【背景】

我々の身の回りにある物質は全て原子からできていますが、原子はその一万分の1の大きさの原子核とその周りを取り巻く電子からなっています。その原子核は陽子と中性子という2種類の「核子」からできていて、その組み合わせ方で原子核の種類と性質(安定に存在するか、放射線を出すか、など)が定まるのです。では、組み合わせと性質の関係はどのようになっているのでしょうか。またその組み合わせは一体どこまで可能でしょうか。

そのような疑問に答えるべく原子核研究者は陽子と中性子の組み合わせの異なるさまざまな原子核を合成し、その性質を調べる研究を進めてきました。そしてその数は研究の進展とともに増加し、千を超え、二千を超えと、(元素の周期表と比べても)現在極めて多くのデータとなっています。そこで、これらの原子核を見通しよくする方法が必要になります。

原子核研究者は原子核の中の陽子の数と中性子の数を縦軸と横軸にとって、あたかも地図のように原子核の性質を一覧できる方法をつくり出しました。これが「核図表」と呼ばれるもので、どの原子核が安定であるのか、また放射線を出して崩壊するのか、その半減期1)はどれくらいかなどが一目でわかります。

このような核図表は、新たな合成・発見により年々原子核の数が増えていくので、定期的にデータを更新していく必要があります。その作業は煩雑かつ膨大であり、世界中でもごく限られた機関しか行っていません。

原子力機構では旧日本原子力研究所時代の1977年より世界中の原子核崩壊データを継続的に収集・評価する作業を遂行しており、その一環として1つの冊子体に崩壊データをまとめる「核図表」編集作業を進めてきました。これまで1980、 1984、 1988、 1992、 1996、 2000、 2004、 2010年度版と公開し、A4で畳み折り12ページの冊子として世界中の関連研究機関へ配布してきました。他の核図表に見られない大きな特徴の一つは、未発見原子核の性質までも、原子核の理論予測の成果を用いて収録していることで、これにより未知元素・同位体合成実験の最先端研究ツールとして国内外の研究者に広く利用されています。また、近年では一般・高校生などへの原子力研究のアウトリーチ活動の資料としても配布・利用しています。

【今回の内容と成果】

今回作成した核図表(図1、2、3)は2010年度版からの改訂版にあたります。

今回の核図表では全世界で実験的に確認された3,150個の核種を掲載しました。そのうち崩壊半減期が報告された核種はその9割を超える2,916核種で、その半減期は核データ評価を行ったものを掲載しています。今回の実験的により確認された3,150核種は前回の2010年の2,943個から数えて約200個の増加となります。また、1977年では1,964個であったので40年弱の間に約千個の同位体が新たに合成、発見されたことが分かりました(図4)。

今回の改訂にあたり、データの増大以外にもいくつかの大きな変更をしています。まず、近年の原子核実験の進展により原子核のさまざまな崩壊様式2)の混合(例えばα崩壊と陽子放出が混在する核種、β崩壊と自発核分裂が混在する核種、など)が観測されています。このような状況に対応するため、崩壊様式を示す区分を増加し、これまでの12種類から23種類としました(図5)。

また、近年の軽い核種の研究で、10-20秒以下という極短寿命ながら「原子核」として存在しうる核種が多く発見されてきました。これらはこれまで作成した核図表では掲載されていませんでしたが、今回の改訂で新たな寿命の区分を設置し、これを表すことにしました。このような新たに掲載した短寿命核種は全部で32核種になります(図2)。

半減期は各核種のマス内に記載してありますが、その長さを大まかに把握できるように色分けで区分しています。これまでは4種類の色で区分していましたが、今回の改訂で極短寿命の半減期に対応するために5種類に増やしました(図6)。

また本核図表に原子核の存在限界の目安となる陽子・中性子ドリップ線(この線より外側の原子核は急激に寿命が短くなり存在しにくくなるという目安の線)の描画を新たに加えました(図2、図3)。原子核の(核図表における)存在しうる「領域」を大まかに把握する助けになります。さらに、β崩壊遅発中性子放出が起こりうる原子核の放出境界線の描画も加えました。β崩壊遅発中性子放出の割合は原子炉の安全性を考える際に重要となる量であり、その割合を核種ごとに把握することは原子炉の動特性を理解する上でも重要です。また、β崩壊遅発中性子放出は星の内部でウラン・トリウム等の元素を合成する反応である速い中性子捕獲過程(r過程)の振る舞いに大きな影響を与えるもので、天体核物理からの観点でも重要な現象であり、この分野の研究にも有用な核データ情報を提供することになります。

