補足説明資料
 
1.研究の背景と経緯
 物質中の電子は、低温でより安定な状態を求め、自発的な秩序をつくりだすことがあります。なかでも良く知られているのが”磁気秩序”とよばれる現象です。磁気秩序が起こると、物質中の磁化が規則的に配列します。通常、磁気秩序を起こす原子の磁化の正体は、すべて電子の磁気双極子と考えられてきました。磁気双極子は、電子のスピンと軌道運動によって生じるもので、S極とN極を同時に持ち、ちょうどミクロな磁石のようになっています。

 ところが5f電子を含むアクチノイド化合物では、この通常の磁気双極子秩序とは異なった不思議な磁気秩序が存在することが、比熱の異常などにより知られていました。しかしその正体はまったくの謎でした。最近、この不思議な秩序が、磁気双極子ではなく、5f電子に特有の磁気八極子による新しい秩序ではないかという予想が理論的になされました。磁気八極子とは、磁化の異方的な分布に関係する物理量で、電子の軌道とスピンが量子力学的に絡みあうことにより生じます。しかし今まで、磁気双極子に比べて磁気八極子の影響は小さく、巨視的な磁性を支配するものではないと考えられてきました。

 原子力機構先端基礎研究センターの徳永陽研究員らは、この新奇な磁気八極子秩序解明の有力な候補としてネプツニウム酸化物NpO2(アクチノイド化合物の一種)の電子状態に注目しました。ニ酸化ネプツニウムNpO2は、原子炉の燃料として利用されるニ酸化ウランUO2やニ酸化プルトニウムPuO2と同じ結晶構造(図1参照)を持ちます。その研究の歴史は古く、低温で磁気秩序が存在することは、1950年代には既に知られていました。発見当初はUO2との類似性から、この磁気秩序も通常の磁気双極子による秩序と考えられていました。しかしその後の研究により、磁気双極子秩序の場合に生じる磁場が観測されないことがわかりました。この不思議な磁気秩序の存在は、半世紀以上にわたり物性研究者の頭を悩ませていました。


2.研究の内容
 この謎を解明するため、原子力機構先端基礎研究センターの徳永陽研究員らは、世界で初めて核磁気共鳴法を用いてこの問題に取り組みました。東北大金研で育成された単結晶試料と、新たに開発した二軸の試料回転機構を組み合わせ、より精度の高い測定7)を実現しました。その結果、磁場により誘起された磁気八極子秩序の存在を実証することに世界で初めて成功しました。さらに磁気八極子の秩序により誘起される電気四極子の秩序を観測することにも成功しました。また、実験で観測された磁気八極子の秩序は、原子力機構先端基礎研究センターの久保勝規研究員、堀田貴嗣研究主幹が微視的理論から予測したものと一致することがわかりました。


3.成果の意義と波及効果
 今回観測されたNpO2の磁気八極子秩序は、「磁気秩序 = 磁気双極子の秩序」というこれまでの常識を破るものです。これらの秩序状態は、「自発的対称性の破れ」という現象の一つですが、この現象はビックバンから超伝導までに代表されるように、自然界ではスケールによらない非常に普遍で重要な現象と考えられています。今回の新しい現象の発見を機に、今後、「自発的対称性の破れ」現象の探索が進み、物理現象の色々な謎の解明につながる可能性があります。また他のアクチノイド化合物でも新奇な電子状態の発見が期待できるため、アクチノイド化合物の電子物性研究が活性化し、超伝導機構などの解明が進展することが期待されます。


4.今後の予定
 アクチノイド化合物では、研究を行ったNpO2以外の物質でも、磁気双極子由来ではない異常な磁気秩序が見つかっています。それらは”隠れた秩序”とよばれ、物性物理における重要な研究テーマとなっています。今回観測された磁気八極子は、そのような”隠れた秩序”においても重要な役割を担っている可能性が有ります。核磁気共鳴法を活用し、その本質の解明を目指します。

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