平成29年8月19日
名古屋工業大学
茨城大学
広島市立大学
熊本大学
日本原子力研究開発機構
J-PARC センター
高エネルギー加速器研究機構 東北大学金属材料研究所

世界初! 白色中性子線を用いて微量な軽元素を含む物質の超精密原子像取得に成功
― 機能性材料の性能向上に貢献 ―

名古屋工業大学の林好一教授、茨城大学の大山研司教授は、広島市立大学、高輝度光科学研究センター、熊本大学、日本原子力研究開発機構、J-PARC センター、高エネルギー加速器研究機構、東北大学金属材料研究所の研究者らと共同で、「白色中性子線ホログラフィー」の実用化に世界で初めて成功しました。

白色中性子線とは、様々な波長を含む中性子線のことを指し、様々な波長の光を含んで白色となる可視光に倣って命名されています。ホログラフィー(注1)は、物体を三次元的に記録する撮像法です。白色中性子線を用いると複数の波長で多重にホログラムを記録できるため、従来技術をはるかに凌駕した精密な原子像を取得することができます。このたび開発した白色中性子線ホログラフィーとは、J-PARC で発生させる多重波長の中性子線を活かし、合計 100 波長程度のホログラムを一遍に測定できる技術です。X線回折法(注2)や電子顕微鏡法では観測できない軽元素の微量不純物の構造を感度よく観測できる点にも特徴があり、添加元素によって性能を制御する半導体材料、電池材料、磁性材料などの機能解明とともに新規材料開発に向けたブレークスルーが生まれると期待されます。

1. 発表のポイント

〇 原子レベルの精密構造解析手法として新たに「白色中性子線ホログラフィー」を開発

検出器や半導体などの高性能材料の性能を制御するため添加されている不純物(ドーパント)の構造を高い感度で解析できる手法として、極めて多くの波長で多重にホログラムを記録できる「白色中性子線ホログラフィー」を、世界最高強度の中性子源である大強度陽子加速器施設 J-PARC(茨城県東海村)(注3)において開発しました。

〇 軽元素の不純物構造解析が可能に

中性子線はX線や電子線と異なり、水素、リチウム、酸素などの軽元素について感度が高く、エネルギー材料とも密接に関係するこれらの元素の不純物構造解析が今後大きく進展することが期待されます。

〇 機能性材料での機能発現の解明に貢献

今回、放射線検出器の主材料である、蛍石にユウロピウム(Eu)のような希土類元素を添加した結晶でデモンストレーションしたところ、その超精密原子像から希土類元素周辺の特徴的な構造を世界で初めて解明しました。今後、放射線検出器の高性能化が期待されます。また、検出器に限らず、「白色中性子線ホログラフィー」による不純物構造の超精密画像から、非常に多くの材料で性能向上へのブレークスルーが生まれると期待できます。

2. 発表者

林 好一(名古屋工業大学 大学院 工学研究科 教授)
大山研司(茨城大学 大学院 理工学研究科 教授)
八方直久(広島市立大学 大学院 情報科学研究科 准教授)
松下智裕(高輝度光科学研究センター 情報処理推進室 主席研究員)
細川伸也(熊本大学 大学院 先端科学研究部(理) 教授)
原田正英(日本原子力研究開発機構 J-PARC センター 主任研究員)
稲村泰弘(日本原子力研究開発機構 J-PARC センター 副主任研究員)
仁谷浩明(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 助教)
宍戸統悦(東北大学 未来科学技術共同研究センター 研究員)
湯葢邦夫(東北大学 金属材料研究所 准教授)

3. 発表内容

【研究開発の背景】

現代社会のテクノロジーは、スマートフォンに象徴されるように、半導体材料、電池材料、磁性材料などの高性能材料に支えられています。より優れた材料が常に求められていますが、高性能材料の開発には、原子レベルでの材料構造の理解が有効です。

現在、物質を形成する原子を観察する主流の手法はX線回折法や電子顕微鏡法で、これらの方法により様々な物質の研究が行われ、その物質がどんな原子配列からなっているかが解明されてきました。しかし、これらの手法には限界があり、微量な添加元素の観察や、その添加によって周囲の構造がどう変わったかの観察はできず、また、水素、リチウム、酸素といった原子番号の小さい元素(軽元素)は検出できず、その原子構造の変化を知ることはできませんでした。

一方、中性子線は軽元素も重元素と同じ感度で計測することができます。このため、中性子線を用いた不純物構造の評価技術を開発すれば、軽元素の高精度な可視化が可能となり、材料科学やエネルギー産業に大きく貢献することが予測できます。そのような理由から、名古屋工業大学、茨城大学、広島市立大学、高輝度光科学研究センター、熊本大学、東北大学などの研究者は、新しい手法「白色中性子線ホログラフィー」の開発に着手しました。

【技術の説明】

波長が原子程度の大きさのX線や電子線を用いてホログラムを測定すると、物質中の三次元原子配列を画像化することができます。図1に示すように、この単波長のホログラムは二次元データに対応し、三次元空間に戻すには情報の欠落があります。そこで、X線・電子線ホログラフィーで複数の波長でホログラムを記録する多重波長法が考案され像精度の向上が図られましたが、波長ごとに測定を繰り返す必要があり(最低でも8波長程度)、膨大な計測時間を要していました。

中性子線は波としての性質も有し、その波長も原子の大きさと同程度であるため、原子配列を記録できる中性子線ホログラムを測定できます。本研究グループでは、今回の研究以前に、水素を取り込む金属「水素吸蔵合金」における水素の観測を中性子線ホログラフィーで行いました。しかしながら、利用できる中性子源からの強度が極端に低かったので、一つの波長でのホログラムしか記録できず、原子像の精度という観点からも、不純物構造の観測という観点からも満足のいくものではありませんでした。

