【研究の背景と目的】

高強度レーザー技術開発の進歩によって、現在、瞬間的なパワーがペタワット注7に達する強いレーザー光を発生できるようになっています。このようなレーザー光を直径数ミクロン(1ミクロンは千分の1ミリ)という小さな範囲に集光して、鉄やそれよりも質量が重い元素の薄膜に照射すると、薄膜表面は瞬時にプラズマ状態になり、それと同時に薄膜の中の電子の集団は光の速度に近い速さでレーザー光の進行方向に放出され、薄膜を貫通して裏面方向へ抜け出します。その結果、薄膜裏面外側に薄いシート状の電子雲が形成され、薄膜裏面に残されたプラスの電荷を帯びたイオンとの間の極めて狭い範囲(数ミクロン)に、雷が落ちる際に大気中に形成される電場の強さの百万倍以上に相当するほどの非常に強い電場が形成されます。このような非常に強い電場に曝されることで、薄膜裏面のイオンは、周りにまとっている電子の大多数を一気にはぎとられ、全ての電子をはぎとられた状態の「裸」イオン(原子核)または、「裸」イオンに近い状態(電子を1~2数個残した状態)の多価イオンとなります。生成した「裸」イオン(原子核)や多価イオンは、プラスの電荷を持つので、強い電場に曝されることで瞬時にターゲットから離れる方向に加速されイオンビームとして飛び出します。その際、電場が強いほどイオンは強く加速を受け、さらに、「裸」イオンに近いほど強く加速されます。

このような強いレーザー光を用いることで、重元素の「裸」イオン(原子核)や多価イオンのビームが生成可能なことは、理論的に予測されてはいましたが、実験的に観測された例は今までありませんでした。 その主な理由として、1)重元素の取り出しに最適化した薄膜ターゲットの検討が十分では無かった。2)重元素の「裸」イオン(原子核)や多価イオンビームの信号のみを分離して検出できる検出器が無かった。3)重元素イオンがどこまで電離したか(「裸」イオン状態になったか)を同時検証した例が無かった。 の3つが挙げられます。

現在、産業・医療や基礎物理研究等への利用目的で高エネルギーの原子核を生成する場合、静電型や高周波型の大型加速器注8が使われています。加速器が大型になる理由は、加速器中で使われる加速電場の強さが、1メートルあたり百万ボルト程度(ちょうど雷が落ちる際の電場の強度と同じくらい)までしか高められないことや、電子をたくさんまとった原子を瞬時に「裸」イオン(原子核)にする技術がなかったために、加速途中に電子をはぎ取るための荷電ストリッパーが必要になるためです。これに比べて、今回共同研究チームが行った極めて短い時間の光を用いて(レーザー駆動型)原子核を瞬時に生成・加速し取り出す手法は、非常に小さい領域から高エネルギーに加速された「裸」イオンを取り出すことができるので、従来の重イオン加速に比べて、装置の小型化が可能となります。さらに、従来型の方法では、重イオンを加速するのにミリ秒の時間を要していましたが、光を使う手法では、1秒の百兆分の1程度の時間で加速されるので、短寿命の原子核を調べるなど、全く新しい時間領域の原子核の現象を観測できる可能性があります。

【研究成果の手法】

今回、以下に示す3種類の技術的な要素を導入することで、ほぼ「裸」イオン状態の鉄の原子核を作り出し、瞬時に高エネルギーにして取り出し・加速することに成功しました(図1)。

1) 標的(薄膜ターゲット)の設計
2) 重いイオンのみ検出できる固体飛跡検出器の導入
3) 鉄の原子核がどこまで電子がはぎ取られた状態かをX線結晶分光器で計測

図1
図1 高い光強度のレーザーを、加速して取り出したい鉄を仕込んだターゲットに照射し、世界最高エネルギーのほぼ「裸」イオンの状態の鉄の原子核を高エネルギーに加速して取り出すことに成功しました。ほぼ「裸」イオン状態の鉄の原子核のエネルギーは新型の固体飛跡検出器で計測し、その鉄イオンがほぼ「裸」イオン状態(原子核)であることはX線の検出器を用いて確認しました。

1)標的(薄膜ターゲット)の設計

より「裸」イオンに近い状態の原子核を生成し、より高エネルギーにまで加速するためには、できるだけ強い加速電場を生成することが必要です。そのためには、薄膜ターゲットの材質と最適な厚みを選ぶ必要があります。今回の実験において、薄膜ターゲットの材質として、これまでの経験から安定した品質の薄膜を作ることができるアルミニウムを採用したうえで、最適な厚みに関しては、ターゲットの厚みを少しずつ変化させた場合の、加速電場の強度を実際に測定しながら、加速電場が一番強くなる厚み(厚さ0.8ミクロン)を見出しました。

