【研究開発の背景と目的】

近年、日本国内の医療現場では、病巣の有無の確認、治療方針の決定等のため、CT撮影が有用な医療技術として広く普及してきました。日本の単位人口当たりのCT装置の台数3)は世界的にも最も多く(図1)、撮影の件数もトップクラスと推測されております。一方で、診断画像を取得するためのCT撮影では、例えば、胸部のレントゲン撮影と比較した場合、頭から胴体にわたる広い範囲でエックス線の照射を受け、患者の受ける被ばく線量は高くなることが知られております。そのため、CT撮影では、過剰な被ばくを受けないように撮影条件を設定し、患者ごとに被ばく線量を評価、管理する必要性がIAEA等より提唱されております。

以上の背景から、大分県立看護科学大学と日本原子力研究開発機構は、東海大学医学部付属病院や新別府病院などの診療放射線技師の協力の下、CT撮影における患者の被ばく線量を評価し、提供するWebシステムWAZA-ARIを開発しました。また、医療機関が容易に利用できるよう、放射線医学総合研究所の協力の下、平成24年12月21日よりWeb上で試験運用を開始することになりました。

図1 人口100万人当たりのCT装置の台数

【WAZA-ARIの特徴】

既に、欧米では、CT撮影における被ばく線量を評価できるシステムがいくつか開発されております。これらのシステムでは、利用者が線量評価の対象とするCT撮影の条件等を入力し、被ばく線量を計算します。この線量計算では、CT撮影でのエックス線放出や患者を想定したモデルを用いてシミュレーション計算4)を行い、その解析で得た被ばく線量に基づき整備したデータベースを使用します。

一方、国内の医療機関でこれらのシステムを利用する場合、以下の通り、考慮すべき点がいくつかありました。

そこで、これらの課題を解決した線量評価システムとすべく、WAZA-ARIの開発を進めました。なお、日本で開発したシステムであることを明確にするため、世界的に通用する日本語として、柔道の技ありにちなんで、システムをWAZA-ARIと名付けました。

まず、WAZA-ARIはWebシステムとして開発することで、利用者のインストール、メンテナンスの作業に関する負担をなくしました。各利用者は、登録手続きをした後で、CT撮影における線量評価が必要な場合は、いつでもHPへアクセスするだけで、利用することが可能となりました(ただし、試験運用の期間中は、HPへアクセスすることで、どなたでも利用できます)。WAZA-ARIへアクセスした場合、図2に示すインターフェイス画面を用いて、複雑な操作を必要とせずに、被ばく線量の計算対象とする撮影条件等を設定できます。ここでは、CT撮影に用いる装置の機種とその設定条件を入力し、患者の情報として、成人の性別、小児を選択します。そして、右側に表示される人体の画面を目視で確認しながらドラッグし、撮影範囲を設定します。

利用者側で必要な操作は、撮影条件の入力のみで、これらの情報に基づき、WAZA-ARIでは撮影条件に応じて、被ばく線量を計算します。WAZA−ARIの開発においては、国内で用いられている数種類のCT装置による撮影で、平均的な日本人の成人男女、小児(4才児)の体格特性を持つ患者が受ける被ばく線量をシミュレーション計算で解析し、線量計算に用いる線量データベースを整備しました。WAZA-ARIを管理するサーバー側は、図2の画面において、利用者が設定したCT装置の機種、患者の情報から、整備した線量データベースより最適なデータを選択して、撮影範囲、エックス線強度等の情報に基づき、被ばく線量を計算します。

最近のCT装置には、撮影される画像の品質を保ちつつ、被ばく線量を低減できる技術が導入されております。その中には、撮影対象とする体の位置に応じて、エックス線の強度を調整することのできるCT-AEC(Auto Exposure Control、自動露出管理機能)6)があります。WAZA-ARIでは、このCT-AECの機能を作動させ、撮影中にエックス線強度が変化した場合に応じた被ばく線量を計算する機能も有しております。

そして、被ばく線量は撮影条件等を入力後、最大でも十秒程度で、WAZA-ARIへのアクセスに使用したPC等の画面上に計算結果が表示されます。

図2 撮影条件の入力画面(左:成人女性、右:小児-4才児)

【試験運用により期待される成果、今後の予定】

現在、既存の欧米で開発された線量評価システムが利用可能ですが、上述の通り、日本人よりも大柄な体格を想定して、CT撮影における被ばく線量が計算されます。あるいは、人体を代用するアクリル製の円筒形のファントム7)の内部で実測される線量が、CT撮影における被ばく線量の指標8)として、患者の受ける被ばくの程度を把握するために用いられております。

一方、WAZA-ARIでは、日本人成人の平均的な体格、あるいは小児(4才児)の体格を考慮して、CT撮影における患者の被ばく線量を計算できます。そのため、特に国内での患者の受ける被ばくに対して、体内の臓器線量をより正確に把握することが可能となり、CT撮影前の被ばく線量の予測による最適な撮影条件の設定や、撮影ごとの患者の被ばく線量の管理への活用が期待されます。

この線量情報を医療機関では、インターネットを介して、WAZA-ARIのHPへアクセスするだけで、表示される画面を通じた容易な操作や確認により、入手することができます。

また、WAZA-ARIは、試験運用として公開されている期間については、HPへアクセスすることで、どなたでも利用できます。なお、今後も平均的な日本人の成人男女、4才児以外の体格や年齢の患者に対応した被ばく線量計算ができる機能の拡張等を進めていく予定です。


戻る