「原子力機構核図表」の他の核図表に見られない大きな特徴の一つは、未発見原子核の性質までも原子核の理論予測の成果を用いて収録していることです。原子核で陽子数、中性子数が極端に多い原子核はその多くがまだ見つかっていませんが、極めて多く存在すると予想されています。そのような未知原子核の半減期を、原子力機構先端基礎研究センターおよび早稲田大学で開発した理論計算法3)をもとに予測し、その値を掲載しました(図7)。前回までの核図表では(1)α崩壊、(2)β崩壊、(3)自発核分裂の3崩壊を考慮していましたが、特に陽子が過剰に多い原子核の未知核種崩壊予測に関して不十分でした。そこで今回の核図表では新たに(4)1陽子放出および(5)2陽子放出の2つの崩壊様式も考慮して全部で5崩壊様式とし、考えうる原子核崩壊の主要部分のほとんどを考慮しました。これにより特に陽子数が多い原子核(陽子過剰核)についてより正確な予想が可能となりました。このように実験値のみならず理論予測値まで掲載した本核図表は、将来の新元素・新同位体発見実験の最先端研究ツールとして広く利用されることが期待されます。

今回の改訂により、さまざまな原子核の半減期や崩壊様式などが一目で把握可能となると共に、陽子・中性子過剰核の極限原子核実験の研究4)などの原子核の最先端研究ツールとして利用可能な核図表が完成しました。今回の改訂に伴い、今回の核図表は大幅なデータ増大となり、従来の12ページから16ページに拡張しました。

また、本核図表をより利用しやすくするため、いくつかの工夫をしました。まず全体を把握しやすくするために本体の核図表(12ページ分)とは別に、A3の見開きサイズ(2ページ分)の大きさの核図表の概観図(図3)を掲載しました。また、原子核の陽子数・中性子数の閉殻数5)である2、8、20、28、50、82、114(陽子のみ、理論予測)、126(陽子については理論予測)、184(中性子のみ、理論予測)を核図表上で強調して示しました(図2、3)。利用者が核図表上で核種を探す際の目安となります。

この核図表を用いることにより、例えば東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故で問題になっているストロンチウム90やセシウム137、医療用同位体テクネチウム99、屋久杉などの古齢樹の年代測定に用いられる炭素14 といった放射性核種の半減期を簡単に調べることが可能です。これらの原子核は縦軸が原子番号(陽子数)、横軸が中性子の数で表される核図表という「地図」の上にあるので、その地図の中で該当の原子核を見つけることにより半減期が得られます。

さらに、中性子反応断面積や、核分裂により生じる核分裂生成物の分布の表など、原子力工学に不可欠な基礎データを掲載すると共に、あわせて元素の周期表を最新の実験データを元に作製、掲載しています(図8)。2012年に命名された114番目、116番目の元素であるFl(フレロビウム)、Lv(リバモリウム)の掲載、元素のイオンへのなりやすさの指標であるイオン化ポテンシャルの初測定データ(テクネチウム、アスタチン、アクチニウムの3元素。このうちアスタチンの測定は、原子力機構先端基礎研究センター等の実験成果)も掲載しました。

今回作製した核図表は原子力・原子核に関連した大学や研究機関のみならず、高等学校といった教育機関にも広く配布していきます。本核図表は、文部科学省配布の「一家に一枚周期表」などのように、高校生や一般の方々に対し、宇宙における元素の起源(なぜ地球にウランがあるのか)や原子炉における放射性核種の生成(なぜストロンチム90やセシウム137が多く生成されるのか)についてなど、原子核に関するさまざまな現象を理解するための教材や講義資料として親しみながら広く利用されることを期待しています6)。今後茨城県、福島県をはじめ幅広く配布していきます。

