【研究の背景と成果】

東京電力株式会社福島第一原子力発電所での事故以降、環境中に放出された放射性セシウムの土壌、河川、海洋での振る舞いや、除染技術の開発に関連する研究が数多く実施されています。その中でも、土壌の粘土鉱物成分である「バーミキュライト」、とセシウムイオンとの吸着メカニズムを明らかにすることは、大きな研究課題の一つに取り上げられていました。

従来の研究では、セシウムイオンを中心とする約1ナノメートル(1メートルの10億分の1)程度の空間の構造や物性に注目することで、バーミキュライトへの吸着メカニズムを明らかにしようとする取り組みがほとんどでした。これに対し、本研究グループではセシウムイオンのみならず、バーミキュライト側の構造変化にも注目し、セシウムイオンがバーミキュライトに吸着したときに起こる構造変化を、0.1−100 ナノメートルの幅広い空間スケールで観察しました。この実験には、メゾスコピックレベル3)の構造を観測することに最適なX線小角散乱法4)という方法を用いました。

X線小角散乱法で得られたデータを詳細に分析したところ、セシウムイオンの吸着はバーミキュライト中の特定の層の間に、ある程度まとまった集団として(協同的に)取り込まれることがわかりました(図1a)。そして、これが原因で2つの層がはがれることもわかりました(図1b)。これは、一つのセシウムイオンが2つの層の間に吸着すると、その隣にもセシウムイオンが吸着しやすくなるため、2つの層がはがれやすくなるのだと考えられます。さらに、はがれた2つの層の表面も新たな吸着サイトになることから、バーミキュライトはドミノ倒しのように次々とセシウムイオンを吸着していく特異な性質をもつことが明らかになりました。図2に、セシウムイオンの吸着に併せて進行するバーミキュライトの構造変化を模式的に示しました。

このように、セシウムイオンの吸着による粘土鉱物の構造変化を定量的に明らかにした報告は今までに例がなく、福島県の環境回復問題に有用な知見を与えています。また、本研究では、粘土鉱物の構造を分析するための定量的な理論モデルを構築することに世界で初めて成功しており、原子力分野のみならず、環境科学、分析化学、材料科学、ナノ構造科学など、様々な研究分野への応用も期待されています。

図1
図2

【今後の展開】

福島県内の土壌には、本研究で対象にされたバーミキュライト以外に、風化過程にある黒雲母やスメクタイトなど、セシウムイオンと相互作用する粘土鉱物が多く存在します。これらの鉱物についても今後、詳細な分析を進めていきます。また、X線を用いた分析のみならず、今後は中性子線5)を利用する分析も実施する予定で、土壌からのセシウムイオンの除染や放射性廃棄物の減容化方法、新たな環境移行挙動モデルなどの提案へと発展させることが期待されます。


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