補足説明

研究の背景
 固体が示す物理現象には電子が関与している。ウランやプルトニウムなどの核燃料物質をはじめとするアクチノイド元素は、5f電子という他の元素にはない独特の電子を持ち、これらの物質が示す特異な磁性や超伝導など、様々な現象に関与している。アクチノイド元素はいずれも放射性物質であるためにさまざまな規制を受け、特にネプツニウム以降の超ウラン元素を扱える施設は、世界的にも多くは存在しない。
 原子力機構では、以前からウラン化合物の磁性や超伝導の研究を行ってきた。これまでに、ウラン化合物における奇パリティ超伝導(1995)、反強磁性ウラン化合物における磁気媒介型の超伝導(1998)などの研究成果を発表してきた。2003年より、ネプツニウム化合物の研究を開始した。東北大学塩川教授のNp金属調整技術を核に研究を展開し、超ウラン化合物として初めてのフェルミ面の観測へとこぎ着けた。プルトニウムはより規制が厳しい上、放射能も強いが、原子力機構のプルトニウム研究施設を活用することによりプルトニウム化合物超伝導体の単結晶育成と、超伝導メカニズムの解明に成功した(2005)。
 アクチノイドは、アクチニウム、トリウム、プロトアクチニウム、ウラン、ネプツニウム、プルトニウム、と続く15の元素から構成される。これらのうち、トリウムとウランは天然に存在するが、それ以外は原子炉内などでの核反応により生成される人工元素である。これらの元素を特徴づけているのは、5f電子と呼ばれる電子である。過去の研究により、ネプツニウムまでの軽アクチノイドでは5f電子は物質中を自由に動き回るが、アメリシウム以降の重アクチノイドでは、原子核付近に存在すると考えられている。プルトニウムはちょうど両者の中間に位置するため、両方の性格が見られると予想されている。このような領域では、電子は互いに強い相互作用をうけつつ運動し、超伝導や磁性の新しい状態が実現することが多いが、理論的には最も扱いにくい状況である。


PuIn3とその単結晶育成方法
 プルトニウムは、強い放射能と核燃料物質としての規制のため、実験は様々な規制下におかれている。今回の実験の目的は低温の量子振動(ドハース・ファンアルフェン効果)実験によるフェルミ面の直接観測であり、このためには極めて純度の高い単結晶試料が要求される。
 一方、プルトニウムの強い放射能は、その放射線による自分自身への損傷(放射線損傷)と、放射線による発熱を引き起こし、これらはいずれも低温実験を困難にしている。
 PuIn3は、立方晶の結晶構造を持つ。ドハース・ファンアルフェン効果を観測するためには、電子が不純物による散乱を受けずに動き回れるような純粋な試料が必要とされる。このような試料を作る方法の一つがフラックス法と呼ばれる手法であり、PuIn3に適した手法である。フラックス法では、原料プルトニウムを低融点金属(インジウム)に溶かし1100℃ で完全に溶解させる。これをゆっくり冷却すると、PuIn3が単結晶として析出してくる。このようにして得られた単結晶を図1に示す。
 ドハース・ファンアルフェン効果は、放射能汚染を防ぐために試料を密封容器に封入し、東北大学の実験施設に運搬して行った。Pu化合物は自分自身の放射能により損傷を受けるので、これらの作業は可能な限り迅速に行わなければならない。


フェルミ面
 伝導電子はいろいろな方向に様々な速さで動くことができる。伝導電子の質量と運動の速さの積を運動量とよぶ。運動量空間で伝導電子をエネルギーの低いものから順に詰めていったときの最大のエネルギー値がフェルミエネルギーであり、フェルミエネルギーを持つ電子の分布状態を表したものがフェルミ面である。3次元的に自由に動きまわれるときは球状のフェルミ面となる。


ドハース・ファンアルフェン効果
 金属や半導体など伝導電子をもつ物質の強磁場に対する磁化率が、磁場Hの逆数1/Hの関数として周期的に変化する現象をドハース・ファンアルフェン効果という。1/Hに対する周期の逆数がフェルミ面の断面積に比例するので、振動を解析することにより金属のフェルミ面を決定できる。
 図2はPuIn3のドハース・ファンアルフェン振動である。この振動を、磁場の方向を変えながら測定することにより、様々な方向のフェルミ面の断面積がわかる。これからフェルミ面が構築できる。図3は、ドハース・ファンアルフェン振動数の角度依存性である。実験値を○で、理論計算による予測を実線で示す。観測されたデータは、実験の予測と見事に一致している。一方、理論からは、実験で観測された点以外にも振動が存在することを示している。理論で得られたパラメータを検討すると、実験的に見られた領域以外では非常に振幅が小さくなっていることがわかった。
 図4には、理論で得られたフェルミ面と、実験で観測された軌道を示す。ドハース・ファンアルフェン効果では、小さなフェルミ面だけが観測された。また、電子の有効質量は、自由電子に比べて5倍大きくなっており、5f電子が動いていることの実験的証拠といえる。






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