1.背景

メスバウアー分光法1)は、放射性の同位体4)から出る特定のエネルギーを持ったγ線を材料に照射し、そのγ線を共鳴吸収する元素周辺の物質状態を調べる方法です。この方法は、線源となる放射性同位体が入手し易い鉄(Fe)や錫(Sn)を含んだ材料研究では広く利用されていますが、適当な放射性同位体を用意できない場合は、測定が困難または不可能になります。これを解決する方法として、放射性同位体を用いずに様々なエネルギーのγ線を利用できる放射光メスバウアー分光法があります。特に放射光メスバウアー吸収分光法は、ゲルマニウム(Ge)やユーロピウム(Eu)等の多様な元素を利用した測定に応用されています。これまで、この測定システムでは、スペクトル測定のため核共鳴吸収後に発生するX線と電子のうち、X線だけを検出していました。しかし、これでは測定が数日に及び、超伝導材料や磁石材料の開発に関わる元素も含めて応用実験が困難な元素が残されていました。このため、研究グループはX線に加えて電子も検出できる計測システムを開発し、放射光メスバウアー吸収分光法の測定効率を大幅に向上させることを試みました。

2.研究の内容と成果

放射光メスバウアー吸収分光法では、図1(左)に示す様に、測定したい元素を含む試料で予め共鳴吸収させた放射光を、下流で光軸方向に振動する散乱体(同種の元素を含み、狭いエネルギー幅で共鳴する物質)に照射し、その共鳴吸収後に放出されるX線や電子の強度の速度依存性を測定することで試料の吸収スペクトルを得ます。重要な点は、放射光が散乱体と共鳴した後にX線のみならず電子が発生することです。ある種の同位体では、X線に比べてかなりの割合で電子が放出されますが、従来利用していた検出器にはノイズ信号の原因となる可視光を遮るために金属(ベリリウム(Be))薄板を窓として取付けていました。X線はBeを透過できますが、電子はBeを透過できません。しかし、電子を検出できればメスバウアー吸収分光法の測定効率を格段に改善できます。そこで、X線窓を無くした検出器を散乱体と同じ真空チャンバー内に封入することにより、可視光を遮りつつ、散乱体からのX線と電子の信号を同時に検出できる測定システムを構築しました。新しく開発した放射光メスバウアー分光装置の外観写真を図1(右)に示します。

図1 放射光メスバウアー吸収分光法の測定システムの概念図(左)、放射光メスバウアー分光装置(右)及び真空チャンバー内に配置した検出器(右上)の外観写真

開発した測定システムの性能評価のためにイッテルビウム12ホウ化物(YbB12)3)に含まれるYbの同位体174Ybの放射光メスバウアースペクトルを測定しました。従来のX線だけを検出する方法では信号強度が毎秒1.2カウントしか得られず、解析に耐え得るカウント数のスペクトルを得るには数日かかりましたが、電子を検出する測定システムでは5倍もの測定効率の向上が達成され、10時間の測定で明瞭なスペクトルが観測されました(図2)。メスバウアー分光法の測定精度を左右する吸収ピークの半値幅(図2の矢印部)も1.3mm/sとYb原子の価数決定など電子状態を調べる研究にも十分に利用できる事が確認されました。また、メスバウアー分光法で利用する元素の中で放射光と共鳴現象を起こす同位体(今の場合174Yb)の天然存在比が低い場合には、同位体を富化した試料がしばしば用いられます。これは一般に非常に高価で、入手が困難です。今回の測定では同位体富化はしておらず、測定効率が向上したことで、同位体富化試料に頼らない測定が可能になりました。

図2 YbB12の放射光メスバウアー吸収スペクトル

3.研究の意義と展望

電子を検出することで放射光メスバウアー吸収分光法の測定効率を格段に改善することができました。今回開発した測定システムは、Ybのみならず、信号強度不足のため機能材料の研究に重要な元素でありながら放射光メスバウアー分光を適用できなかったレアアースやアクチノイド元素などの測定を可能にします。(図3の青色部分の元素が期待できます)。それは物質科学における放射光メスバウアー分光の新しい応用分野(例えば磁石材料や超伝導材料をはじめとした新しい物質の合成と機能解明等)を飛躍的に広げることを意味します。

図3 メスバウアー効果を利用できる元素(青色)


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