補足説明

1.研究の背景及び経緯
 マイクロフォトニクス、センサ、半導体集積回路等の先端デバイス製作には、電子線(EB)によるナノレベルの微細加工技術が用いられている。しかし、EBは物質中での散乱効果が大きいため、大きな深度の微細加工には限界がある。これに対して、プロトンビームライティング(PBW)技術では、現状では水平方向の分解能が100 nm程度とEBにやや劣るものの、深さ方向に数十μmという長深度の加工ができるため、高アスペクト比での微細加工が可能である。
 PBW 技術の有用性は1997年前頃からシンガポール国立大学のF. Watt教授らが注目し、特にこの5年の間に、シンガポールやヨーロッパを中心に加工の高分解能化(加工に用いるビーム径の微細化)が進められた。
 原子力機構においては、高エネルギー(MeV領域)の軽イオンにより世界最高性能の200nm以下の径のマイクロビーム形成技術を確立しており、芝浦工大との共同研究により平成16年度から、同技術を基盤としたPBW技術に関する研究を、日本学術振興会科学研究費(No.17310085)の補助を受けて開始した。
 今回凱旋門構造の製作の成功(図1)により、PBW技術によって高アスペクト比加工が3次元まで容易に拡張できることを示し、従来にない先端デバイス製作に向けた型加工やプロトタイプ作製のための新たな微細加工ツールとしての可能性を明示した。
 本技術の産業利用の観点から、ナノメートルレベルの加工精度の確立により精密光学機器や家電に使用されるコンパクトで高付加価値の光学素子や、医療機器におけるコンパクトで高感度な検査チップの開発の加速が期待される。


2.PBW (Proton Beam Writing ; プロトンビームライティング)技術
 プロトンビームライティング(PBW)とは、MeV級のプロトンマイクロビームによる遮蔽マスクを用いないリソグラフィ技術の一つである。電子ビーム(EB)リソグラフィと同様に、マスク製作が不要で、開発費用と期間の短縮が可能で、電場あるいは磁場駆動の走査システムを用いて、微小なビームで微細なより自在なパターン形状を描くように高分子膜を照射(露光)し、電離作用による分子の分解反応あるいは架橋反応を生じさせた後に、照射部又は非照射部のみを除去(現像)することで、高分子による凹凸構造体を製作することができる。(リソグラフィで加工する高分子膜のことをレジストと呼ぶ(図2参照))
 PBWでは、用いるMeV領域のプロトンビームがレジスト中で数十μm領域の深さまでほぼ直進しつつ高密度に電離作用を及ぼすため、一回の描画プロセスでも、EBプロセスに比べて垂直度が高くかつ高アスペクト比での加工が可能である。さらにPBWでは、X線や紫外光によるリソグラフィと異なり、遮蔽のためのマスクが不要であり、かつ陽子ビームのエネルギーを制御して、レジスト中でのビームの届く深さを変えることにより、加工の深さも自在に変えることができる。つまり異なるエネルギーのビームによる描画を重ねあわせる(多重露光)ことにより、今回の凱旋門構造のような3次元構造体の加工が簡易に実現できる。
 また、他のプロセスに比べてレジストへのエネルギー付与が大きいPBWプロセスは、描画加工の速度向上(生産性向上)の点でも期待される。
 国際的にはF. Watt教授のグループが10年ほど前から技術開発を進めており、近年、2 MeVの水素分子イオンビームを用いて数十nmスケールのレリーフ構造体や3次元構造体の試作を行っている。

 本発表は、PBWによる三次元微細加工において、国内で初めて空間分解能で数百nmレベルを実現し、深さ方向に関してはシンガポールのグループより高いエネルギー(3 MeV)のプロトンビームにより加工の厚さを最大50 μmまで拡張できたことで、世界に比肩する技術レベルに到達したことを示すものである。(3 MeVプロトンは2 MeV水素分子イオンに比べて物質中での飛程が約3倍となることから、加工の厚さの点で優位である。)


3.三次元微細構造体の製作
 今回の技術開発では、PBW技術により数百nmの線幅を持つ微細構造体の製作に成功(写真1)するとともに、レジスト内に止まるプロトンマイクロビームとの多重露光により、最大深さ50 μmまでの3次元微細加工による構造体の試作に成功した(写真2)。
 図2は、今回製作したネガ型レジストを使用する場合の3次元微細構造の製作法に関する説明である。ビームエネルギーを2段階に変化させることにより、2種類の深さの露光が異なったパターンで行われる。この露光後、専用の溶剤による現像を行うと露光部以外のレジスト材が溶解し3次元の微細構造体が現れる。








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