【解説】

1.背景
 高レベル放射性廃棄物地層処分の安全性を評価するためには、処分後、放射性核種を封じ込めたガラス固化体から、核種が、いつ、どのように、どの程度地表まで到達し、どの程度の影響を与える可能性があるのかを評価する必要があります。
 評価する際は、上記事項について起こり得ると考えられるシナリオを作成し、それに沿った核種の移行解析をして、安全かどうかを判断する材料とします。
 さて、テレビドラマや映画でもその道のプロたるシナリオライターが存在するように、私たちの分野においても、「シナリオ解析者」と呼ばれる専門のシナリオライターが存在します。
 ドラマのシナリオライターは登場人物を定め、それらがある場面、ある出来事や経験などを経て別の場面へとドラマを進展させるべくシナリオを画くわけですが、私たちのシナリオ解析者もほぼ同様に、評価すべき放射性核種(登場人物に相当)がどのような状態(場面に相当)やイベント(出来事に相当)やプロセス(経験に相当)を経て、それがどのように絡みあって地下から地表まで達するかなどのシナリオを書きます。
 私たちのシナリオ解析者は、テレビなどで言えばノンフィクションの科学ドキュメンタリードラマのシナリオライターに近く、可能な限り、恣意的なご都合主義を排し、現実に起こり得るシナリオを書く必要があり、そのために日夜努力します。
 そのために、シナリオ解析では、科学や工学の専門家の合意を得た、人工バリアなどの特性(Feature)、起こり得る出来事(イベント;Event)や過程・経過(プロセス;Process)全てについて個別に記述した「FEP」が部品的に用意されております。通常それらのFEPをそのまま、あるいは目的に応じて職人技的に追加や若干の修正を加えながら利用し、それらの関連性や連鎖を注意深く確かめながら結んで、「プロセスインフルエンスダイヤグラム」を作成し、シナリオを構築していきます。
 プロセスインフルエンスダイヤグラムは、FEP同士を単純に矢印線で結ぶため、作成のルールが比較的単純で、矢印を追うことによりFEPの連鎖の順番も把握しやすいという利点があります。FEPの数が少数の場合は利点が発揮されますが、使用されるFEPの数は数百レベルの多数に及ぶと(その場合が多い)、線の交差が避けられず、蜘蛛の巣状の複雑な分かりにくいものになるのが普通でした(図1参照)。また、プロセスインフルエンスダイヤグラムの作成はシナリオ解析者による手作業であったため、矢印の引き忘れや方向の間違いなど、ヒューマンエラーも発生しやすいものでした。





2.目的
 本検討の目的は、シナリオ解析の作業効率を向上させる環境を整備し上記の問題を解消することにあります。そのため、開発にあたっては以下の点に留意しました。
 ・ シナリオ構築の際の膨大な数のFEPをわかりやすい構造的な形で整理できること
 ・ 膨大な数の情報の取り扱いについて、計算機上で効率的な支援ができること
 ・ いろいろな切り口からFEPのスクリーニングやグルーピングなどの分析ができること
 ・ FEPの相関関係とその関連情報の取り扱いについて、追跡性と透明性が確保できること
 原子力機構地層処分研究開発部門では、まず、FEPを一定のルールに従いマトリクス上に展開することで相互関係の整理を効率的にできる方法を考案しました。次に、その方法論をコンピュータ上に展開、計算機支援ツール「FepMatrix」として開発しました。


