【背景】

2009年ドイツの研究グループによってスキルミオン(図1)と呼ばれる渦状の磁気配列状態が発見されました。スキルミオンは一度生成すれば比較的安定に存在し、ナノサイズの粒子のように振る舞うという性質があります。また極めて小さな電流や熱勾配で動かすことが可能であり、生成や消滅に要する時間も短く高速動作が可能であると理論的に予測されています。そのためスキルミオンを情報キャリアとして応用すれば、超高密度、低消費電力、不揮発性、高速動作性を兼ね備えたユニバーサルメモリが実現できる可能性があります。

図1 ナノサイズのスキルミオンの模式図とスキルミオンを用いた磁気メモリの概念図
スキルミオンの有無をコンピューター上の情報である1と0に対応させることで、スキルミオンを磁気メモリとして利用する。

ただし、スキルミオンメモリの実現には、スキルミオンの生成と消滅の手法を確立する必要があります。これまで電流、磁場、熱といったさまざまな制御方法が理論的に提案されてきましたが、その検証は容易ではなく、実際にスキルミオンの制御に成功した実験は数例しかありません。そのため、より簡便で汎用性の高い生成・消滅の方法論を実験的に示すことが、スキルミオンメモリの実現には重要でした。一方、共同研究グループは、これまでの研究からスキルミオンが弾性を持ち、力学的にも顕著な応答を示すことを明らかにしていました注)。また最近では、歪みを加えることでスキルミオンが大きく変形することも明らかになっていました。

注)Y. Nii, A. Kikkawa, Y. Taguchi, Y. Tokura and Y. Iwasa, "Elastic Stiffness of a Skyrmion Crystal", Phys. Rev. Lett. 113, 267203 (2014).

【研究手法と成果】

共同研究グループは、従来の研究で注目されてこなかった「応力」に着目し、スキルミオンが実現する典型物質であるマンガン(Mn)とケイ素(Si)の合金(MnSi)を対象としてスキルミオン相の力学的な生成と消滅を試みました。

スキルミオン相の存在を高感度で検出する方法の一つとして試料にコイルを巻き振動磁場を発生させ、その応答を調べる交流帯磁率測定というものがあります。本研究では、作製したMnSi単結晶にコイルを巻いてこの交流帯磁率測定を行いつつ、開発した一軸応力プローブ[5]を用いて連続的に応力を変化させました。低温磁場下において力学応答を詳細に調べた結果、応力を加える方向に応じてスキルミオン相を生成したり消滅したりできることを明らかにしました(図2)。図3は一例として磁場と平行に力を加えたときの交流帯磁率の変化を示します。スキルミオンの力学的消失に対応して交流帯磁率が大きく上昇しているのが分かります。

図2 スキルミオンの力学的な生成と消去の概念図
物質に横方向(外部磁場と垂直)の力を加えることでスキルミオンを生成でき、縦方向(外部磁場と平行)の力で消去できる。

さらに、茨城県東海村のJ-PARC物質・生命科学実験施設のビームライン「大観」にて、応力を変化させながら中性子小角散乱実験[6]を行い、磁気散乱パターンの変化より、力を加えたことによるスキルミオン相の消失を直接的に確かめることに成功しました。

本研究では応力を連続的に制御することで、力学的外場によってスキルミオンの安定性を制御できることを初めて示しました。スキルミオン1個の生成・消滅に必要な閾応力は1~10マイクログラム程度という極めて微小な力です。原理的には汎用の走査プローブ顕微鏡のカンチレバー先端を物質に押し付けることで、単一スキルミオンの消去が可能です。

図3 一軸応力をスキャンしたときの交流帯磁率の変化
交流帯磁率の低い状態がスキルミオン相、高い状態がコニカル相に対応する。無負荷の状態で安定なスキルミオンが応力のもとでは消失しているのが分かる。

【今後の期待】

本研究は、従来と原理的に異なる、力学的なスキルミオンの生成・消滅方法を初めて提唱したものです。比較的簡便な力学的手法を他の電気・磁気的手法と組み合わせることで、スキルミオンの研究発展に貢献するとともにスキルミオンを用いた次世代型磁気メモリへの新たな開発指針を与えるものと期待されます。

【論文情報】

<タイトル>
Uniaxial stress control of skyrmion phase
<著者名>
Y. Nii, T. Nakajima, A. Kikkawa, Y. Yamasaki, K. Ohishi, J. Suzuki, Y. Taguchi, T. Arima, Y. Tokura, and Y. Iwasa
<雑誌>
Nature Communications
<DOI>
10.1038/NCOMMS9539


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