【背景と経緯】

大型施設、プラント、機器などの実験的耐震性分析は、振動台と呼ばれる実験施設に縮尺した模型を載せて実際に揺らし、その挙動を分析しています。一方、計算科学的耐震性分析は、図1にある直線でのみ形状を近似したビームモデル6)と呼ばれる経験や知識を凝縮した計算モデルを用いて、その挙動を計算しています(図2)。このモデルによる計算では全体の挙動を効率的に把握するのに適していますが、局所の分析には新たにその部分を取り出して解析する等の作業がさらに必要となります。

図1
図1モデル化されたシミュレーション

プラント構造をビームモデルで表現した例で、図形的には単純な直線で構造を表します。

図2
図2モデル化されたシミュレーションの結果

プラント構造をビームモデル計算した例で、全体の挙動が見てとれます。青色は揺れの小さいところで、緑色、黄色、赤色と変化するに従い、揺れが大きくなっています。

これに対し、原子力機構は、図3にあるようにプラントの3次元形状を精緻に表現し、板厚や接続構造を実態と同じく「あるがまま」に表したモデルで、原子力施設の耐震計算を俯瞰的かつ詳細に分析できる技術を研究開発し、その挙動を計算しています(図4)。

図3
図3 「あるがまま」のシミュレーション

プラント構造を詳細にありのままに表現した例、図形的には複雑な3次元構造を表します。部品ごとに色を変えて表示してあるように、様々な部品から構造物が組み立てられています。

図4
図4 「あるがまま」のシミュレーション結果

プラント構造を詳細にありのままに表現した例、全体の挙動と局所的な複雑な3次元構造の挙動の両方を見てとれます。構造物が揺れる度に、俯瞰的かつ局所的に緑色で示すように力がかかっていることが分かる。

「あるがまま」の構造計算では、スーパーコンピューターのような高性能な計算機を必要としますが、詳細な解析や局所の解析結果を単純にかつ簡単に見て取れます。一方、ビームモデルによる計算方法や計算結果の見方は専任者でないと理解が難しいことと、モデル化をするためには多くの経験を積む必要があるということが、熟練技術者の減少に伴う社会的課題とともに技術的課題となっています。そこで、このような問題を排除していくために、設計対象を簡略化することなく解析可能な有限要素法7)による丸ごとシミュレーションの開発が行われてきました。しかし、多くの部品から組立てられる構造物を丸ごとシミュレーションしようとすると、部品間のつながりをいかに解析するかが課題となっていました。現状、様々な経験知や設計知などを活用して、部品間を接続し解析するのが一般的ですが、その解析精度の検証や向上が課題となっており、一層合理的な組立品の構造解析技術の確立が望まれていました。原子力機構と千代田化工建設とは、このような問題意識を共有し、2013年3月15日に技術協力を開始し、現状の解析技術の打破に取り組むことになりました。今般、「京」を使い、多くの部品で組み立てられる大型施設、プラント、機器などの構造解析において、これまで一台のスーパーコンピューターでは難しかった機器や部品同士のつなぎ目などの挙動解析や、部品を差し替えて部材の軽量化等にともなう健全性解析が可能であることを確認しました。

【研究の内容と成果】

原子力機構が研究開発してきた組立構造解析コードを「京」で動作するように改良し、「京」の特徴である数多くの並列演算器を効果的に使う技術を追加して複数の設計案を同時に分析することを可能としました(図5)。また、「京」の特徴を利用し複数の異なる分析計算方法を同時に実行させることにより短時間でそれら計算結果を比較することが可能となり、計算解のばらつきの中から一層合理的とされる解を推定することで、計算結果の精度を高めることができました。従来のスーパーコンピューターでは、沢山の部品から組み立てられた構造物の膨大なデータを複数同時に計算することは演算能力の面から容易ではなく、また分析計算方法も経験的に選択して計算することが一般的でした。今回の研究開発成果を用いることで、一つの計算方法に絞り込んで計算するのではなく、複数の計算方法を比較しながら計算精度を高めるという一層合理的な分析が、計算機上で可能となりました。

図5
図5 組立構造解析の分散並列化

京は、ノードと呼ばれる82,944個のCPUから構成されています。一つのCPUはマルチコア8)技術で作られており、一つのノードと呼ばれるCPUの中にさらに8個のCPUが内蔵されおり、これをコアと呼んでいます。すなわち、82,944(ノード)×8(コア)=663,552の並列計算が可能となります。

このような計算原理を用いて、共同で計算した結果を図6に示します。これは構造物が共振しやすい状態を求める解析結果の一例です。対象は、次世代型の石油・ガスプラントや化学プラントの機器や配管等を支え、収めるための骨格的な構造部です。国民の生活に必須となる石油系燃料の精製、都市ガスの供給、化学品の製造などを行うプラントなどが代表例です。これら「くらしの礎」ともいえるプラントの安全をより確かなものとすることに寄与するために、高性能計算機を活用したシミュレーション技術の共同研究を進めます。

図6
図6 次世代型化学プラントの骨格(骨組)構造の共振しやすい状態解析結果

数万部品から組み立てられている化学プラントの骨格構造を「あるがまま」に3次元のデジタル図形化し、固有振動数を計算しました。その揺れやすい状態図を誇張して、わかりやすいようにコンピュータ・グラフィックス化しました。灰色の元の状態から揺れた状態を黄色で表現しています。

【今後の展開】

2011年に発生した東北地方太平洋沖地震などのデータをシミュレーションで再現し、耐震性のより高い石油・ガス・化学等のプラント構築につなげる予定です。また、本研究成果を原子力分野は元より産業応用にも一層展開し、より健全性の高い機器や施設の開発・設計に生かし、国内外の耐震性の高いインフラ整備に貢献していきます。進展する計算機技術とともに、今後一層、多様化し高度化されていくシミュレーションの要素技術を活用し、数値計算結果の「確かさ」の確度を向上していく研究を進め、一層合理的な設計過程の確立を目指します。


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