な元素を含みます。TMI-2号機事故4)の燃料デブリではジルコニウムが多く含まれていました。福島第一原子力発電所でも同様の材料が使われており、燃料デブリはジルコニウムを含むと推定されます。
原子炉材料が融け合った燃料デブリからのウランなどの溶出については不明なことが多く、研究課題となっています。
本研究は、核燃料を包む管の主成分であるジルコニウムが核燃料(二酸化ウラン)に溶け込んだ場合、ジルコニウムがウラン溶出量に及ぼす影響を解明することを目的としています。
燃料デブリの模擬試料(以下、「模擬デブリ試料」という。)として、ジルコニウムの含有量を変えた4種類の試料を作製しました。
作製した試料を用いて、ウランの溶出量と過酸化水素量などを測定しました。
図1に、模擬デブリ試料と過酸化水素との反応を調べる実験の概要と反応の概念図を示します。実験では、粉末にした模擬デブリ試料の微粒子を混ぜた水溶液を装置に入れ、過酸化水素を添加した後、撹拌しました。模擬デブリ試料と過酸化水素の反応が進むと、過酸化水素が減って、ウランが溶け出してきます。この溶け出したウラン量と残っている過酸化水素量を測定します。
模擬デブリ試料と過酸化水素との反応を測定した結果を図2に示します。図2では元素数比でウランとジルコニウムが50:50の模擬デブリ試料(U50:Zr50)と健全な燃料である二酸化ウランとを比較しています。同一条件下で過酸化水素と反応させたところ、模擬デブリ試料と二酸化ウランのどちらの場合も過酸化水素の量は時間とともに徐々に減少する同一の傾向を示します。しかしながら、実験開始から2時間後のウラン溶出量については、模擬デブリ試料の場合は、二酸化ウランのみの場合と比較して、僅か4%と顕著に低い結果となりました。
図2から、どちらの試料においても過酸化水素の減少の仕方は似ているにもかかわらず、模擬デブリ試料では、ウランの溶出量が極めて少ないことがわかります。そこで、反応に伴い発生するガスの量を調べたところ、過酸化水素が酸素に変化(過酸化水素の分解)していたことが分かりました。これまでに、過酸化水素は二酸化ウランと反応する時、わずかながら分解して酸素ガスを発生することが知られています5)。したがって、模擬デブリ試料の場合、溶出の原因物質である過酸化水素が分解されるため、ウランの溶出が起こりにくくなることが明らかになりました。
実際の燃料デブリでは、ジルコニウムの含有量は不定と考えられます。そこで、ウランとジルコニウムの元素数比が75:25の模擬デブリ試料(U75:Zr25)を用いて、過酸化水素との反応を同様に調べました。その結果、表1のとおり二酸化ウランのみの試料からの溶出量の17%と低い結果となり、ジルコニウムを25%含む模擬デブリ試料でも高い溶出抑制効果を示すことを確認しました。
試料 | 元素数比 U : Zr |
ウラン溶出量* (%) |
---|---|---|
二酸化ウラン | 100 : 0 | 100 |
模擬デブリ | 75 : 25 | 17 ± 3 |
60 : 40 | 6 ± 2 | |
50 : 50 | 4 ± 2 | |
* 二酸化ウランでの溶出量を100とした時の割合 |
本実験により、ジルコニウムが二酸化ウランに溶け込んだ場合、ジルコニウムが過酸化水素の分解を促進するメカニズムにより、ウラン溶出量が顕著に減ることを突きとめました。
本実験結果は、燃料デブリが正常な核燃料と比較して、ウランが冷却水に溶けにくく、原子炉内に化学的に安定した状態で留まりやすいことを示しています。
本研究から、ウランの溶出とそれに伴う放射性物質の溶出による冷却水の汚染のリスクは、ジルコニウムが混じった燃料デブリの方が大幅に低いことが分かりました。
燃料デブリにはジルコニウム以外の元素も含まれるため、今後は鉄などの影響についても検討し、燃料デブリの基礎的な化学特性に関する研究を通じて、安全な燃料デブリの取り出しと保管を支援していきます。
雑誌名:Journal of Nuclear Materials
論文題名:”Reaction of hydrogen peroxide with uranium zirconium oxide solid solution – Zirconium hinders oxidative uranium dissolution”
著者名:Yuta Kumagai, Masahide Takano, Masayuki Watanabe
所属:日本原子力研究開発機構
核燃料が溶融し、原子炉内の様々な物質と融け合った生成物のこと。炉心溶融物、
溶融燃料、コリウムなどとも呼ばれます。福島第一原子力発電所の燃料デブリでは、燃料を包む管に使われるジルコニウムの他に、原子炉の構造材であるステンレス鋼や制御用材料などとして利用されていた炭化ホウ素などの成分が含まれると推測されています。
放射線のエネルギーが水に与えられ、水分子が分解すること。水分子が分解されると、水素原子(H)、酸素原子(O)と電子(e-)からなる様々な反応性の高い物質が生成され、それらの反応によって水素(H2)や過酸化水素(H2O2)、酸素(O2)のような分子が生じます。
ウランが電子を失う反応のこと。ある物質の酸化反応が起きる場合、電子を受け取る物質との反応になります。ウランと過酸化水素の反応の場合、過酸化水素が電子を受け取り、水酸化物イオンになり、一方でウランは電子を失い、4価という酸化数(原子価ともいう)状態から6価の酸化数に変化します。4価のウランは、核分裂で生じた放射性物質を閉じ込める機能を有していますが、6価のウランは水に溶け易くなり、その機能が損なわれてしまいます。
米国スリーマイル島原子力発電所2号機で1979年に起きた深刻な事故のこと。福島第一原子力発電所の事故の際にも、同じ軽水炉であることから、事故の進展や燃料デブリの性状について参考にされています。なお、TMI-2号機事故時には、燃料デブリは、酸化反応がおこらない環境下に置かれていたため、ウランの冷却水中への溶出に関しては、問題とされていませんでした。
過酸化水素が酸素分子と水分子に分解する反応のこと。過酸化水素は酸素原子2個と水素原子2個から成る物質です。水分子などと比べると不安定な物質であるため、様々な固体の表面で分解します。有名なものは、酸化マンガンが触媒となり過酸化水素が分解する反応があり、学校教育の理科実験の題材になっています。
参考部門・拠点: | 原子力基礎工学研究センター |