補足説明

1.高温ガス炉と熱化学法ISプロセス法による水素製造
 地球温暖化対策として、二酸化炭素を排出しないクリーンな水素社会の実現が待望され、その基盤となる水素製造法の開発が求められている。
 ISプロセス法は、高温の熱を用いて化学反応のサイクルを駆動して水を分解する「熱化学水素製造法」の一種であり、米国GA(General Atomics)社で考案された。ISプロセス法では、原料水をヨウ素(Iodine)や硫黄(Sulfur)の化合物と反応させ、生成するヨウ化水素(HI)及び硫酸(H2SO4)に熱を加えて分解し、水素と酸素を製造する(図1)。この方法は、熱源として高温ガス炉から得られる約900℃のヘリウムガスを使用するため、二酸化炭素を一切排出しない。ヨウ素や硫黄の化合物はプロセス内で繰り返し使用されるため、外部に有害物質を排出することもない。



2.硫酸分解器の機能及び考案した構造
 硫酸分解反応は、硫酸を三酸化硫黄と水蒸気に分解する第1段階の反応、及び、三酸化硫黄を触媒で分解して二酸化硫黄と酸素を生成する第2段階の反応、の二つの化学反応として、進行する。



 硫酸分解器は、高温高圧のヘリウムガスの熱によって、濃硫酸を蒸発させるとともに、第1段階の分解反応を起こさせるための熱交換型化学反応器であり、次の機能を有する必要がある。
 ・ 濃硫酸の流路壁は、耐食性を有し、かつ、高い熱伝導率を有すること。
 ・ 大型化が可能な構造であること。
 ・ 十分な構造強度を有すること。
 ・ ヘリウムガスの気密性を確保すること。

 この機能を満足させるため、下記の工夫を行い、図2に示す構造の硫酸分解器を考案した。
 ・ 濃硫酸に対して優れた耐食性を有し、かつ、高い熱伝導率を有する材料として、炭化ケイ素(SiC)セラミックスを選定した。
 ・ セラミックスを製造できる大きさに限界があること、及び、十分な構造強度を持たせることに配慮して、多孔円筒型のSiCブロックを積み重ねる構造とした。
 ・ 気密保持のためにシール材を用い、ブロック同士を金属製のタイロッドで軸方向に締付けてシール部の適正な面圧を確保するとともに、熱膨張率の大きく異なるセラミックスと金属間の運転時の熱膨張差を皿バネのたわみで吸収するような荷重保持機構を設けた。(図3参照)







3.試作・試験の成果
 考案した硫酸分解器の成立性を検証するため、ISプロセス法の実用プラントへの大型化を見通すことのできる必要最小規模(水素製造量30m3/h規模)の機器について、鍵となる内部構造体の試作・試験を行った。
 検討した機器の仕様は以下の通り。なお、全体サイズは図2に記載した。
 ・ 多孔円筒型SiCブロック:
直径14.8mmの貫通孔を70本(濃硫酸流路32本、ヘリウム流路38本)有するブロック(高さ0.75mx直径0.25m)を2個積み重ねたもの。
 ・ ヘリウムガス:40気圧、710℃(上部入口)/535℃(下部出口)
 ・ 硫酸  :濃度90wt%、20気圧、460℃(下部入口)/435℃(上部出口)
 ・ 熱交換量  :82.7kW

 (1) 試作
 上記仕様の大型の多孔円筒型SiCブロックの試作に成功し、その製作性を確認した(図4参照)。
 次いで、硫酸に耐える金を素材としたシールガスケットを用いてSiCブロックを積み重ね、荷重保持機構にて固定した内部構造体を試作した(図5参照)。
 (2) 気密・強度試験
 硫酸分解器の気密性及び構造健全性を確認するため、試作した内部構造体を用いて、室温における耐圧試験及びヘリウムリーク試験を行い、問題のないことを確認した。また、地震荷重を模擬した水平荷重試験を行い、高圧ガス設備等耐震設計基準で設定されている「耐震設計構造物が保有すべき耐震性能」(通商産業省告示第五百十五号 第一条の三)に相当する荷重(震度6弱程度)を負荷した状況においても、シール性能が維持されていることを確認した。








4.今後の計画
 原子力機構は、ISプロセス法について、工業材料を用いた水素製造試験を計画している。今回開発した硫酸分解器に関する技術を用いて、実用プロセスで想定される反応条件下での水素製造技術を確立する予定である。
 なお、本技術は、一般の化学プラントなど、腐食環境下にあるプロセスへの適用が十分に可能であり、その適用範囲は極めて広い。

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