3.基本概念
 本ツールは、「高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に関する知識基盤の構築−平成17年取りまとめ−分冊3 安全評価手法の開発」で報告されている安全評価手法の概念に基づいております。その主要なポイントは以下のとおりです(図2参照)。
 @ 相関関係のマトリクス形式での整理:
 対角線上のマトリクスに特性を表すFEP(特性FEP)を配置し、それら特性FEP間での影響の伝播に関するプロセスや事象を表すプロセス、イベント(プロセスFEP)を対角にあるマトリクス同士の交点となる非対角のマトリクスに配置することにしました。
 図2のとおり、時計回りに特性FEP1で表される状態が、プロセスFEP1で表されるイベント、プロセスを経て特性FEP2で表される状態になることが示されます。
 更に、特性FEP1はプロセスFEP2のイベント、プロセスを経て特性FEP3の状況になることも表現されております。この方式により、複数のFEP同士の関係が表現可能になります。
 よって、FEP間の因果関係が上記のルールに従ってマトリクスの位置関係で表現されますので、従来手作業で行われてきたプロセスインフルエンスダイヤグラム作成時のFEP間を線で結ぶ作業から解放されます。
 A 階層化:
 テレビドラマなどで「どんな内容のドラマ?」と聞かれて、逐一シナリオを追った説明をする方はあまりいないと思われます。例えば家族を画いたドラマがあったとして、タイトル的に一言で言えば「家族間の愛憎もの」、少し詳しくあらすじ的に言えば「夫婦の愛憎、親子の愛憎、兄弟姉妹間の愛憎、さらには親類同士の愛憎などが絡み合ったドラマ」となるでしょう。それらを詳しく筋書きにしたものが「脚本」と言えるでしょう。これらは、シナリオライターによって筋書きから脚本まで整合性をもって書かれるものと考えられます。
 同様に、安全評価シナリオにも、タイトル的な一言では「処分場の安全性」、少し詳しくあらすじ的に言えば「人工バリアのどのような機能が、どのような働きをするから、安全性を発揮する」さらに、脚本レベルの「FEP間の関連と連鎖の記述」が考えられます(図2の「システム性能層」、「安全機能層」、「FEP層」参照)。私たちのシナリオ解析者もこれらについて整合性をもってシナリオを構築していきます。これら上下方向の整合性をもってシナリオを検討する際には、詳細な個々のFEPとその相互関係からシナリオを検討するボトムアップ的なアプローチと、システムの性能あるいはその影響の視点からシナリオを検討するトップダウン的なアプローチがあり得るため、それら双方向のアプローチを可能としました。




 諸外国では、スウェーデン核燃料・廃棄物管理会社(SKB)においても類似したマトリクス形式によるFEPの整理手法が提示されていますが、FEPの分類による相互関係の整理方法及び階層化による双方向的なシナリオ構築手法、並びにそれらに基づく計算機支援ツール「FepMatrix」への展開は原子力機構独自のものです。
 なお、本検討において階層化については、安全機能層とFEP層が表現可能であり、システム性能層はシナリオ解析の専門家がトータルで判断する部分なので、FepMatrixでの表現対象とは致しませんでした(つまり、2階層の設定が可能です)。

 FepMatrixでは、市販の表計算ソフトウェアに似たスプレッドシートの形式で相関関係の設定・編集のためのひな形が提供されており、FEPのマトリクス形式での相関関係の同定・編集、マトリクスの階層的な関係の設定・編集の作業手順の定型化と効率的な実施、及び作業内容の追跡性の向上を図ることができます。
 図3は、概要レベル(上図)と詳細レベル(下図)のそれぞれの層内での相関関係のマトリクス形式での整理について例示したものです。詳細レベルのマトリクスを、概要レベルのマトリクスのひとつの対角要素あるいはひとつの非対角要素をさらにマトリクス形式で細分化したものとして関係付けることにより階層化が表現されています。





4.主な機能
 FepMatrixでは、上記の相関関係マトリクスと階層化の概念を用いて、以下のことが可能です。
 ・ マトリクスの設定・編集の機能(図4参照)
 ・ 各マトリクスに入力したFEPのプロパティ情報の設定・編集の機能(図4参照)
 ・ マトリクス及びプロパティ情報を用いた分析の機能
−プロセスインフルエンスダイヤグラムの表示(図5参照)
−FEPのスクリーニング機能、グルーピング機能(図6参照)
 なお、プロセスインフルエンスダイヤグラムにつきましては、1.でも述べたように利点もあることから、表示機能としてFepMatrixに付加しました。




 各層のマトリクスの新規作成は、画面上の空白のセルからなるスプレッドシートに対角要素及び非対角要素を設定することを繰り返すことで実施します。








5. 動作環境
  動作環境 推奨環境
OS Windows ® 2000、 XP Windows ® XP
実行環境 .NET Framework 1.1がインストールされていること
CPU Pentium ® 4
1GHz以上
Pentium ® 4
2.5GHz以上
メモリ 256MB以上 512 MB以上
 但し、Windows VistaTMでの動作は未確認です。
 注意事項:本ツールにはWindows ® に「.Net Framework1.1」が必要です。なお、「.Net Framework1.1」はWindows Updateなどマイクロソフトのサイトから無償で入手可能です。


参考文献
 核燃料サイクル開発機構: “高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に関する知識基盤の構築−平成17年取りまとめ−分冊3 安全評価手法の開発”, JNC TN1400 2005-016 (2005).
 牧野仁史, 川村淳, 若杉圭一郎, 大久保博生, 高瀬博康: “高レベル放射性廃棄物地層処分安全評価のシナリオ解析のための計算機支援ツールの開発”, JAEA-Data/Code 2007-005 (2007).(本報告書は、原子力機構HPの「研究開発成果検索・閲覧システム(JOPSS)」で検索・閲覧可能です)

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