発表内容:

① 研究の背景と経緯

近年盛んに研究が行われているスピントロニクスでは、電荷を伴わない電子のスピンの流れである純スピン流を用いることにより、電流を流すことで生じる発熱に伴うエネルギーの損失を抑制し、より効率的に情報を伝達することが可能です。純スピン流は物質が持つスピン軌道相互作用(注1)に由来するスピンホール効果により電流との相互変換が可能であり、スピンホール効果はその大きさが物質によって異なることから、より大きなスピンホール効果を示す物質の探索が現在世界的に行われています。

大谷義近教授らの研究グループは、これまであまり注目されてこなかった超伝導体中でのスピンホール効果に着目しました。超伝導体中では、電子はクーパー対と呼ばれる対状態を組んでおり、このクーパー対が電荷の輸送を担うことにより電流は電気抵抗なく流れることが可能となります。絶対零度(注2)では全ての電子がこのクーパー対状態をとる一方、有限の温度ではクーパー対の一部は壊れ、超伝導準粒子と呼ばれる状態をとります。この超伝導準粒子は電子と同じ一つの粒子としてみなすことが出来ますが、その振る舞いは超伝導体に特徴的なエネルギーギャップ(注3)の存在により電子の振る舞いとは大きく異なります。

従来の多くの超伝導体ではクーパー対はスピンの自由度を持っておらず、スピンは超伝導準粒子によって運ばれます。上記のように超伝導準粒子はその性質が電子とは大きく異なるため、超伝導体中におけるスピン輸送現象も他の物質とは異なることが予想されますが、その詳細についてはまだ解明されていない点が多く、また超伝導体中でのスピンホール効果の観測についてもこれまで報告がありませんでした。

本研究グループは、超伝導準粒子による、超伝導体中でのスピンホール効果の観測に初めて成功しました。また超伝導準粒子の特徴的な性質を利用することにより、超伝導状態では常伝導状態に比べスピンホール効果が2000倍以上増大することを発見しました。

② 研究内容

本研究グループは、超伝導体として金属の中で超伝導転移温度の高い窒化ニオブを用いて、微細加工した磁性体、非磁性体(銅)、超伝導体細線を組み合わせた素子を作製しました(図1)。この素子の磁性体/非磁性体間に電流(スピン注入電流)を流すことにより、銅の細線中には純スピン流が発生します。発生した純スピン流は、早く緩和した方がエネルギー的に利得が大きいため、銅/窒化ニオブ界面を通じ銅側からよりスピン緩和が強い窒化ニオブ側へ吸収されます。吸収されたスピン流は、窒化ニオブ中でスピンホール効果によって電流に変換され、窒化ニオブ細線の両端には電圧が生じます。

このようなスピンホール効果によるスピン流―電流変換に関する実験を、窒化ニオブが常伝導状態にある場合と超伝導状態にある場合の両方で行いました。その結果、これまで報告されていない超伝導状態においてもスピンホール効果の信号の観測することに成功し、さらに通常スピン注入電流に依存しないスピンホール効果が、超伝導状態ではスピン注入電流の減少とともに大きく増大し、最大で常伝導状態の2000倍以上大きくなることを発見しました(図2)。測定された信号は、測定時に加える磁場と、純スピン流のスピンの向きを決定する磁性体の磁化のなす角に対する信号の角度依存性から、スピンホール効果に由来することが証明され(図3)、また窒化ニオブ細線の長さを変えた際の信号の変化から、超伝導準粒子がこの効果に寄与していることが明らかになりました。スピンホール効果はスピン輸送を担う粒子の抵抗率(注4)に依存し、抵抗率が大きいほど効果が大きくなります。超伝導体中ではエネルギーギャップの存在により、温度の変化によって超伝導準粒子の粒子数が大きく変化することが知られています。今回の実験では、スピン注入電流を小さくすることで銅/窒化ニオブ界面近傍の超伝導準粒子が感じる有効温度が低下し、それにより準粒子の粒子数が減少することで生じた抵抗率の増大が巨大なスピンホール効果に寄与していると考えられます。

③ 今後の展開

本研究グループが超伝導体を用いて微小なスピン流から大きな電気信号を取り出せることを証明したことから、今後スピン検出素子への応用や、超伝導体を用いた新たなスピントロニクスデバイスの開発が進展することが期待されます。また、これまで注目されて来なかった超伝導体のスピントロニクスへの応用の有用性に光を当て、新たな研究領域の創出に貢献することが期待されます。

図1: 実験に用いた素子構造。磁性体細線と超伝導体(窒化ニオブ)細線を非磁性体細線(銅)で架橋している。磁性体―非磁性体間にスピン注入電流(I)を流すことで非磁性体中に純スピン流を発生させ、発生した純スピン流はよりスピン緩和の強い窒化ニオブへと吸収される。注入された純スピン流は、窒化ニオブ中でスピンホール効果を通じて電流へと変換され、窒化ニオブの両端で注入される純スピン流のスピンの向きに応じた電圧が観測される。スピンの向きは外部から加えた磁場によって磁性体の磁化の向きを変えることで制御する。

図2: (左): 観測されたスピンホール信号。常伝導状態での信号(緑)に比べ、超伝導体状態での信号(赤)が非常に増大している。(右): スピン注入電流に対する超伝導状態のスピンホール信号(ΔRISHEsuper)と常伝導状態のスピンホール信号(ΔRISHEnormal)の比。スピン注入電流を小さくしていくと超伝導状態のスピンホール信号は常伝導状態に比べ2000倍以上増大する。

図3: 磁性体の磁化と外部からの磁場がなす角と、観測された信号の関係。スピンホール効果から期待される関係(青線)に測定値(赤点)が良く一致している。

発表内容:

雑誌名:「Nature Materials」(5月18日)
論文タイトル:Quasiparticle-mediated spin Hall effect
著者:Taro Wakamura, Hiroyuki Akaike, Yasutomo Omori, Yasuhiro Niimi, Saburo Takahashi, Akira Fujimaki, Sadamichi Maekawa and YoshiChika Otani
DOI番号:10.1038/nmat4276


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