<研究の背景>

強磁性体(磁石)と強誘電体は、それぞれの特性を生かしてハードディスクやメモリデバイスなどのエレクトロニクス材料をはじめとして幅広く応用されています。近年、この強磁性体としての性質と強誘電体としての性質を併せ持つ「マルチフェロイックス」と呼ばれる物質群が注目されています。これらの物質の中には強磁性体と強誘電体としての性質がお互い強く結び付いているものがあり、これらの物質を用いれば磁場によって電気分極の方向を、また、電場によって磁化の方向を制御できる可能性を秘めています。なかでも強磁性体としての性質と、らせん磁性体注2)としての性質を併せ持った「円錐スピン磁性体」と呼ばれる特殊な種類の磁石では、強磁性体としての性質と強誘電体としての性質が特に強く結びつくことが知られています。これまで、円錐スピン磁性体構造を取る転移温度が室温を超える物質はほとんどなく、さらにマルチフェロイックの特性を持つという報告はありませんでした。

本研究で対象とした六方晶バリウムフェライト(BaFe1219注3)は、モーター用や家庭用マグネットなどの永久磁石として工業的に量産(70万トン@2004年)使用されているありふれたフェライト磁石です。これまでに、この物質の鉄(Fe)イオンの一部をスカンジウム(Sc)イオンに置き換えると、極低温(液体窒素温度:−196℃)で円錐スピン磁性体としての性質を示すようになることは確かめられていましたが、円錐スピン磁性体への転移温度がスカンジウムイオンの置換量によってどのように変わるのか、この物質が実際にマルチフェロイックス物質としての性質を示すかどうかなどは詳しく調べられていませんでした。

<研究の成果>

本研究では、鉄イオンの一部を、スカンジウムイオンと少量のマグネシウム(Mg)イオンで置き換えたBaFe1219の単結晶試料作製に成功し、その磁気特性の評価を精度よく詳細に実施することが可能になったことから、この物質が室温を超える転移温度を持つ円錐スピン磁性体となることを確かめました。さらに低温(−173℃以下)で電気的な特性を調べることで、この物質が磁場により大きさや方向を制御可能な電気分極を発生するなど、実際にマルチフェロイックス物質としての性質を示すことも確かめました。本研究で得られた主な成果を以下に示します。

(1) 高圧浮遊溶融帯単結晶作製法を用いて、鉄イオンの一部をスカンジウムイオンとごく少量のマグネシウムイオンで置換したBaFe1219の単結晶を合成することに成功しました(図1、図2)。
(2) 理化学研究所において、スカンジウムイオンの量を変えながら磁気的な性質を調べると同時に、日本原子力研究開発機構 東海研究開発センター 原子力科学研究所の研究用原子炉JRR−3に設置された中性子散乱計測装置TAS−1を使用して、この物質の磁性のもとになるスピンの並びを調べ、円錐スピン構造への転移温度が最大で97℃まで上昇することを突き止めました。
(3) 低温で電気分極の磁場依存性を調べた結果、これらの物質が磁場により大きさや方向を制御可能な電気分極を発生するなど、マルチフェロイックス物質としての性質を示すことを確かめました(図3)。さらに強磁性モーメントの方向を磁場で反転した際の電気分極の振る舞いが、温度やスカンジウムの濃度によって異なることも明らかになりました。温度によって変化する典型例を図3に示しています。磁場により誘起される電気分極の符号が、らせんの巻き方(右巻き・左巻き)とスピンの作る円錐形が傾く方向とで決まっているというすでに知られている事実を考慮に入れると、この振る舞いの変化は、強磁性モーメント(スピンの作る円錐の方向)が磁場によって反転する際に、らせんの巻き方が右巻きと左巻きとの間で入れ替わるか、それとも保存されるかが、温度によって変わっていると考えられます。このように、この物質においては、磁場と温度を変えることによってらせんの巻き方(右巻き・左巻き)と磁気モーメントの方向(プラス・マイナス)の関係が制御可能であることが明らかになりました(図4)。

<今後の展開>

本物質は室温では絶縁性が十分でないため、室温での電気分極発生を確認することはできませんでした。今後は、室温動作に向けて試料の絶縁性の向上などの改善を目指すほか、室温で磁場を加えなくても強磁性体としての性質と強誘電体としての性質の両方を示す物質の開発を目指します。

<参考図>

図1 作製したスカンジウム置換六方晶バリウムフェライト単結晶

図2 本研究の対象となったスカンジウム置換六方晶バリウムフェライトの結晶構造と磁気構造

左図: BaFe1219は、六方晶フェライトの中で最も単純なM型と呼ばれる構造を取ります。
中図: スカンジウム置換六方晶バリウムフェライトにおいて磁場を加えない状態で実現される円錐スピン構造の模式図。ここでは、らせんが進行する方向([001]方向)と円錐の向き(強磁性モーメントの向き)は同じで、電気分極は持ちません。
右図: 磁場により円錐を[001]方向から右方向に傾けると、紙面手前方向に電気分極を生じます。

図3 磁場による電気分極の制御

磁場を[001]方向から45°傾いた方向で振動させることで、結晶に誘起される電気分極の時間変化を調べました。−263℃では磁場とともに分極が符号を変えるのに対し、−243℃では磁場を反転しても分極の符号が保たれています。

図4 強磁性モーメント(円錐の向き)の反転に伴う、らせんの巻き方の変化

−263℃では強磁性モーメントを磁場により反転する時に、らせんの巻き方は右巻きと左巻きとの間で入れ替わります。これに対して−243℃では、らせんの巻き方は磁気モーメントが反転する際に保存されています。


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