図1

図1 原子力機構核図表2014の表紙

図2

図2 核図表(一部、軽い核種領域)。縦軸が陽子(原子番号)の数、横軸が中性子の数を表す。
縦軸、横軸を世界地図の緯度、経度のように見なして各位置に対応する原子核の性質を与えている。図中の色のついている核種は実験的に存在が確認された原子核。その中で青色は半減期が5億年以上の核種で、我々の身の回りに自然に存在している。白色は理論的に存在が予想されている原子核で、理論半減期が付されている。枠の上半分のみに色のついている核種は、存在が実験的に確認されたが半減期が測定されていない核種。そのような核種の場合は下半分(白色)に理論半減期を掲載している。図中の太線は陽子・中性子ドリップ線(本文および図3参照)。今回の核図表から10-20秒以下の半減期を持つ核種も掲載した(図中赤みのピンク。すべて陽子・中性子ドリップ線の外側に位置する。全部で32核種)。縦軸、横軸で強調されている2、8、20、28は原子核の閉殻魔法数、または単に魔法数(本文および用語説明5参照)。

図3

図3 核図表の外観図。色のついている核種は実験的に存在が確認された原子核。斜めに傾いた長方形で囲まれた領域が、今回数値を掲載した核図表の領域。その斜めの長方形をはみ出す形で薄い灰色が図中右側に広く櫛の歯上に広がっているが、これは理論予想による原子核が存在しうる領域(KTUY質量模型計算(用語説明3による)。図中の実線は陽子・中性子ドリップ線(Proton-drip line, Neutron drip line)で、原子核が急激に存在しにくくなるという目安の線。この線より外側の原子核はたとえ作ろうとしても、陽子または中性子を直ちに吐き出して壊れてしまう。点線はβ崩壊遅発中性子放出限界線(β-delayed neutron boundary line)。この線より外(本図では右下方向)の原子核ではβ崩壊をした後に遅れて中性子を放出しうる。

図4

図4 発見された核種数の変遷。図中の縦線は核図表が公開された年(1977、1980、1984、1988、1992、1996、2000、2004、2010、2014)を表す。

図5

図5 崩壊様式の一覧。黒枠で囲まれた崩壊様式(12種類)が前回までの核図表で掲載されたもの。今回の核図表では黒枠内以外も含めて計23種類の区分で崩壊様式を表した。

図6

図6 半減期の区分。青(5億年以上)、緑(5億年以下30日以上)、赤(30日以下10分以上)、黄色(10分以下)に加えて今回新たに赤みのピンクを10-20秒以下の区分として追加した。

図7

図7 本核図表に用いた理論予測値の再現性・予測性の一例。クリプトン〜テクネチウム(原子番号(陽子数)36〜43)の8つの元素の中性子過剰核で新たに測られた半減期の測定結果および理論予測との比較。各8つの元素ごとの図のうち、「白い領域」が原子力機構核図表2010までに半減期が実験的に測定された領域、「薄緑で塗られた領域」が2010年までに実験値が得られていない(未知の)領域。白三角(△)は2010年までに測られていた半減期、黒丸(●)が2011年に新たに測定された半減期。黒丸のうち特に「薄緑で塗られた領域」にあるものがその核種で初めて測定された半減期である。太い赤線は原子力機構核図表に用いた理論模型による計算予測された半減期。赤線(理論)が黒丸(実験)の傾向をほぼよく再現(白い領域)・予言(薄緑の領域)していることがわかる。原子力機構核図表2010には半減期が(その時点までに)測られていなかった核種に対して本図で示した理論予測値が掲載されており、今図の例のように原子力機構核図表2010は未知の半減期の測定を良く予言する結果となった。薄青の線は他の理論計算の例で、比較のために掲載した。これらのデータは主にS. Nishimura, et al., Phys. Rev. Lett. 106、052502 (2011)を元に作製。なお、この論文に掲載してある新測定データは本核図表2014の基礎データに採用し、データ評価後に掲載をした。

図8

図8 元素の周期表。原子番号118番まで掲載。拡大部分に丸で示したFl(フレロビウム、原子番号114)およびLv(リバモリウム、同116)は2012年に元素記号および名前が認定された。113、115、117、118番元素はまだ名前が認定されていない。この周期表には第一イオン化ポテンシャルも載せているが、拡大部分のAt(アスタチン、同85)に示した第一イオン化ポテンシャルの値(楕円で囲んだ数字)は2013年に初めて測定されたデータである(原子力機構先端基礎研究センター等の実験成果による)。


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