補足説明
 
背景
 1984年にイスラエルのシュヒトマンが電子回折法により発見した「準結晶」は、それまで知られていた結晶やアモルファスでは考えられない物質で、結晶では許されない5回対称性を有している。通常の結晶は並進対象性を持つことから、電子線回折像は1、2、3、4、6回の回転対称性のみしか許されないが、準結晶はそれに収まらない対称を示しており、その特異な性質についてはいまだ謎が多く、準結晶の発見は今までの結晶学の基盤を根底から揺るがすものであったといわれている。そのような準結晶の特性の解明は、基礎科学的にも、準結晶触媒などの開発に向けた実用化の面でも重要視されている。

実験条件(図1参照
 今回、原子力機構では、準結晶解析の鍵を握る「近似結晶」と呼ばれるCd-Yb合金単結晶について、新現象探索のため、幅広い温度圧力領域で(−268℃〜常温、常圧〜5万気圧)網羅的にSPring-8の放射光によるX線回折実験を実施した。
 今回実験対象としたCd-Yb合金単結晶の結晶構造及びそこに現れる原子団の構造を図1に示す。合金中には、Cd四面体型原子団(4Cd)を更に3つのシェル(20Cd,12Yb, 30Cd)で取り囲んだ正二十面体型の大きな原子団が存在する。この大原子団は、図のように体心立方 (bcc)構造を組むように配列している-図には、大原子団のうちCd四面体原子団とYbシェルのみ示した- 。Cd四面体原子団は、外側のシェルに囲まれているために、隣でも1.35nmと互いに遠く離れている。また、その方位は、常温常圧では、互いにばらばらの向きを向いている。(1nmは100万分の1mm)

実験手法(図2参照
 今回実施した低温・高圧下でのX線回折実験装置の配置は、図2のとおりである。
 単結晶試料をダイアモンドアンビルセル(DAC)に封入し、試料に高圧力をかける。DACは冷凍機に取付け、DACごと試料を冷やす。低温高圧状態になった試料に放射光X線を照射し、試料から散乱される回折X線を2次元検出器(イメージングプレート)に記録する。この回折X線のパターンから物質内部の原子配列情報が得られる。
 回折X線パターンは、冷凍機ごと試料を回転させながら撮影し、あらゆる方向の原子配列情報を取得する。
 (DAC :対向する2つのダイアモンドのアンビルで試料室を挟み、押し込みながら圧力を発生させる装置)

結果(図3参照
 Cd-Yb合金は正二十面体型大原子団を積み重ねた構造をとるが、今回の実験で、大原子団の中心にある4原子からなるカドミウム原子団が、その4面体形状の凸部を互い違いに向けて並ぶなど、合計8種類もの配列パターンを示し、それらが温度圧力に応じて組み替わることを観測した。この物質は、Cd-Yb準結晶とは同一の大原子団を持ち、その隣接関係が共通するなど構造類似性が高く、また、原子団同士に及ぶ作用の分析に適している。特に今回は、隣以上に離れた位置にある4面体原子団の間に働く遠隔的な作用の存在が初めて明らかとなった。また、合金中を動き回る電子を介して働くと考えられるこの新作用によって、多様な変化が生じたことも明らかにされた。
 図3に今回の実験で見出された低温・高圧下でのX線回折パターンとCd四面体の配向秩序構造を示す。体心立方(bcc)構造であることを示す常温常圧の回折パターンに比べて、低温高圧下(2.7万気圧170K、および、 5.2万気圧170K)の回折パターンには、矢印で示したように新しいスポット(261,351,5/2 11/2 1,7/2 9/2 1)が現れている。これは、向きが互いにばらばらだったCd四面体が、図のように秩序だった配向に変化したことを示している。ここでは、代表的な2種類の配向秩序構造を示したが、温度圧力に応じてその他5種類におよぶ配向秩序構造が出現した。(170Kは−103℃)

意義・波及効果
 今回の成果は、結晶でもアモルファスでもない第3の固体と言われる「準結晶」の特異な性質の解明の突破口になると考えられる。更には、今回、多様な変化を引起す原因としてその存在が示された新しいタイプの電子-格子相互作用を利用することにより、準結晶の構造と安定性の関係について研究が進み、準結晶物質に対する理解が飛躍的に進むと予測され、準結晶の触媒、磁性などの実用材料への応用につながる可能性がある。具体的には、触媒の科学と技術に新展開をもたらす触媒活性化メカニズムの解明や耐久性に優れた低温活性触媒の開発、磁性材料や熱電材料などの開発に繋がるものと期待される。

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