【研究開発の背景と目的】

原子炉容器などの溶接構造物の設計・施工では、溶接に伴う強度低下などを的確に防止することが求められます。この強度低下の主要因としては、欠陥の生成や引張り型の残留応力1)の発生があります。このためまずは、レーザー照射により固体金属が加熱し、溶けた後、固まってゆく一連の時間的な変化を定量的に把握することが求められます。「その場観察」は、欠陥が生成する様子や、空間的な温度分布に影響を与える溶けた領域内部の流れの把握を可能とします。この温度分布が、引張り型残留応力を発生させる主要因であるため、流れの把握は、結果として残留応力の定量評価にも繋がります。しかしながら従来では、このような流れの観察を可能にする実験環境や数値シミュレーションを行う環境が十分に整っていなかったため、それを実現することができませんでした。

本研究は、SPring-8放射光X線による高精度な「その場観察」と計算科学による数値シミュレーション技術を併用することにより、レーザー照射による溶けた金属領域の拡大と収縮の時間的な変化と、溶けた領域内部の流れを把握した上で、適切な残留応力を付与するための技術を確立しようとするものです。

【研究の方法と成果】

本研究は、大型放射光施設SPring-8の原子力機構専用ビームラインBL22XUにレーザー装置を持ち込んで行いました。高輝度単色性2)により特徴づけられるSPring-8単色放射光X線は、材料に対する透過性が非常に優れている上に、材料のわずかな重さの差が画像にくっきりと反映される優れた特徴を有しています。このX線をアルミニウム合金の表面に直径0.05mmの炭化タンタル粒子を配置した材料の上部より照射し、透過したX線をCCDカメラで捉えることにより、材料を破壊することなく内部の様子を時々刻々見ることができます(イメージング法)。実験ではこの技術を利用し、図1左上のように、レーザーの照射により溶けて液体化したアルミニウム合金の領域と固体アルミニウム合金の領域の僅かな密度差(~8 %)から、溶けた領域と固体領域の界面(固液界面)の時間変化を0.02秒、空間変化を0.04 mmの精度で観測することに成功しました。他方、炭化タンタルは融点が高いために、アルミニウム合金が溶ける状況でも粒子のままです。しかも密度がアルミニウム合金に比べてはるかに大きいため、X線が透過しにくく、図1(a),(b)の点線で囲った部分のように影絵としてその位置を観察することができます。

図1

図1 SPring-8放射光X線を用いた固液界面の時間変化と溶けたアルミニウム合金内部の対流の様子の「その場観察」実験  (:時間の進行とともに変化する炭化タンタルの位置)

これによって、レーザー照射中この炭化タンタル粒子の動きを時々刻々追跡することにより、溶けたアルミニウム合金内部での対流の様子を「その場観察」することに成功しました。これら固液界面の時間変化と溶けたアルミニウム合金内部の対流の様子の同時かつ高精度な「その場観察」は、当研究グループが世界に先駆けて達成したものです。

更に、レーザー溶接3)プロセスに影響を及ぼす様々な物理現象を定量的に理解できるようにするため、計算科学シミュレーションコードSPLICE4)を新たに開発しました。このSPLICEコードは、レーザー光が材料に照射され、固体材料が溶けて液体になり、再び固まるまでの一連の物理現象を多階層スケールモデル5)などを利用して一気通貫で取扱うもので、これにより様々なスケールの物理現象が複雑に絡み合うレーザー溶接プロセスを精度良く評価することを初めて可能にしています。

図2

図2 SPLICEコードによる溶融アルミニウム対流挙動の評価

図2には、熱の広がりの速さを規定する熱伝導度を人為的に変更し、この影響をSPLICEコードで評価したものです。このようなSPLICEコードによる解析結果を利用して現象を評価することで、レーザー溶接プロセスに影響を与える様々なパラメータを分離して評価することができ、適切な残留応力を付与するためのパラメータ設定のための検討を定量的に行うことができるようになりました。以上の成果の詳細は、最近出版された下記原著論文に記述されています。

【今後の期待】

大阪大学と共同提案した溶接機器の革新的な生産・製造技術の確立を目的とする「高付加価値設計・製造を実現するレーザーコーティング技術の研究開発」が、内閣府が推進するSIPプログラム「革新的設計生産技術」6)に採択され、この中で本研究成果を積極的に活用してゆく予定です。

【原著論文】

1. 著者:T. Yamada, T. Shobu, S. Yamashita, A. Nishimura, T. Muramatsu and Y. Komizo
タイトル:Visualization technique for quantitative evaluation in laser welding processes書籍:In-situ Studies with Photons, Neutrons and Electrons Scattering Ⅱ 出版社:Springer (Heidelberg)  掲載ページ:pp.201-215 (2014).


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