1.背 景

原子番号103を超える非常に重い元素は超重元素と呼ばれ、全て重イオン加速器を利用した核融合反応によって人工的に合成されます(図1)。超重元素の領域では、原子核が持つ大きな核電荷によって電子軌道が大きく変化し(相対論効果[7])、化学的性質に影響を与えることが理論的に予測されています。新しく発見された元素がこれまで知られている周期性に従った性質を示すのか、あるいは、強い相対論効果の影響で思いがけない性質が出現するのかなどについて、実験的に検証することは興味深い研究テーマです。しかし、超重元素の生成率は極めて低く、生成されても寿命は1分間以下と短いため、一度の化学実験にわずか1個の原子しか取り扱うことができません。そのため、超重元素では原子核の存在は確認されているものの、化学的性質はほとんど分かっていません。超重元素の化学は、究極の微量元素分析といわれています。

化学実験に利用できる長寿命の超重元素の同位体は、加速器で高エネルギーに加速した酸素(18O)やネオン(22Ne)などの重イオンビームを、標的のキュリウム(248Cm)などのアクチノイド元素に衝突させることで起きる核融合反応によって合成されます。これまでの超重元素の化学実験では、核融合反応により標的から反跳分離[8]された超重元素をガスジェット法[9]によって、直接、気体または液体クロマトグラフ装置に運んで分析を行っていました。また、不安定な原子核のアルファ壊変[10]自発核分裂壊変[11]を検出することで、超重元素を同定していました。

しかし、これまでの手法では、超重元素とともに大量の副反応生成物が化学分析装置に混入するため、放射線計測による超重元素の同定が妨害され、研究対象にできる元素が限られ、化学実験系も自由に構築できませんでした。図2aに従来のガスジェット法を用いて、106番元素シーボーギウム(Sg)の同位体265Sgを合成したときのアルファ粒子[10]のエネルギースペクトルを示します。図に示されているように、副反応生成物であるポロニウム(Po)同位体からの大量のアルファ粒子により、265Sgの同定が妨害されます。このようにSgよりも重い超重元素の化学研究では実験手法に問題点が多く、革新的な解決策が切望されていました。

理研と原子力機構を中心とする日本の核化学研究グループは、次世代の超重元素化学研究を進展させるため、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」において、重イオン線形加速器「RILAC」と気体充填型反跳分離器「GARIS」を利用した新しい超重元素化学分析システムの開発を進めてきました(図3)。

GARISは、ビームの原子核や、ビームによってはじき出された標的の原子核、ビームと標的の原子核の一部が融合した不要な生成物などの副反応生成物を取り除き、目的の原子核だけを効率よく確実に分離できる装置です。同研究グループは従来のガスジェット法の欠点を解決するため「GARISガスジェット法」を開発しました(図3)。113番元素などの新元素の探索実験に用いられてきたGARISを化学実験前に利用することにより、超重元素を極めて低い放射線バックグラウンドの下で化学分析することができるようになります。また、これまで不可能であった化学反応が適用可能となります。同研究グループは2012年、Sgの化学研究に必須である同位体265Sgを生成し、世界に先駆けて化学実験室に取り出し、合成核反応データや壊変データを取得することに成功しています。GARISガスジェット法を用いて265Sgを化学実験室に運び計測したアルファ粒子のエネルギースペクトルが図2bです。主な副反応生成物であるPoの大部分が除去され、265Sgと265Sgが壊変する過程でつくられる261Rf(104番元素ラザホージウム)と257No(102番元素ノーベリウム)のピークが明確に観測されています。

Sgは1974年に発見されて以来、元素の周期表上で第7周期の第6族元素として並べられてきました(図1)。しかし上で述べた実験の困難さのために、Sgの気相化学実験としては、単純な無機化合物であるオキシ塩化物とオキシ水酸化物を対象とした2例が報告されているだけで、詳細な化学的性質は分かっていませんでした。同じ6族元素のクロム(Cr)、モリブデン(Mo)やタングステン(W)は、いずれも揮発性の高いヘキサカルボニル錯体を形成することが知られています。Sgが周期表の周期性に従って、MoやWと同じヘキサカルボニル錯体Sg(CO)6を形成するかどうかを確認すれば、Sgが6族元素であることが、より信頼性のおけるものとなります。相対論的分子軌道計算では、SgはWと同様に揮発性の高いヘキサカルボニル錯体Sg(CO)6図4)を形成することが予測されています。

