独立行政法人理化学研究所/独立行政法人日本原子力研究開発機構/大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所/財団法人高輝度光科学研究センター

2011年10月21日
独立行政法人理化学研究所
独立行政法人日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター

極端紫外レーザーによる「超蛍光」を初めて観測
−X線領域での量子光学現象の応用に向けた第一歩−

本研究成果のポイント

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、独立行政法人日本原子力研究開発機構(原子力機構、鈴木篤之理事長)、大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所(分子研、大峯巖所長)、財団法人高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長)は、極端紫外領域※1の自由電子レーザー※2を用いて、通常の蛍光よりも30億倍明るい発光現象「超蛍光」※3の観測に成功しました。超蛍光は量子光学効果の1つとして古くから知られている現象ですが、極端紫外領域の光を用いた観測は初めてです。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)XFEL研究開発部門の永園充チームリーダー、原子力機構量子ビーム応用研究部門のジェームス・ハリーズ研究員、分子科学研究所の繁政英治准教授らによる共同研究の成果です。

高いエネルギー状態(励起状態)にある1個の原子は、通常、その状態を長く維持することはできず、ある寿命(励起寿命)で低いエネルギー状態に戻ります(脱励起)。この時、余分なエネルギーを光(蛍光)として放出することがあります。多数の励起原子が蛍光を放出して脱励起するとき、その強度は励起状態にある原子の数が徐々に減る様子を反映した減衰曲線を描きます。しかしこれらが狭い空間内に集まると、励起原子は孤立した独立の原子として振る舞うことができず、励起原子集団としていっせいに蛍光を放出、この現象を「超蛍光」と呼びます。その特徴は、励起原子を生成してからある遅延時間後に蛍光強度が最大(パルス的な分布)となることと、レーザー光のように高い指向性とコヒーレント※4性を有していることです。

研究グループは、SCSS試験加速器施設※5で、波長53.7 nm※6の高強度・短パルスの極端紫外自由電子レーザーを高濃度のヘリウム原子※7ガスに照射し、10億個からなるヘリウム原子集団がいっせいに発光する「超蛍光」の観測に成功しました。超蛍光は、可視光領域(波長400 nm〜700 nm)から長波長領域の光照射ではすでに観測されていましたが、極端紫外光照射では初めてです。この成果は、2012年3月から利用が開始されるX線自由電子レーザー施設SACLA※8のX線レーザーを用いたX線領域での超蛍光(超蛍光X線)の発生を示唆しており、新しい原理に基づくコヒーレント単色X線光源、X線分析、生体分子構造解析、X線光学素子などX線自由電子レーザー利用の多様化につながるものと期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(10月28日号)の出版に先立ちオンライン版に近日中に掲載され、同誌編集者が他分野の研究者に閲読を推奨する「Editors’ Suggestions」にも選定されました。

1.背景

20世紀半ばにレーザーが出現したことによって、物質に強い光が照射されたときの応答が光の波の振幅に比例しない、いわゆる「非線形光学現象」が、紫外から赤外領域(波長数十nm〜数mm)で多数発見されました。例えば、複数個の光子を同時に吸収する多光子吸収、入射した光の周波数が物質中で変化する周波数変換などです。現在では、さまざまな非線形光学現象がレーザーの発生、制御、分光計測などで重要な役割を果たしており、レーザー利用の根幹を成しています。つまり、現在のレーザー利用が物理や化学の基礎科学にとどまらず、工学、医療、環境、情報分野へと拡大の一途をたどったのは、さまざまな非線形光学現象が発見され、応用されてきたからです。

21世紀に入ると、直線加速器を基盤とするSASE型自由電子レーザー※9が出現し、未開拓だった短波長領域のレーザーが利用できるようになりました。現在、波長が数十nmという極端紫外領域のレーザーでは日本のSCSS試験加速器が、極端紫外〜軟X線領域ではドイツのFLASH※10が、軟X線領域〜X線領域では米国のLCLS※11が稼働し、多くの共同利用研究が行われています。2012年3月からは、日本のX線自由電子レーザー施設SACLA(軟X線領域〜X線領域)も一般利用が開始されます。最近、韓国やスイスでもX線領域の自由電子レーザー施設の建設計画が開始され、諸外国でも建設プロジェクトが検討されていることから、今世紀は短波長領域のレーザー利用が大きく進展すると考えられます。

短波長レーザー利用の黎明期から成長期への移行期間にあたる現在、従来の光学レーザーの発展に倣って、短波長領域の新しい非線形光学現象の発見と応用を探索する研究が世界的に行われています。こうした状況の下、研究グループは世界最高輝度を誇るSCSS試験加速器施設からの極端紫外レーザーを利用して、非線形光学現象の1つである超蛍光の観測に挑みました。

2.研究手法と成果

研究グループは、理論と実験の両面から多くの研究が行われているヘリウム原子(He)を試料として選び、高濃度のヘリウム原子ガスを用意しました。このガスに、パルス幅が数100フェムト秒※12と非常に短く、高強度な波長53.7 nmの極端紫外レーザーを照射して、励起状態のヘリウム原子をその励起寿命よりも短い時間で多数生成しました。その後の脱励起で放出される蛍光の波長、強度、強度の時間変化、偏光性、指向性について、ガス濃度の依存性を調べた結果、高い指向性を持った波長501.6 nmの蛍光を観測しました(図1)。この光強度の時間変化を、超高速な光強度変化の観測が可能なストリークカメラ※13を用いて計測したところ、ガス濃度に強く依存した現象を観測しました(図2)。具体的には、ガス濃度が高くなるほど最大強度を与えるまでの時間が短くなり、パルス幅も狭くなっていくことを見いだしました。理論的解析から、この発光現象は10億個のヘリウム原子がいっせいに発光する「超蛍光」という現象であることが分かりました。超蛍光は、放出する光の波長と同程度の空間に、1個以上の励起原子が存在するような特殊な条件下で起きる集団的発光現象(図3)で、遅延時間とパルス時間幅は励起原子数Nに反比例し、最大強度はNの2乗に比例します。光強度を精密に測定したところ、照射した極端紫外レーザーの光子数に対して、放出された超蛍光の光子数は最大で10 %程度までに達していたことも分かりました。

3.今後の期待

今回観測した超蛍光は可視光領域でしたが、X線のような短波長領域でも、条件さえ整えば、X線レーザーを利用した超蛍光(超蛍光X線)の発生が可能であると考えられます。超蛍光X線は、新原理に基づいた波長変換、タイミング制御、偏光方向変換といった量子光学素子の開発だけでなく、新たなコヒーレント単色X線光源の要素技術、生体分子構造解析法、物質計測手法などさまざまな応用へと発展していく可能性があります。X線レーザーは、基礎科学分野だけでなく、医学や創薬、新しい材料の開発研究にも幅広く利用されると考えられていますが、超蛍光現象を応用したX線利用技術が開発されれば、新たなブレークスルーを引き起こし、より革新的な利用研究が展開されることが期待されます。

原論文情報:

Mitsuru Nagasono, James R. Harries, Hiroshi Iwayama, Tadashi Togashi, Kensuke Tono, Makina Yabashi, Yasunori Senba, Haruhiko Ohashi, Tetsuya Ishikawa and Eiji Shigemasa.“Observation of free-electron-laser-induced collective spontaneous emission (superfluorescence)”. Physical Review Letters,2011, Article ID: LG13878

以上

参考部門・拠点:量子ビーム応用研究部門

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