【研究の背景と経緯】

電子は、電気と磁気の2つの性質を持っており、磁気の起源は「スピン」と呼ばれる電子の自転運動であることが知られています。近年、ナノテクノロジーの目覚ましい進展に伴い、電気の流れだけでなく、ミクロの世界における電子の自転運動を制御することによって、「スピン流注4)」と呼ばれる磁気の流れを生み出すことが可能になりました。スピン流を流す際に発生する熱量は、電流と比較して極めて小さいことが知られており、電子デバイスへのスピン流利用は、次世代省エネルギー電子技術として注目されています。

スピン流の生成制御には、電子のスピンの相互作用注5)を利用する必要があります。電子スピンは、電磁場、熱、音波などと相互作用することが知られており、これらの相互作用を通してさまざまな形態のエネルギーをスピン流に変換する技術が確立されてきました。しかし、スピン流の利用は固体物質中に限られており、液体金属のような流体でスピン流を生成できるかどうかは不明でした。

一方、コンピューターで用いられる論理集積回路注6)の微細化と高密度集積化に伴う消費電力の増大や発熱を解消する方法のひとつとして、液体金属の利用が検討されています。現在、論理集積回路への電気的なエネルギーの供給には固体の金属導線を使用していますが、これを液体金属に置き換えることで、流れる金属が電荷を効率的に運びながら熱を吸収でき、消費電力の低減と排熱能力の向上が期待されているためです。

こうした背景から、本研究グループは、液体金属中でスピン流を生成させ、それを制御することができれば、スピンと液体金属と両者のメリットを兼ね備えた全く新しい省エネルギーデバイスやエネルギー変換・利用技術が実現できると考えました。

【研究の内容】

本研究グループは、電子のスピンの相互作用に関する理論を世界に先駆けて開拓してきました。本研究では、周囲の物体の振動や回転運動に影響されて、物体中を流れるスピンの現象を理論と実験の両面から研究し、流れる液体金属中に電子のスピン流を生み出す方法を見いだしました。

具体的には、水銀やガリウム合金のような液体金属を細管に流すと、管の内壁と液体金属の間の摩擦によって、液体金属中に渦運動が発生します(図1)。この渦の強さは、管の内壁で最大であり、内壁から管の中心に向かって弱まります(図2)。

このような渦運動の分布によって、液体金属中の電子の自転運動が影響を受け、渦運動の強いところから弱いところに向かって、スピン流が流れることが理論計算によって明らかになりました。また、管の内壁から中心に向かって生成されたスピン流は、さらに液体金属中で散乱され、管に沿った方向に電圧を発生することも理論計算で明らかになりました(図3)。

この理論予想に基づいた実証実験を行ったところ、直径数百ミクロンの細管に液体金属を流す際に生じる液体金属の渦運動を用いて、その液体金属中にスピン流を生み出し、その結果生じる100ナノボルト(1000万分の1ボルト )の電気信号を取り出すことに世界で初めて成功しました(図4)。

【今後の展開】

実証実験によって、電子のスピンが、液体金属の渦運動と量子力学的に相互作用することが世界で初めて証明されました。従来の電子スピンの制御には固体物質を用いてきましたが、電子スピン研究に液体金属を利用できることが明らかになりました。

また、従来の流体発電では、水流でタービンを回転させる水力発電や、磁石を使った磁気流体発電注7)のように、タービンや磁石といった外部装置が不可欠です。ところが、今回発見した手法では、電子の自転運動と流体渦運動との相互作用を利用するので外部装置が不要となり、原理的には超小型化が可能です。本実験で得られた電気信号は100ナノボルトと微弱ですが、微弱な電力で駆動するナノロボットの電源装置への応用が期待されます。また、得られる電気信号の強度が流体の速度(分布)に応じて変化することを利用して、ミクロンスケールの微小な領域における流体の速度を電気で観測する流体速度計の実現も期待できます。

【参考図】

図1

図1 細管に液体金属を流すイメージ図(実験装置の概略図)

直径数百ミクロン(実証実験では400ミクロン)の石英管に水銀やガリウム合金などの液体金属を流すと、管の内壁面の摩擦によって液体金属の渦運動が生じる。実証実験では、この渦運動の分布により発生する電圧を、管の流入・流出口に設置した端子により測定した。

図2

図2 細管内に発生する渦運動

管壁との摩擦によって、液体金属流の速度(流速)分布v(ブイ)が図のように生じる。流速は管の中心で最大であり、そこから管壁に向かって弱まっていく。このように場所ごとに流速の差があるために、渦運動ω(オメガ)が発生する。この渦運動の強さは、流速の差が最も大きい管内壁付近で最大となり、管中心ではゼロになる。

図3

図3 渦運動と電子スピン流および電圧の関係

渦運動分布によって液体金属中の電子の自転運動(スピン)が影響を受け、管内壁から管中心に向かってスピンの流れ「スピン流」が生じる。このスピン流は、液体金属中で散乱され、液体金属の流速方向(管に沿った方向)に電圧が生じる。

図4

図4 液体金属(ガリウム合金)の渦運動によって生じた電圧の時間依存性

渦運動を駆動するために時刻0から10秒までの間、圧力を加えている。圧力を加えている間のみ電圧が生じる。加える圧力(0.1から0.6メガパスカル)を大きくする程、取り出せる電圧も大きくなる。


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