<補足説明>

[1] カルボニル錯体

一酸化炭素(CO)が配位した遷移金属錯体。周期表の第6族元素であるクロム(Cr)やモリブデン(Mo)、タングステン(W)は、COが6分子配位したヘキサカルボニル錯体を形成する。

[2] 国際共同研究グループ

ヘルムホルツ研究所マインツ(ドイツ)、重イオン研究所(ドイツ)、マインツ大学(ドイツ)、理化学研究所、日本原子力研究開発機構、ベルン大学(スイス)、ポールシェラー研究所(スイス)、近代物理研究所(中国)、広島大学、九州大学、新潟大学、カリフォルニア大学バークレー校(米国)、ローレンスバークレー国立研究所(米国)、埼玉大学。

[3] 重イオン線形加速器「RILAC」

RILACはRIKEN Liner ACceleratorの略。高周波電場を用いて、ウランまでのあらゆる元素の重イオンを直線的に加速する加速器。線形加速器では、多数のチューブ型電極が空洞の中に直線上に並べられている。電極の長さと高周波の周波数は、電極間の電場の向きがイオンの到達時間に同期して変わるように設計され、電極間を通過するたびにイオンが加速される。RILACは、重イオンを加速するために、低い周波数(18~45 MHz)で運転できるようになっており、また多種のイオンに対応するため周波数を変えることができる(可変周波数構造)。通常の線形加速器はパルス運転であるが、RILACは連続運転ができるため、平均ビーム強度が非常に高い。

[4] 気体充填型反跳分離器「GARIS」

GARISは GAs-filled Recoil Ion Separatorの略。重イオン核融合反応で合成した目的の原子核を、入射ビームや副反応生成物から、高効率・高分離能で分離、収集する装置。ヘリウムガスの充填により、目的とする原子核が標的からどのようなイオン価数で飛び出してきても、効率良く収集することができる。

[5] 吸着エンタルピー

気体状態の分子や原子がある物質表面に吸着する際に生じるエネルギー変化。通常、1モル(mol)当たりのエネルギー変化である[kJ/mol]を単位として表す。ガスクロマトグラフ実験で取得される物理量で、化合物や原子の揮発性の度合いを示す。

[6] 相対論的分子軌道計算

相対論的な電子運動の記述を取り入れた分子軌道計算。分子における一電子波動関数(分子軌道)を計算し、分子の最安定構造やエネルギーを求める。

[7] 相対論効果

超重元素のような重い原子では、中心にある原子核の正電荷が大きくなり、負電荷をもつ電子との相互作用が非常に大きくなる。すると原子核の近くにあるs電子やp電子(内殻電子)の速度は光速に近づき、相対論効果によって電子の質量が増大しその結果軌道半径が収縮する。一方、d電子やf電子(外殻電子)の軌道半径は、内殻軌道の収縮により原子核の正電荷が遮蔽され、反対に大きくなる。軽い元素でも相対論効果は見られるが、原子番号が大きい元素ほどこの効果は顕著に現れる。このように化学結合に関与する原子価電子の軌道が大きく変化し、超重元素は他の同族の元素とは異なる化学的性質を示すことがある。

[8] 反跳分離

原子核反応の結果生成した原子核は、運動エネルギー(反跳エネルギー)を持ち標的物質から飛び出す。この効果を利用して標的物質から同位体を分離することを反跳分離という。

[9] ガスジェット法

原子核反応の結果標的から反跳分離された原子核をヘリウムなどの気体中で捕獲し、ジェット気流にのせて迅速かつ連続的に標的チャンバーの外に取り出す手法。しばしば反跳原子核を塩化カリウムなどのエアロゾルに吸着させ、これを気流にのせて効率良く搬送する。

[10] アルファ壊変(α壊変) 、アルファ粒子

不安定な原子核の放射壊変の1つ。アルファ粒子(ヘリウム4の原子核で原子番号2、質量数4)を放出してより安定な原子核に壊変する。この壊変の結果、原子番号が2、質量数が4小さい原子核に変化する。核種に固有なアルファ壊変の寿命とアルファ粒子のエネルギーを測定することにより、265Sgと265Sgがアルファ壊変する過程でつくられる261Rfと257Noを明確に同定できる。

