【研究開発の背景】

電子のもつ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)とを組み合わせて、新しいエレクトロニクスとして利用する試みであるスピントロニクスが最近盛んに研究されています。スピントロニクス材料として注目されているのが強磁性と半導体性を併せ持つ強磁性半導体です。強磁性半導体は、光や電界などの外場に応答し、半導体エレクトロニクスにおける電気的スイッチングのように磁気スイッチングデバイスを作ることが可能です。磁気スイッチングは原理的に電気を流さずに行えるので、それを利用した機器が実現すれば省エネに大きく貢献します。しかし、通常の強磁性半導体のキュリー温度は0度以下と低いため実環境では強磁性を失ってしまい、実用には室温以上のキュリー温度をもつ強磁性半導体が必要になります。

そのような中、本研究グループの東京大学の福村、川崎らはコバルトを微量添加した酸化チタンにおいて、300 ℃以上まで強磁性を示すことを2001年に発見し、2011年に室温強磁性の電気的な制御に成功しました。(米サイエンス誌291号, 854-856ページ 2001年;332号, 1065-1067ページ 2011年)この従来の強磁性半導体よりはるかに高いキュリー温度は、磁性元素のコバルトが材料中に均質に分布しているという仮説に基づく理論では説明できず、コバルトがどのような状態で酸化チタン中に存在しているのかが議論となってきました。しかしながら、希薄に存在しているコバルトの周りの構造を正確に観測する手段がなく、これまでに明確な回答は得られませんでした。

【研究の手法】

蛍光X線ホログラフィーは、特定元素をX線で狙い撃ちし、その周辺の原子の三次元配列を可視化することができる撮像技術です(図1)。比較的新しい手法ですが、材料中の極微量元素などを対象とした構造評価に対して、特筆すべき成果を上げてきました。本研究では、蛍光X線ホログラフィーをコバルト添加酸化チタン薄膜に対して初めて適用し、コバルト周辺の原子像の再生を行いました。加えて、X線吸収微細構造法8)と呼ばれる構造解析法や第一原理計算9)を用いて、得られた三次元原子像の妥当性の評価も行いました。実験は、強力なX線が得られる大型放射光施設SPring-810)の供用ビームラインBL39XUにて行いました。

図1

図1:蛍光X線ホログラフィーの原理についての概略図。
入射X線があたった原子Aから放出された蛍光X線が近接原子Bによって散乱され物体波となります。一方、散乱されない蛍光X線が参照波となり、物体波と参照波が干渉することによってホログラムを形成します。

【得られた成果】

酸化チタン薄膜に添加するコバルトの濃度を5%程度までに増すと、強磁性が発現しやすくなることが知られています。ここでは、常磁性(磁石の性質を失っている状態)であるコバルト1%濃度と強磁性(磁石の性質を有している状態)であるコバルト5%濃度の試料の二つを測定しました。図2に、それぞれの原子像を示しますが、構造の違いは一目瞭然です。常磁性試料の原子像は、その構造が母体である酸化チタンのルチル構造11)と全く同じであり、コバルト原子が単純にチタン原子と置き換わっていることを示しています。一方、強磁性試料の原子像は、母体の酸化チタンの構造を反映していない独自の構造を形成していることが分かります。

図2

図2:コバルト周辺の原子像。
(a)及び(b)は、それぞれ、常磁性(コバルト濃度1%)、強磁性(コバルト濃度5%)の試料における原子像。
(c)及び(d)は、それぞれ、(a)及び(b)の原子像から考えられる原子配列モデル。

図3は、X線吸収微細構造法や第一原理計算も用いて最終的に決定した強磁性試料におけるコバルト周辺の局所的な原子配列です。コバルト原子に直接結合している酸素原子は僅かに二つであり、周辺にも多くのチタン原子が寄り集まっています。すなわち、CoO2Ti4という化学式で表記される亜酸化ナノ構造体を形成していることが分かります。第一原理計算を用いて、この亜酸化ナノ構造体を検証した結果、単体では非常に不安定であることが分かりました。図3に示してあるように、二つ以上隣り合っていないと安定に存在し得ないのです。このことは、コバルト同士が隣り合う確率の高い高濃度試料(コバルト5%濃度試料)においてのみ、亜酸化ナノ構造体が観測された理由にもなります。さらに、第一原理計算を用いて、図3の構造に対しては強磁性が発現されることも確認されました。

図3

図3:第一原理計算を用いて最終的に得られた亜酸化ナノ構造体の原子配列モデル。
コバルトの上下の酸素が傾いて配置しています。コバルトを中心とした亜酸化ナノ構造体が隣り合うことによってルチル構造をもつ酸化チタンの中で安定化します。

【今後の展開】

化学量論組成比12)から大きく外れた亜酸化物は自然界には安定して存在しません。このような珍しい状態のナノ構造体が、酸化物半導体の磁性元素の周辺に局所的に形成され、それが高いキュリー温度の発現に寄与することは、大変興味深い事実です。例えば、シリコンにおけるp型n型半導体の制御のように、これまでは、ボロンやリンなどのドーパントをその母材料の構成元素と置換することによって、機能を発現させるという考え方が主流でした。今後は、ドーパント周辺に適切なナノ構造体をデザインし、それを最先端薄膜作製技術にて形成させることによって、新次元の機能性材料を創製させるという発想に移行していくことになるでしょう。特に、スピントロニクス材料は省エネルギーを目指したものであり、本研究の成果は、グリーンイノベーションに大きく貢献されることが期待されます。また、このようなナノ構造体を評価できる唯一の手法として、蛍光X線ホログラフィーの重要さは、いっそう増していくことでしょう。

書誌情報

雑誌名:Applied Physics Letters
タイトル:Spontaneous formation of suboxidic coordination around Co in ferromagnetic rutile Ti0.95Co0.5O2
著者:W. Hu1, K. Hayashi2, T. Fukumura3, K. Akagi4, M. Tsukada4, N. Happo5, S. Hosokawa6, K. Ohwada7, M. Takahasi7, M. Suzuki8, and M. Kawasaki9

所属:1ブルックヘブン国立研究所、2東北大学金属材料研究所、3東京大学大学院理学研究科、4東北大学WPI、5広島市立大学、6熊本大学、7日本原子力研究開発機構、8高輝度光科学研究センター、9東京大学大学院工学研究科
doi: 10.1063/1.4921847


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