発表内容:

2011年3月の東日本大震災によって引き起こされた福島第一原発の事故は、周辺の広範囲の土地に放射能汚染をもたらし、その対策は5年近くが経った現在でも日本の最も大きな課題のひとつとなっている。放射能汚染の実態を詳細に調べる研究や除染のための技術開発等が各方面で進められている中、汚染の原因である放射性セシウム(注1)が環境中でどのような物質に吸着しているかを明らかにすることは非常に重要である。これについては2014年11月に東京大学大学院理学系研究科の小暮 敏博らの研究グループが実汚染土壌の中から放射性微粒子を特定し、電子顕微鏡などを使ってその物質の正体を明らかにしており[1]、花崗岩中の黒雲母(注2)という鉱物が長年の風雨で変質した“風化黒雲母”(“バーミキュライト”と呼ばれることも多い)という物質が、放射性微粒子として多く見出されたことが分かっている。しかしながら、この風化黒雲母が土壌中の他のさまざまな物質に比べて本当にセシウムを吸着しやすい物質であるという実験的確証は得られていなかった。東京大学大学院理学系研究科の小暮敏博准教授と向井広樹特任研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科中西友子研究室の廣瀬農特任助教、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構の研究グループは、福島第一原発事故後の降雨によって放射性セシウムが土壌に吸着された環境を模したセシウムの土壌鉱物への吸着実験を行い、低濃度のセシウムは福島地方で採取された風化黒雲母に選択的に吸着されることを明らかにした。

実験は大きさ数十ミクロンメートルの、土壌中に存在すると考えられるさまざまな鉱物を基板上に細かく配置し、そこに福島で実際に起こったと考えられる非常に低濃度(10-11 ~ 10-9 molL-1(注3)の放射性セシウム(137Cs)を含む溶液を滴下し、各鉱物への放射性セシウムの吸着量をイメージングプレート(IP)と呼ばれる放射線記録媒体によって測定した。その結果、放射性セシウムは風化黒雲母に集中して吸着することがわかり(図1)、もし福島の土壌中に風化黒雲母が存在し、そこに放射性セシウムを含む降雨があれば、この鉱物にまず放射性セシウムが取り込まれることが明らかになった。この結果は、実汚染土壌での観察結果[1]を明瞭に支持するものである。次に本研究グループは、風化黒雲母等に取り込まれた低濃度の放射性セシウムがさまざまな試薬によってどのように溶出するかを調べた。その結果、他の鉱物では容易に放射性セシウムを溶出させる酢酸アンモニウムなどの試薬でも、風化黒雲母に吸着した放射性セシウムはまったく溶出せず、鉱物そのものを溶解させるようなかなり強い酸でのみ溶出が確認された(図2)。このことより低濃度の放射性セシウムは風化黒雲母に非常に強く固定されており、環境中への放出は容易に起こらないことが明らかになった。また風化黒雲母への放射性セシウムの吸着は、時間の経過とともにより強く固定されていくことを示す実験結果も得られた。

本研究結果より、福島の土壌における放射能汚染は風化黒雲母が非常に重要な物質であることが明らかになった。例えば風化黒雲母の有無が、土壌における放射能の固定や流出など特性を大きく支配する可能性が高い。今回の成果は、福島地方の今後の長期的な放射性物質の拡散・移動等の動態予測、化学的な処理等による土壌中の放射性セシウムの除去方法の開発、除染作業によって膨大に発生しつつある汚染物質の有効な減容化や貯蔵方法の提案など、今後の放射能対策のための研究・開発の基礎となる画期的なものと言うことができ、これにより有効な放射能汚染対策が進むことが期待される。

[1] Mukai et al., Environmental Science & Technology, 48, 13053-13059, 2014

発表雑誌:

雑誌名:「Scientific Reports」
論文タイトル:Cesium adsorption/desorption behavior of clay minerals considering actual contamination conditions in Fukushima
著者:Hiroki Mukai, Atsushi Hirose, Satoko Motai, Ryosuke Kikuchi, Keitaro Tanoi, Tomoko M. Nakanishi, Tsuyoshi Yaita and Toshihiro Kogure*
DOI番号:10.1038/srep21543


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