[11] 自発核分裂壊変

不安定な原子核の放射壊変の1つ。とくに原子番号の大きな原子核にみられ、自発的に2つ以上の原子核に分裂する壊変。

[12] COMPACT

COMPACTはCryo-Online Multidetector for Physics And Chemistry of the Transactinidesの略。超重元素の物理・化学研究のための低温ガスクロマトグラフ検出器のこと。超重元素の放射壊変の検出と気相化学分離を行うため、32対のシリコン半導体検出器でガスクロマトグラフの流路がつくられている。検出器には、室温から液体窒素温度までの温度勾配をかけ、超重元素(またはその化合物)の揮発性を調べることができる。重イオン研究所(ドイツ)を中心とする研究グループによって開発された。

[13] モンテカルロシミュレーション

乱数をモデルの変数に入れて模擬実験を何度も繰り返し、近似解を求める計算手法。超重元素のガスクロマトグラフ実験の解析において、カラム内を移動する気体分子や原子の様子をモンテカルロシミュレーションすることにより、カラム表面に対する吸着エンタルピーを得ることができる。

図1 元素の周期表(2014年9月現在)

オレンジ色で示されている104番以降の元素は、周期表上にそれぞれ並べられているが、化学実験の困難さのため信頼性の高い化学データはほとんど得られていない。今回、国際共同研究グループは、106番元素Sgの化学実験を行い、Sgが第6族元素に特徴的な化学的性質を持つことを高い信頼度で実証した。

図2 265Sg合成時におけるアルファ粒子のエネルギースペクトル

(a) 従来のガスジェット法を用いて取得したアルファ粒子のエネルギースペクトル。副反応生成物からの大量のアルファ粒子のため、265Sgのアルファ粒子を同定できない。
(b) GARISガスジェット法を用いて取得したアルファ粒子のエネルギースペクトル。副反応生成物であるポロニウム(Po)同位体がGARISによって分離除去され、265Sgとその壊変生成物261Rfと257Noのピークが明確に観測されている。214Po(7.687 MeV)と212Po(8.785 MeV)のピークは、それぞれ大気中に含まれる天然放射性核種222Rn、220Rnの娘核で、核反応生成物ではない。

図3 超重元素化学分析システムとGARISガスジェット法の概念図

ECRイオン源から引き出した重イオンビームを、可変周波数RFQとRILAC、CSMによって光速の10% の速度まで加速し、標的に照射すると核融合反応が起こる。気体充填型反跳分離器「GARIS」で核融合反応により生成される多量な副反応生成物を除去し、目的の原子核だけを焦点面に導く。その後、GARISに結合したガスジェット搬送装置内で化学試薬と反応させ、目的の揮発性化合物を化学合成した後、低温ガスクロマトグラフ検出器「COMPACT」に運んで、化学的性質を調べる(図5参照)。

図4 106番元素シーボーギウム(Sg)のヘキサカルボニル錯体Sg(CO)6

相対論的分子軌道計算によって、Sgは周期表第6族元素のモリブデン(Mo)やタングステン(W)と同様に、一酸化炭素分子(CO)が6分子配位したヘキサカルボニル錯体を形成することが予測されている。

図5 実験の概念図

標的から反跳分離された265Sgイオンを、GARISの4つの電磁石によってビームや副反応生成物から質量分離し、続いてガスジェットチャンバー内でヘリウム(He)と一酸化炭素(CO)の混合ガス中に捕獲する。ここで、Sgのカルボニル錯体を化学合成し、GARISガスジェット法によって数秒のうちにテフロン管を通して化学実験室に運ぶ。カルボニル錯体の気相化学分析を低温ガスクロマトグラフ装置「COMPACT」を用いて行う。

図6 シリコン半導体検出器の温度分布図と87,88Mo、164Wおよび265Sgのカルボニル錯体の吸着分布図

265Sgのカルボニル錯体の検出器に対する吸着分布図を、87,88Moと164Wのカルボニル錯体の分布図と比較して示す。265Sgのデータは、一酸化炭素ガスの流量と濃度が異なる複数の実験の結果を積算したもので、幅広い吸着分布となっている。265Sg、87,88Moと164Wのカルボニル錯体は、同じ表面温度の検出器に吸着することが分かる。また、モンテカルロシミュレーション(MCS)により、カルボニル錯体の検出器表面の二酸化ケイ素(SiO2)に対する吸着エンタルピーを解析したところ、Sgのカルボニル錯体の吸着エンタルピーが、MoとWのヘキサカルボニル錯体の吸着エンタルピーと等しいことが分かった。


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