【研究の内容】

図2

図1 野生のヨシ

多くの植物種にとって、ナトリウムは生存に必須な元素ではなく、むしろ有害な元素です。そのため、津波や台風によって海水を被った水田ではイネの生育が悪くなったり、乾燥地域によく見られる塩分濃度の高い土地では作物が育たなくなったりします。しかしナトリウムは環境中に豊富にあるために、植物は進化の過程でこれに対抗する様々な仕組みを発達させてきたと考えられます。例えば、イネを代表とするイネ科植物では、根の表面でナトリウムの侵入を阻止する、根の中心の導管(3)まで入ったナトリウムを根の外へ排出する、茎や葉にまで到達したナトリウムを根に送り返し根の外へ排出する、などの仕組みがあると推定されてきました。しかし、植物の体内を根から葉に向かう導管や、逆に葉から根に向かう篩管(しかん)(4)は非常に微細なため、その中を流れる液体を採取、分析することが困難であり、実際の植物体の内部でのナトリウムの動きばかりでなく、その動きが植物の塩分への耐性の高低と本当に関連しているのかなどは、これまで確かめられていませんでした。ヨシ(図1)はイネ科の野生植物で、乾燥地から汽水域の湿地まで世界中に広く自生し、非常に塩分濃度の高い土壌でも生育できることが知られています。これまでに東京農業大学の樋口教授らは、ヨシの根から採取した導管液に比べ、地上部から採取した導管液に含まれるナトリウム濃度が極めて低いことを見出していました。しかし、根の導管と地上部の導管は繋がっており、根から地上部に向かっていく途中にナトリウムの動きを堰き止めることのできる構造的な「バリアー」がないことはよく知られておりました。したがってこの現象は、根の中心を通る導管に入ったナトリウムが地上部に届くより前に、再び導管の外側へと積極的に運び出されてしまうことにより生じるのではないかと考えられましたが、それを証明する方法がありませんでした。

【研究に用いた技術】

図3

図2 植物ポジトロンイメージング計測装置(PETIS)の外観

原子力機構では、生きた植物体の中の元素の動きを、植物体を分解することなく高感度かつリアルタイムに観測し、これにより植物の生理機能を解析する「植物ポジトロンイメージング技術」(図2)の研究開発を進めてきました。これまでに、作物中の糖の動きや、環境汚染物質であるカドミウムの動きなどを、植物が生きた状態のままで観測し、品種による違いや栽培条件に応じた変化を解析することに成功しています。

原子力機構と東京農業大学では、この技術を利用して、イネとヨシの体内のナトリウムの動きを解析する共同研究を開始しました。

【研究の内容と結果】

本研究では、イネの生育に大きな障害が現れない程度の、海水の約十分の一の濃度のナトリウムを(1リットルあたり約3グラムの食塩に相当)含む水耕液でイネとヨシを6個体ずつ生育し、さらに、ナトリウムの動きを追跡するための「目印」として極微量の放射性ナトリウム(5)をこの水耕液に添加した後、植物ポジトロンイメージング技術により、水耕液中の放射性ナトリウムが植物の地上部に移行していく様子を24時間にわたり撮影しました。続いて、水耕液中から「目印」の放射性ナトリウムだけを抜き、植物体内の放射性ナトリウムがどこか別の部位へと移動していく様子を追跡しました。

その結果、最初の24時間では、イネではナトリウムが留まることなく上方の葉に移行していくのに対し、ヨシではナトリウムが茎のつけねに集まり、それより上の茎や葉にはほとんど移行しない、という対照的な画像が得られました(図3)。次の18時間では、得られた画像データ(図4)上の詳細な部位ごとに放射性ナトリウム濃度の増減を解析した結果、イネでは根の中のナトリウムが上方の葉に移行し続けているのに対し、ヨシでは逆に根の中を下方(根の先端方向)に向かってナトリウムが排出されていることがわかりました。この実験の間、植物の根が常に一定濃度のナトリウムにさらされていたことを考えあわせると、以上の結果は、ヨシの根の中では吸収したナトリウムを下方に送り返す仕組みが恒常的に働いていることを示しています。

図4
図5

上:図3 イネ(左)とヨシ(右)の地上部にナトリウムが移行していく様子

左:図4 イネ(左)とヨシ(右)の体内に入ったナトリウムが移動していく様子

色の違いはナトリウム濃度の差で、赤色が高く、青色が低いことを表します。

【今後の期待】

本研究で解明されたヨシの根に特有のナトリウム排出機構に関して、現在、東京農業大学では、そのナトリウムの排出を担う遺伝子の探索を進めています。今後、それらの遺伝子が明らかになれば、それをイネに導入することにより、ナトリウムを地上部に移行させない、高い塩分濃度に耐えられるイネの品種を作出することが可能になると期待されます。また近年、作物の栽培に適さない塩分濃度の高い土地の面積は世界的に拡大を続けており、また、淡水資源、とくに農業用水の不足が叫ばれていますが、将来的には、海岸など塩類にさらされる条件の土地でもイネの栽培を可能にして、食料の安定供給に資することも期待されます。

なお、この研究の一部は、東京農業大学先端研究タイプA、および科学研究費補助金(21380049)の助成により行いました。


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