メスバウアー効果は、放射性物質(γ線源)中の原子核から放射された特定の振動数のγ線がエネルギーを失う事なく同種の原子核を含んだ吸収体(試料)に共鳴吸収される現象で、現在までに約45種類の元素で確認されています。この現象を発見したR.L.Mössbauerは1961年にノーベル賞を受賞しています。一方、γ線源と試料が異なる物質である場合、原子核が共鳴吸収を起こすエネルギーは、周辺の電子状態の違いから互いに僅かに変化します。この時、γ線源を光軸上で振動させ、光のドップラー効果5)でエネルギーを変調したγ線を試料に照射し、透過強度の速度(エネルギー)依存性を測定すれば、共鳴吸収スペクトルが得られます。そのパターン変化から物質中で共鳴に寄与した元素の状態(電子状態や磁気構造等)を調べることができます。この手法はメスバウアー分光法と呼ばれており、物性物理・原子核物理・無機化学・錯体化学・金属学・生命科学・地球宇宙科学・考古学等の広範な分野で応用されています。
γ線源として放射性物質よりも高機能かつ利便性に優れた放射光6)を用いるメスバウアー分光法もあります。2009年に開発された放射光メスバウアー吸収分光法では、白色(連続波長)の放射光を試料に照射します。この時、放射光の一部は試料中の共鳴元素に吸収されるので、透過した放射光のエネルギー分布に共鳴吸収パターンが記録されます。このパターンを調べるため、同種の元素を含み、狭いエネルギー幅で共鳴を起こす物質(散乱体)を試料の下流側に配置します。これに放射光を照射し、散乱体中の元素が共鳴吸収を起こした後に放出されるX線や電子を検出器で測定します。この時、散乱体を光軸上で振動させ、ドップラー効果で元素の共鳴エネルギーを変化(走査)させながら信号強度の速度依存性を測定すると、試料の共鳴吸収スペクトルが得られます。この手法は、放射光メスバウアー吸収分光法と呼ばれており、白色の放射光を多様な原子核に共鳴させることができるため、従来はγ線源の準備が難しく測定できなかった元素のメスバウアー分光にも適用できます。
共鳴吸収とは、ある物質系が振動する外場のエネルギーを吸収して励起される現象のことです。振動の周波数を変化させると、ある値の近傍で強いエネルギー吸収が起こります。
室温では金属にように振る舞いますが、低温になると何らかの原因で電子の振る舞いが変化する為に電気抵抗が増加し、半導体のように変化する物質群(近藤半導体)のひとつです。低温で半導体へ変化する原因は未だ解明されていないため、レアアースの物性研究でも特に注目されている物質です。一方、今回この物質を用いたのは近藤半導体としての性質ではなく、低温でメスバウアー効果2)が起きる確率が高いという性質のためです。
同じ原子番号を持つ元素の原子のうち、原子核に含まれる中性子の数(つまりその原子の質量数)が異なる原子のことを同位体と呼びます。同位体は種類ごとに自然界で一定の割合(天然存在比)で存在します。同位体には放射性のものもありますが、今回用いた174Ybは自然のイッテルビウムにも32%含まれており、放射性の無い(放射線を出さない)安全な同位体です。
光は波の一種なので、救急車の音でよく知られている音のドップラー効果と似た現象が起こります。即ち、静止した観測者に対して光が相対的に運動すると観測される光の波長(エネルギー)は実験室で測定されるものとずれます。これを光のドップラー効果と呼びます。
放射光は、光速近くまで加速された電子線の軌道を磁場で曲げた際に生じる指向性の高い光であり、赤外線からX線までの広い波長範囲に渡る白色光です。
“Synchrotron radiation-based Mössbauer spectra of 174Yb measured with internal conversion electrons”
(内部転換電子で測定する174Yb放射光メスバウアースペクトル)
R. Masuda, Y. Kobayashi, S. Kitao, M. Kurokuzu, M. Saito, Y. Yoda, T. Mitsui, F. Iga, and M. Seto,
Applied Physics Letters誌 104巻に掲載予定