そこで、本研究グループでは J-PARC の白色中性子源に着目しました。J-PARC の白色中性子線は波長ごとに、試料に到達する時間が違うという特徴があります。この特徴を利用することによって、一度の走査で合計 100 波長程度のホログラムを一遍に測定できる「白色中性子線ホログラフィー」を開発することに成功しました。非常に多くのホログラムから構成される多重波長ホログラムは、立体的な形状を有し、元の原子配列を劣化なく正確に再現することが可能となります。

図1

図1 多重波長ホログラムの概念図。二次元の単波長ホログラムからは三次元像を正確に再生できないが、三次元の多重波長ホログラムからは劣化なく三次元像に戻せる。

【得られた成果】

図2

図2 ユウロピウムを添加した蛍石の多重波長ホログラム。

図3

図3 ユウロピウム周辺のカルシウムとフッ素の原子像。緑:ユウロピウム。紫:カルシウム。橙:フッ素。赤丸で囲ってある原子は近接のカルシウムである。(A)実験データ。カルシウムが分裂していることが分かる。四角枠の中にフッ素が侵入している。下の四角枠はコントラストスケールを 4 倍にして微弱な像を増強している。(B)格子歪みなどを一切考慮していない理論データ。

「白色中性子線ホログラフィー」の高再現能力を、蛍石(CaF2)単結晶にユウロピウム(Eu)を1%程度添加した結晶の測定を行うことによってデモンストレーションしました。

蛍石の結晶は、ユウロピウムの添加によって、放射線が照射されると発光するようになるため、シンチレーション放射線検出器(注4)受光部に使われています。発光機能発現のメカニズムを知るために、ユウロピウム周辺の構造解析は極めて重要です。ここでは、ユウロピウムが中性子を吸収する際に放出されるγ線を利用し、ユウロピウムを標的とした中性子線ホログラムを計測しました。図2は、実験で観測された多重波長ホログラムです。図3(A)は、このホログラムより得られたユウロピウム周辺の原子構造です。これより、本来+(プラス)2価のカルシウムがあるはずの位置にユウロピウム(この場合+3価)が入ったことにより、赤丸で囲んだユウロピウム近傍のカルシウムが本来の位置から大きくずれていることが観察できます。また、余分なプラス電荷を打ち消すために-(マイナス)1価のフッ素原子があるべきでないところに入り込んでいることが分かりました。この侵入フッ素は、原子像強度が弱いのですが、「白色中性子線ホログラフィー」では、そのような微弱な像も逃さず可視化 できます。

今回、蛍石中のユウロピウム周辺の原子構造の詳細が分かったことにより、電子状態の解明などが進み、放射線による発光現象との関連性が明らかになると期待されます。また、このことは将来の高性能放射線検出器の開発にもつながります。

【今後の展望】

「白色中性子線ホログラフィー」の実現により、添加元素が物質に与える影響を原子レベルで詳細に観測することができるようになりました。さらに、フッ素という軽元素を高精度に可視化できたことにも大きな意義があります。軽元素は環境材料、エネルギー材料において重要な役割を果たしていることが知られており、今後、「白色中性子線ホログラフィー」の利用が、このような機能材料における軽元素の役割を解明してくれるでしょう。

4. 発表雑誌

雑誌名: Science Advances
論文タイトル:Multiple-wavelength neutron holography with pulsed neutrons
著者:K. Hayashi, K. Ohoyama, N. Happo, T. Matsushita, S. Hosokawa, M. Harada, Y. Inamura, H. Nitani, T. Shishido, and K. Yubuta
DOI 番号:10.1126/sciadv.1700294

5. 用語解説

(注1)ホログラフィー

通常の写真とは異なり、物体の立体像を記録・再生することのできる技術をホログラフィーと呼びます。偽造防止のため、一万円札やクレジットカードに印刷してあり、社会にも広く普及している技術です。原理について図4に示しますが、通常の光学ホログラフィーの場合には、レーザーなどの干渉性の良い光源を用い、ある散乱物(図ではハート)に照射します。その散乱物によって光は散乱され物体波となります。物体波の位相(波の山・谷の位置に関する情報)は、散乱体の奥行きに関する情報が含まれていますが、物体波そのものを観測しただけでは、位相の情報は失われてしまいます。ホログラフィーでは位相を記録するために、光源から出る光(参照波)を物体波と干渉させます。その干渉パターンを記録したものがホログラムです。そして、再生光をホログラムの反対側から当てると、散乱物を再生することができます。

図4

図4 ホログラフィーの原理。

(注2)X線回折法

一定波長のX線を分析試料に照射すると、散乱されたX線は、物質の原子・分子の配列状態によって、物質特有の回折パターンを示します。原子構造を正確に決定できるため、物質科学において広く用いられています。しかし、観測できるのは原子の平均的な配列であり、特定の元素の周りでの歪みのような、局所的な構造変化を観測するのは困難です。

(注3)大強度陽子加速器施設(J-PARC)

高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で運営する茨城県東海村にある大型研究施設で、高エネルギー物理学、原子核物理学、材料科学、物性物理学、生物学、化学など、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。特に、J-PARC 内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度の中性子線を用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっています。

(注4)シンチレーション放射線検出器

X線、γ線などの放射線を計測する機器。検出器内の結晶に入った放射線を光に変えて、精度よく放射線を検出することができます。ユウロピウム(Eu)のような希土類元素を単結晶に微量添加して受光部分を作製します。

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