このように最適化された厚みのアルミニウム薄膜を基盤として、表面に加速したい鉄の原子(被加速粒子と呼びます)を薄膜裏面にごく少量均等に分布させました(原子の個数比でアルミニウムの約0.5パーセント量に相当)。このようにして最適化された設計の薄膜ターゲットを用いることで、非常に強い強度の加速電場を生成し、鉄の原子核をほぼ「裸」イオン状態にして加速することに成功しました。

2)重いイオンのみ検出できる固体飛跡検出器の導入

強いレーザー光を標的(薄膜ターゲット)に照射することで生成するレーザー生成プラズマからは、「裸」イオン状態の重い原子核だけではなくて、様々な種類の放射線、すなわち電子、X線、γ線、中性子線などが発生します(放射線混成場と呼びます)。そのような高いノイズの環境場において、検出したいと思っている原子核の信号のみを計測することは容易ではありません。そこで、神戸大学が有する固体飛跡検出器の技術を応用し、高ノイズ環境下においても、ネオンよりも重い原子核にしか感度を示さないという特徴をもつポリイミドを検出材料とした固体飛跡検出器を新たに開発し、実験に用いました。本研究においては百万個の鉄の原子核が高エネルギーまで加速されてターゲットから引き出されたことが、この検出器によって明らかとなりました。

図2
図2 重い原子核にのみ感度のある固体飛跡検出器の一種であるポリイミド。 a)ポリイミドの写真。実験では、70mmx70mmx125mmのフィルムを複数枚重ねて使用。 b)ポリイミドの表面を顕微鏡で計測した様子。多くの黒い穴は鉄の原子核がポリイミドに打ち込まれてできた穴。 c)ポリイミドの表面を顕微鏡で計測した様子。わかり易いように鉄による黒い穴が少ない領域を拡大して表示している。

3)鉄の原子核がどこまで電子がはぎ取られた状態かをX線結晶分光器で計測

鉄の原子核がどこまで「裸」の状態になったかを計測するための手段として、X線結晶分光器を用いました。本実験で生成される鉄の「裸」イオンや多価イオンは、プラスの電荷をもっているので、プラズマ中を自由に動く電子と引き合います。その結果、ある確率で、電子は原子核に捕まえられ原子核の周りの軌道に戻ってきます。その際に電子が失うエネルギーがX線(光)として放出されます。この時に放出されるX線のエネルギー(X線の波長)は、鉄のイオン化状態ごとに特有の値になることが決まっているので、X線の波長を調べれば、どのような鉄のイオン状態ができているかを知ることができます。

今回計測したプラズマからのX線には、鉄に1つしか電子が残っていない状態と、2つしか電子が残っていない状態の鉄イオン特有のX線の信号がはっきりと計測され(図3)、加速を受けている鉄がほぼ「裸」イオン状態であることが判りました。

図3
図3 X線結晶分光器によって計測されたレーザー生成プラズマからのX線。鉄の原子核の周りに電子が1つのみ存在する状態と2つ存在する状態のイオンからのX線の信号が計測された。

【得られた成果】

これまで、レーザーを用いて原子核を加速する実験においては、陽子を加速する実験のみが注目を集めてきました。陽子以外の原子核を「裸」イオンにして加速して取り出した、という報告はあっても、そのほとんどが比較的軽い炭素、酸素に関する報告でした。これらは今までレーザー光の強さが十分に強くなかったことに加え、重い原子核の取り出しに最適化したターゲットの検討が不十分であったことや、通常用いられてきた検出器が、重い原子核の信号を他の原子核からの信号から精度よく分離することができなかったことなどが原因です。今回、共同研究チームは、膜厚を最適化したターゲットの開発や、ポリイミド膜を用いた新型検出器開発、更に精密なX線分光を組み合わせることで、「裸」イオン状態の鉄原子核や、それに近い状態の多価イオンが薄膜から高速で飛び出していることを世界で初めて実験的に明らかにしました。

【今後の予定】

鉄よりも重い元素は、星がその一生の最後に起こす大爆発(超新星爆発)中で形成されると考えられていますが、我々が手にすることのできる原子核以外にも様々な原子核が同時に生成されていると考えられています。例えば、非常に短時間しか存在できないような不安定な原子核がそうです。しかしながら、我々はそのような不安定な原子核を地球上で手にすることはできません。原子核物理研究の分野における最先端の技術を駆使することで、模擬的に実験室で生成することは出来ても、その多くはごく短時間で消滅してしまうために、それらを取り出して詳細に調べることは非常に困難を伴います。

今回開発した技術を用いることで、さまざまな種類の重イオンに瞬時に加速エネルギーを与えることが可能となります。すなわち、不安定な重イオンに関しても、今回の技術は適用できます。これまで地球上で実際観測することができなかった不安定な重元素を、従来の加速器技術を駆使した元素合成により実験室で模擬的に生成したのち、本技術で「裸」イオンに近い状態にして高エネルギーで取り出し、あらたな元素生成過程の発見に貢献するという展開が期待できます。すなわち、最先端の原子核物理の分野の技術と、超高強度レーザーの技術の融合により、新しい物理的な発見が期待されます。


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