1.研究の背景

超伝導は謎に満ちた自然現象のひとつで、物質を冷やしたときにある温度(超伝導転移温度)で電気抵抗が消失する現象として知られています。1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体は約30K(ケルビン)とそれまで合金系超伝導体の23Kを大きく超える超伝導転移温度を示し、その後の発展により、135Kの超伝導転移温度を示す銅酸化物高温超伝導体が見つかっています。合金系超伝導体の場合、その超伝導機構は自由に動ける電子と格子振動の相互作用を基礎にしたBCS理論(※6)でうまく説明されています。しかし、この従来のBCS理論では100Kを超える超伝導転移温度を説明することは難しいとされ、銅酸化物高温超伝導体は合金系超伝導体とは異なる機構で超伝導になると考えられています。

銅酸化物高温超伝導体は、絶縁体の銅酸化物に電子あるいはホールを適量ドープ(※7)した物質として発見されています。ホール・ドープの場合、ホールは超伝導体を構成する酸素の2p軌道に入ることが知られており、この酸素の2p軌道に入ったホールが高温超伝導を引き起こすと考えられています。したがって、銅酸化物の高温超伝導機構を研究するうえで、このドープしたホールの状態を観測することが大変重要になります。本研究では、高分解能コンプトン散乱により、ホールの状態を運動量分布として可視化することに世界で初めて成功しました。

2.研究内容と成果

今回測定した銅酸化物高温超伝導体はLa2-xSrxCuO4(LSCO)です。図1にLSCOの結晶構造を示します。Srを含有しないx=0のLa2CuO4は絶縁体です。La原子をSr原子で置き換えると同じ量だけホールが銅酸化物にドープされ、最適ドープ量のx=0.15で37Kの転移温度をもつ超伝導体になります。図2に示したように、ホール・ドープ量(x)と超伝導転移温度の関係はドーム状の形をし、ドームの頂点位置(x=0.15)を境にして、x<0.15の領域をアンダー・ドープ領域、x>0.15の領域をオーバー・ドープ領域と呼びます。

高分解能コンプトン散乱測定は大型放射光施設SPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)に設置された高分解能コンプトン散乱X線測定装置を用いて行われました。入射X線として115 keVの高エネルギーX線を用いていますので、試料表面の影響を受けることなく、試料内部の電子状態を観測することが可能です。他の放射光施設では115keVもの高エネルギーのX線を発生させることは難しく、今回の実験はSPring-8を用いることではじめて実現したものと言えます。LSCO(x=0.0, 0.08, 0.15, 0.30)のそれぞれの単結晶試料について測定を行い、電子運動量分布を求めました。ホールのドープ量(x)の異なる2つの電子運動量分布の差をとることにより、ホール状態、すなわち、ホールの運動量分布を求めました。この実験は高品質の単結晶試料の作成と高精度のコンプトン散乱測定により可能になりました。

図3にアンダー・ドープ領域とオーバー・ドープ領域におけるホール状態(ホールの運動量分布)を示します。アンダー・ドープ領域とオーバー・ドープ領域で明らかにホール状態が異なっています。理論計算との比較から、アンダー・ドープ領域ではホールは酸素の2p軌道に入り、オーバー・ドープ領域になると銅の3d軌道にも入るようになることがわかりました(図4参照)。このホールが入る軌道の変化がドーム状をした超伝導転移温度のホール・ドープ量依存性を作り出していると考えられます。

3.今後の展開

銅酸化物の高温超伝導機構は物理学における未解決の問題として残っています。今回の結果は、高温超伝導の理論モデルの検証に有用な実験データを提供し、銅酸化物の高温超伝導機構の解明に貢献できるものと期待されます。また、超伝導は応用面でも重要で、強磁場を必要とする医療機器(MRI)などに超伝導技術がすでに数多く使われています。さらに超伝導を利用した、リニアモーターカーや、大電力貯蔵などの実用化に向けての開発研究が行われています。現状では、超伝導を得るために低温に冷やす必要がありますが、将来、室温超伝導体が発見あるいは開発されたならば、室温超伝導ケーブルを通して直流の大電流を送電ロスなく送電することができるようになります。

4.掲載論文

ジャーナル名:

Science

題名:

Imaging Doped Holes in a Cuprate Superconductor with High-Resolution Compton Scattering

日本語訳:

高分解能コンプトン測定による銅酸化物高温超伝導体のドープしたホールのイメージング

著者:

Y. Sakurai, M. Itou, B. Barbiellini, P.E. Mijnarends, R.S. Markiewicz, S. Kaprzyk, J.-M. Gillet, S. Wakimoto, M. Fujita, S. Basak, Yung Jui Wang, W. Al-Sawai, H. Lin, A. Bansil and K. Yamada


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