<研究の背景>

次世代デバイスとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイス(注1)は、磁場によるスピン制御を利用していますが、その材料開発はマクロな磁化測定(注2)に基づいて行われています。磁性の起源は、電子自身が持つスピン成分(図1(b)矢印)と電子の運動による軌道成分(図1(b)円軌道)から成ります。従来のマクロな磁化測定では、スピン成分と軌道成分を合計した全体の磁化を観測するにとどまり(図1(a))ミクロな磁化過程の観測は不可能でした。そこで、磁性材料の高性能化のためには、スピン成分と軌道成分を分離し、それぞれの特性を調べるミクロな磁化測定が求められてきました。

<研究成果>

磁気材料であるTb−Coアモルファス合金薄膜(図1赤はCo原子、青はTb原子)(注3)は、スペリ磁性(注4)とよばれる特殊な磁気構造を有しており、高密度磁気記録材料として利用されてきました。磁性材料開発においては、ミクロな磁化反転過程の解明は高性能化の鍵となります。これまで我々は磁気コンプトン散乱(注5)効果を利用して、スピン成分のみを選択した磁化反転過程の測定(スピン選択磁気ヒステリシス測定)が可能であることを実証しました。

今回の研究では、Tb43Co57アモルファス合金薄膜について、大型放射光施設SPring-8(注6)のBL08Wでスピン選択磁気ヒステリシス測定を行いました。この結果を、マクロな磁化測定(図2の全磁化)と組み合わせて解析し、スピン成分の磁化曲線(図2の●)と軌道成分の磁化曲線(図2の○)を分離することに成功しました。さらに、スピン成分が軌道成分に比べて磁場に対して安定であることを見いだしました。これらの測定や解析は、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギー・円偏光X線を用いることで、初めて可能になりました。

次世代デバイスとしてとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイスは、磁場によるスピン制御を利用しています。本研究は、高性能化のためには、スピン成分・軌道成分個別の磁化過程の特性に基づいて、材料設計することが重要であることを示しています。

<今後の展開>

次世代デバイスとして期待されるスピンエレクトロニクスデバイスの材料開発において、スピン成分・軌道成分個別の磁化過程の特性を利用することで、デバイスの高速・省電力化を進めることができると期待されます。

<付記>

本研究は、高輝度光科学研究センターの櫻井吉晴副主席研究員および辻成希研究員との共同で行いました。また、群馬大学アドバンストテクノロジー高度研究センターの支援を受けました。

図1
(a)マクロな磁化測定では全体の平均的磁気成分を測定する。(b)ミクロな磁化測定ではスピン成分(矢印)、軌道成分(円軌道)を測定する。

図2
マクロな磁化測定(全磁化)、スピン成分の磁化曲線(●)および軌道成分の磁化曲線(○)。


戻る