2.研究手法と成果

国際共同研究グループは、GARISガスジェット法の利点を最大限に生かして、Sgのカルボニル錯体の化学合成とその気相化学実験を行いました。実験の概念図を図5に示します。実験に用いる265Sgは、RILACで加速した22Ne6+イオンビームを248Cm標的に照射して合成しました。248Cm標的から反跳分離された265Sgイオンを、GARISの4つの電磁石によってビームや副反応生成物から質量分離し、続いてガスジェットチャンバー内でヘリウム(He)と一酸化炭素(CO)の混合ガス中に捕獲しました。ここで、Sgのカルボニル錯体を化学合成し、GARISガスジェット法によって数秒のうちにテフロン管を通して化学実験室に引き出しました。カルボニル錯体の化学分析は、32対のシリコン半導体検出器と液体窒素冷却装置からなる低温ガスクロマトグラフ装置「COMPACT[12]」を用いて行いました。また、MoとWの同位体(87,88Mo、164W)についても、マグネシウムイオン(24Mg7+)ビームをそれぞれ亜鉛(natZn、nat:天然同位体組成)とサマリウム(144Sm)の標的に照射して合成し、Sgと同様にカルボニル錯体の化学合成と化学分析を行いました。

17日間にわたる加速器実験で、265Sgの壊変過程で放出されるアルファ粒子または自発核分裂片を計18個観測することに成功しました。図6265Sgのカルボニル錯体のシリコン半導体検出器に対する吸着分布図を、87,88Moと164Wのカルボニル錯体の分布図と比較して示します。265Sg、87,88Moと164Wのカルボニル錯体は、同じ表面温度の検出器に吸着することが分かります。これにより、SgがMoやWと同様な揮発性の高いカルボニル錯体を形成することが明らかになりました。モンテカルロシミュレーション[13]により、カルボニル錯体の検出器表面の二酸化ケイ素(SiO2)に対する吸着エンタルピーを解析したところ、Sgのカルボニル錯体の吸着エンタルピーが、MoとWのヘキサカルボニル錯体の吸着エンタルピーと等しいことが分かりました。さらに、今回得られた吸着エンタルピーは、相対論的分子軌道計算による理論計算値とよく一致しており、Sgがヘキサカルボニル錯体Sg(CO)6を形成していると結論づけました。このことから、Sgが第6族元素に特徴的な化学的性質を持つことを高い信頼度で実証しました。

超重元素の気相化学実験は、これまでビームがガスジェットチャンバー内を貫く従来ガスジェット法の制限から、単純な無機化合物あるいは単体を対象としたものに限られていましたが、今回GARISガスジェット法を用いて、超重元素領域では初めての有機金属化合物Sg(CO)6の化学合成に成功しました。これまで調べられてきた無機化合物中のSgは高い酸化状態(6+)ですが、Sg(CO)6中の酸化状態は0で、Sgの電子状態や化学結合に関する新しい情報を得ることができました。

3.今後の期待

国際共同研究グループは今後、Sg金属とCO分子の結合の強さを調べるため、Sg(CO)6錯体の熱分解実験を行い、相対論的分子軌道計算と比較しながら相対論効果が化学結合に与える影響などをさらに検証していく予定です。今回のSg(CO)6合成の成功により、さらに重い107番元素ボーリウム(Bh)や108番元素ハッシウム(Hs)のカルボニル錯体の化学研究も視野に入ってきました。また、GARISによる質量分離とSg(CO)6の気相化学実験を組み合わせ、超低バックグラウンドでの新しいSg同位体の探索や詳細な原子核分光研究の展開も期待できます。

GARISガスジェット法により、従来の実験法では困難だったSg以上の新しい元素の化学実験、超重元素の有機金属錯体の化学合成や液体シンチレーション検出器を用いた超重元素の溶液化学研究などへの展開も期待できます。また、このような超重元素の化学的性質の研究は、相対論的分子軌道計算の精度を向上させ、原子力に重要な超ウラン元素の化学的性質のより深い理解に貢献することも期待できます。

原論文情報:

J. Even, A. Yakushev, Ch.E. Düllmann, H. Haba, M. Asai, T.K. Sato, H. Brand, A. Di Nitto, R. Eichler, F.L. Fan, W. Hartmann, M. Huang, E. Jäger, D. Kaji, J. Kanaya, Y. Kaneya, J. Khuyagbaatar, B. Kindler, J.V. Kratz, J. Krier, Y. Kudou, N. Kurz, B. Lommel, S. Miyashita, K. Morimoto, K. Morita, M. Murakami, Y. Nagame, H. Nitsche, K. Ooe, Z. Qin, M. Schädel, J. Steiner, T. Sumita, M. Takeyama, K. Tanaka, A. Toyoshima, K. Tsukada, A. Türler, I. Usoltsev, Y. Wakabayashi, Y. Wang, N. Wiehl, S. Yamaki, “Synthesis and detection of a Seaborgium carbonyl complex”. Science, 2014, doi: 10.1126/science.1255720


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