【研究の背景と経緯】

ある種の物質を冷やしていくと低温で2つの電子がペア(クーパー対)を組み、電気抵抗がゼロとなる超伝導状態が実現します。しかし、超伝導転移温度以下でのみこのペアが形成されるわけではなく、転移温度より少し高い温度でも、熱ゆらぎの効果によりこのペアは形成されます。この熱ゆらぎ(※1)によるペアは、泡のように生成・消滅を繰り返し、その結果、超伝導状態の前兆ともいえる「超伝導ゆらぎ」が発現します。この超伝導ゆらぎは、様々な物理量に影響を与えます。特に磁場中の熱電変換効果の一種である熱磁気効果(ネルンスト効果)(※2)は、超伝導ゆらぎの性質を調べる上で重要な物理量として知られています。通常の超伝導体では、この熱磁気効果の大きさ自体はあまり大きなものではなく、熱電変換材料(※3)としてはあまり注目されていませんでした。

本研究ではウラン化合物超伝導体URu2Si2(U:ウラン、Ru:ルテニウム、Si:ケイ素)の超純良試料を用い、超伝導ゆらぎに起因した熱磁気効果を精密に測定しました。その結果、試料の純良性が増すほど、超伝導ゆらぎの効果は熱磁気効果に顕著にあらわれました。これは、超伝導体においてこれまで観測された実験結果と定性的に異なっています。さらに、熱磁気効果の大きさは、従来の超伝導体を良く説明するゆらぎの理論から予想される値の100万倍に達することもわかりました。URu2Si2の超伝導では、クーパー対を形成する2つの電子が、互いの周りを右回り、または左回りのどちらか一方向に回転している新奇な超伝導状態が実現していると考えられています。このような超伝導体はカイラル超伝導体と呼ばれており、そのクーパー対は従来の超伝導体にはない新奇な幾何学的構造を持ちます。このようなカイラル超伝導体では、超伝導の泡の表面を流れるペア電子によって、伝導電子が散乱されます(図)。この散乱過程に基づいた新しい理論によって、本実験結果は定量的に説明されることが明らかになりました。

図1

図 : 熱磁気効果を引き起こす新しいメカニズムの概念図。左右に温度差をつけて左から右に熱流を流し、紙面に垂直に磁場をかけたときに上下に電圧が発生する。超伝導の泡(超伝導ゆらぎ)の表面を流れるペア電子によって伝導電子が散乱される。

【研究成果の意義】

本研究の結果は、カイラル超伝導状態という新奇な超伝導状態を、超伝導ゆらぎを通して初めて観測したものです。従来の超伝導体にはなかった新しいメカニズムによる超伝導現象を見出したものであり、今後の超伝導基礎研究の発展につながることが期待できます。

 また、巨大熱磁気効果により、熱電変換効率の指標となる性能指数が従来の物質と比べて非常に大きくなることがわかりました。我々の見積もりでは、1テスラ(10000ガウス)の磁場、1.5ケルビン(約マイナス272℃)において、無次元性能指数(※4)が実用化の目安になる1に達することから、この物質は低温における熱電変換効率が極めて優れているといえます。今後の展望として、本研究で見いだされた新しいタイプの超伝導ゆらぎのメカニズムを利用した、熱電変換材料の開発・応用が期待されます。

【発表雑誌】

書誌情報:英国科学誌 Nature Physics
論文タイトル:「Colossal thermomagnetic response in the exotic superconductor URu2Si2
著者:T. Yamashita, Y. Shimoyama, Y. Haga, T. D. Matsuda, E. Yamamoto, Y. Onuki, H. Sumiyoshi, S. Fujimoto, A. Levchenko, T. Shibauchi, and Y. Matsuda
DOI: 10.1038/nphys3170


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