平成22年1月22日
国立大学法人 東北大学金属材料研究所
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
国立大学法人 東京大学物性研究所

超強磁場中性子回折法によりフラストレート磁性体の普遍的なスピン-格子相互作用を発見

<概要>

国立大学法人東北大学(総長 井上明久)金属材料研究所の野尻浩之教授、独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 岡ア俊雄、以下「原子力機構」という)の松田雅昌研究主幹、国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)物性研究所の植田浩明助教らの共同研究グループは、30テスラ(*1)の超強磁場下における中性子回折(*2)法を用いた実験を行い、クロム(Cr)のフラストレート磁性体が磁場中で共通の磁気構造を持つことを初めて明らかにしました。この結果は、普遍的なスピン−格子相互作用(*3)がこの現象に大きな役割を果たしていることを意味しており、今後、この現象の機構に対する理解が大きく進むことが期待されます。

また、今回の厳しい条件下での超強磁場中性子回折の成功により、これまで実験が出来なかった非常に広範囲の磁性体において磁場中のミクロ磁気状態が明らかになると期待されます。これは、磁性と誘電性をもつ新材料の開発や、磁気を帯びたナノサイズの粒子の解析などへの応用をはじめとして、様々な新しい磁気デバイス材料の開発に大きな威力を発揮すると考えられます。

<フラストレート磁性体の研究について>

物質の性質の多くは電子により特徴付けられています。電子はスピンと呼ばれる小さな磁石を持っており、磁場を用いればスピンを介して物質の性質を精密にコントロールすることが可能です。

フラストレート磁性体では数多くの磁気状態がほぼ同様のエネルギーで拮抗しており、この性質が不満(フラストレーション)を抱えた集団と似ているためにフラストレート磁性体と呼ばれます。また、どの磁気状態が物質の性質として最終的に表われるかを予想出来ず、その発現の仕方も物質によって異なるため、これを統一的に理解することは困難でした。その一方で、磁場をかけてフラストレーションの度合いを調節することにより、新たな性質を引き出すことも可能です。そして、これらの特徴は今回の研究の対象であるクロムのフラストレート磁性体でも同様です。今回の研究では、磁場をかけたフラストレート磁性体が共通な構造を持つことが明らかになりました。この機構には普遍的なスピン−格子相互作用が大きな役割を果たしていると考えられます。

<超強磁場中性子回折法について>

中性子回折法は物質中のスピンの配列を決定するための最も強力な手段です。磁場中で引き起こされるスピン配列の様々な変化を中性子回折実験で調べることは、物質の性質を理解する上で重要なことです。超強磁場中性子回折法は、20年以上にわたり、世界的に開発競争が進められてきましたが、最近30テスラを越える超強磁場での実験に成功し、注目されています。今回の成果は、独自に開発した超小型パルス強磁場発生装置を世界最高強度の研究用原子炉を有するフランス、ラウエランジュバン研究所(Institute for Laue Langevin)の中性子回折装置と組み合わせることで実現しました。

今回の実験に使用した超小型パルス強磁場発生装置(図1図2参照)は野尻教授らのグループが開発したもので、通常用いられる大型パルス磁場発生装置と比べ、既存の装置の改造や新たなインフラを必要とせず、場所を選ばず迅速に実験ができることから、国外でもこの方式が導入されています。また、超強磁場中性子回折装置は、東北大学と原子力機構が4年前から原子力機構 東海研究開発センター 原子力科学研究所内の研究炉JRR-3において開発を進めてきたものであり、海外への技術移転も行っています。この装置は、ラウエランジュバン研究所において高強度の中性子源を使い従来の強磁場記録の2倍以上という常識を打ち破る超強磁場下で計測を実現して世界的にも注目され、他国への導入も進んでいます。

今後この手法を様々な磁性物質の研究にも広げることで、磁性と誘電性をもつ新材料の開発や、磁気ナノ粒子の解析などへの応用につながり、より効率的な磁気材料開発が可能になると期待されています。

今回の研究は超強磁場中性子回折法により初めて可能になりました。クロムのフラストレート磁性体における普遍的なスピン-格子相互作用のメカニズムの検証と、この手法が様々な物質の特異な磁気特性を解明する強力な手法であることを示したことが評価され、著名な学術誌であるPhysical Review Lettersに掲載される予定です。今後この手法は、基礎物理のみならず新しい磁気材料の設計・開発にも大きく貢献すると期待されています。


今回の研究成果は、米国物理学会発行の英文学術雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版で1月22日に公開されます。

以上


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