【背景】

住友ゴム工業では地球環境への国際的な関心と安全意識が高まる中、相反性能である低燃費性能とグリップ性能を高度に両立させた低燃費タイヤの開発に従来より取り組んできましたが、未来の地球環境に対してさらにできることとして「省資源」に注目し、タイヤの相反性能である低燃費性能、グリップ性能、耐摩耗性能を同時に向上させる研究開発を新たに進めてきました。

タイヤ用ゴムは、骨格となるポリマーに補強材であるシリカやカーボンブラックなどのナノ粒子、機能を向上させる添加剤や架橋剤など多くの材料から作られています。図2と3にゴム内部構造とタイヤ性能の関係を示していますが、このように数桁にわたる広い時間と空間スケールにおいて複雑な階層構造を形成し互いに相互作用することでタイヤ性能を発揮しています。従来は、これら材料が形成する構造と力学物性との相関解析からゴム材料の開発が行われてきました。しかし、地球環境への配慮などタイヤに求められる要求性能がますます高度化する中、材料開発スピードの加速が必要となります。そのためには、材料構造研究に加え重要となってくるのが、物質・材料の機能と直接関係する運動性を理解しコントロールすることです。

本研究は、ゴム中の広い時空間スケールにおける構造と運動性の研究を行い、低燃費性能・グリップ性能に加え環境・省資源化に寄与する耐摩耗性能というタイヤの三大性能を向上させるために、SPring-8、J-PARCと「京」を連携活用しました。

図3

図3 ゴム中に形成された階層構造図

【研究内容と成果】

図4

図4 シリカ界面ポリマーの構造
中性子反射率法により、界面の深さ方向の分布を測定。その結果、シリカ界面にスチレンリッチ層があることを確認した。

タイヤゴム中に形成される階層構造の中で、シリカ界面ポリマーは古くからタイヤゴム性能に大きく関係し、シリカ表面極近傍に束縛されたポリマーとその周囲に存在するポリマーの動きが重要であると考えられてきました。しかし、これまでの分析技術ではシリカ界面における構造と運動性を調べることができないため、タイヤゴムとしての物性とどのように関係するのか十分に分かっていませんでした。我々はシリカ表面の改質によるシリカ界面ポリマー構造と運動性を調べるために、J-PARC BL02(DNA)・BL14(AMATERAS) 中性子準弾性散乱法※5、BL16(SOFIA) 中性子反射率法※6とSPring-8 BL03XU X線光子相関分光法※7を用いて研究を進めました。

中性子反射率実験からシリカ界面構造を調べた結果、シリカ表面に対しタイヤゴム分子SBR(スチレン-ブタジエン共重合体)のうちスチレン成分がシリカ界面と強く相互作用し多く偏在しているという事実が分かりました(図4)。そして、シリカ表面を改質しシリカ周囲のポリマーの動きやすさを中性子準弾性散乱により調べたところ、改質方法を変えることで運動性をコントロールすることができることが分かりました(図5左)。さらに、弾性散乱成分を解析しゴムの強度に関係するシリカ表面に束縛されたポリマー量を調べたところ、改質方法によって束縛ポリマー量も変わるということも分かってきました(図5右)。つまり、シリカ表面改質によりポリマー中のスチレンの相互作用とポリマー分子の動きやすさをコントロールできることが分かりました。

図5

図5 シリカ表面改質によるゴム分子の運動性と束縛量の変化
中性子準弾性散乱により、改質によりシリカ界面におけるポリマーの運動が変化すること(左図)、シリカ界面における束縛量が変化すること(右図)が分かった。

図6

図6 X線光子相関分光測定結果
ゴムにコヒーレントX線を入射した際に得られるスペックル像(左図)。改質によりシリカネットワーク運動の緩和時間が変化することがわかった(右図)

次にシリカ表面改質によってシリカネットワークの運動性がどの様に変化するのか、X線光子相関分光法を用いて調べました。シリカネットワーク構造はゴム強度に大きく影響するだけでなく、グリップ性能や低燃費性能に大きく影響する重要な要素となります。シリカネットワーク運動性解析の結果、シリカ表面を改質することでナノスケールにおけるシリカ界面ポリマーの構造と運動性がマイクロスケールのシリカネットワーク運動にまで影響することが分かりました。このような研究を行うことで、シリカ表面を改質しシリカ界面ポリマーの運動性を高めることでゴムの強度を損なうことなくシリカネットワークをフレキシブルにコントロールできることが分かりました(図6)。

次に、タイヤ用ゴムの耐熱性と耐疲労性に関与する、架橋構造について調べました。ポリマー同士を連結させる架橋剤として硫黄が使われています。ゴムの架橋点を構成する硫黄は、1個から最大8個までの長さ分布を持っており、架橋長さが短いと耐熱性に優れますが、逆に耐疲労性が低下するという相反の関係にあります。そのため、硫黄架橋長さ分布を調べコントロールすることは、ゴムの強度や経年変化を向上させるために非常に重要となります。そこで、SPring-8と共同でBL27SUにて硫黄K殻X線吸収微細構造解析技術※8の開発を実施しました。その結果、硫黄K殻におけるXAFS計測に成功し(図7)、図に示すような硫黄架橋長さ分布を得ることに成功しました。さらに、SPring-8 BL03XU/BL08B2によるX線小角散乱実験※9や中性子小角散乱実験を行い、架橋不均一構造(硫黄架橋点が空間的に不均一に存在している状態)について研究を進めました。これまでは、この不均一構造のサイズについて調査されてきましたが、今回、我々はこの不均一構造中にどれだけの架橋点が存在するのか詳細に解析することにも成功しました(図8)。

図7

図7 硫黄架橋の模式図(左図)、XAFS測定結果(中央図)とXAFS解析によって得られたゴム材料中の硫黄架橋長さの分布(右図)

図8

図8 X線散乱測定結果
ゴム中の架橋不均一構造のサイズと架橋密度を求めることができた。

これら研究により得られた構造や運動性について、「京」を用いた大規模分子シミュレーションを実施しました。その結果、ゴムを変形した際にゴム内部で生じる様々なストレスや発熱の原因が分かり、このストレスを低減させる材料設計を、シミュレーションを活用して行いました。そして、ゴムの耐破壊性を評価するためにSPring-8 BL20B2にて高空間分解能4D-CT(4次元CT)法※10を共同開発しました。その結果、ゴム中のストレスを低減させたゴムは、摩耗の原因となる空隙(ボイド)の発生を抑制していることが鮮明に観察されました(図9)。このように、分子レベルでの破壊現象をシミュレーション、マクロな破壊現象を4D-CT法でトータルに解析することにも成功しました(図10)。

以上の研究から「シリカ界面ポリマー構造運動」、「硫黄架橋の不均一性・硫黄架橋長さ分布」、「シリカネットワーク運動」をコントロールし、タイヤ三大性能の向上が可能となる「ストレスコントロールテクノロジー」を開発し耐摩耗性を200%にする技術の確立ができました。

図9

図9 4D-CT法で観察したゴム破壊の様子。黒い部分がボイド発生部分。

図10

図10 4D-CT技術と大規模分子シミュレーションによる破壊のトータル解析技術

【今後の展開】

タイヤゴム材料は、まだまだ未解明な部分が多く存在します。住友ゴム工業では、今後も国内の先端研究施設を活用することで、ゴム材料の様々な現象を解明し、高性能で経済性に優れたタイヤの開発が可能になると考えています。

本成果は以下の共同研究によるものです。

【協力】

【参画・協力プロジェクト】


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