【研究開発の背景と目的】

原子力機構は、イーター計画において、プラズマ周辺部の電子温度と電子密度を測定する周辺トムソン散乱計測装置の開発を担当しており、同装置の設計と主要機器の開発を進めています。トムソン散乱計測では、強力なパルス状のレーザー光をプラズマに入射し、プラズマ中の電子から散乱される光を分析することによって、電子温度と電子密度を測定します。電子からの散乱光(トムソン散乱光)は極めて微弱で、入射レーザー光の一千億分の一程度の光しか散乱されません。精度良く測定するためには、数千万分の一秒以下の短い時間に、高いエネルギーのパルス状のレーザー光を発射できるレーザー装置が必要です。また、時々刻々と変化するプラズマの状態を知るためには、高い繰り返しでレーザーパルスを発射する必要があります。イーターでは、1パルス当たり5 Jのエネルギーを持つレーザー光を100 Hzで発射できる、世界最高の性能を持つレーザー装置が求められており、その開発が大きな課題でした(図1参照)。特に、効率よくレーザー光を増大させるレーザー増幅器の開発が不可欠でした。

図1.世界のトムソン散乱計測用レーザー装置の性能比較(かっこ内は核融合実験装置の名称)

【研究の手法】

原子力機構では、臨界プラズマ試験装置JT-607)で用いていた、7.46 J/50 Hz(平均出力373 W)の計測用レーザー装置をこれまでに開発しており、それを基にイーター用レーザー装置の設計を進めました。しかし、繰返し周期を単純に2倍に上げるだけでは、レーザー光を増大させるレーザー増幅器への熱負荷が過大となり、レーザー光を大きく歪ませ(熱レンズ効果)、レンズなどの構成機器に損傷を与えるため、5 Jの実現は困難です。そこで、1パルス当たりに増幅器に投入するエネルギーを半減し、その代わりに、レーザー増幅器の数を2倍に増やして熱負荷を分散させることによって、5 J/100 Hzを同時に実現できる設計としました(図2、3参照)。しかしながら、投入エネルギーが減少すると、増幅器の増幅率が小さくなるため、効率的にエネルギーをレーザー光として取り出せないことが問題でした。

今回開発したレーザー増幅器(図4)は、コスト低減のためにフラッシュランプ励起方式とし、レーザー増幅器1台の筐体中に、2本のフラッシュランプと1本のレーザー結晶を2組内蔵する構造としました。また、フラッシュランプを点灯させるために、この増幅器に投入できる平均電力は約10kWで、フラッシュランプ点灯中に発生する熱を効率よく除去する冷却設計を行いました。

レーザー増幅器では、フラッシュランプによる強い励起8)によって、レーザー結晶内で発生する光のノイズ(自然放射増幅光9):ASEや白色光であるフラッシュランプ光中のレーザー波長と同じ波長の光)が増幅率を低下させる原因となります。サマリウムと呼ばれる金属を添加した特殊なガラスで増幅器内の光のノイズを選択的に吸収させることによって、増幅率を向上できることが知られていますが、どれだけ向上できるのか良くわかっていませんでした。今回、その効果を初めて定量的に明らかにし、増幅率(小信号利得10))を最大2.8倍向上させた効率の良いレーザー増幅器の開発に成功しました(図5)。これにより、半分の投入エネルギーでも従来と同程度の小信号利得が得られるようになりました。

レーザー増幅器では、増幅器に入射するレーザー光(被増幅光)の強度が十分に小さいとき、小信号利得は、図5のようになります。しかし、被増幅光が十分に小さい場合、増幅器で増幅されても、増幅光は、増幅器に蓄えられた光のエネルギーよりも小さく、蓄えられたエネルギーを効率よくレーザー増幅に使うことができません。今回開発したレーザー装置では、図2に示すように、1ビームラインあたり増幅器である4本のレーザー結晶を直列に配置し、その後に位相共役鏡11)と呼ばれる鏡でレーザービームを折り返すことにより再度増幅し、レーザー結晶に蓄えられたエネルギーを回収する配置としました(ダブルパス増幅)。効率よく増幅するためには、ダブルス増幅の復路で飽和増幅12)となるように設計する必要があります。小信号利得が小さいと、復路で飽和増幅とならないため、効率よくレーザーを増幅することができませんが、今回開発した小信号利得が高いレーザー増幅器は、復路で飽和増幅でき、効率の良いレーザーシステムを構築することができました。

さらに、イーターのレーザー増幅器では、フラッシュランプを高い頻度で交換する必要があり、効率的な実験運転の観点から、その交換や光軸の調整が容易に行える構造が求められています。そこで、レーザー結晶を固定したままでフラッシュランプを交換できる、保守性を格段に向上させた構造を新たに考案し、今回開発したレーザー増幅器に取り入れました。

なお、本研究の一部は大阪大学レーザーエネルギー学研究センターとの共同研究で行われ、レーザー増幅器の開発は、NECエンジニアリング株式会社の協力の下で実施しました。

図2.今回開発したレーザー装置の概略構成図

図3.運転中のレーザー装置の外観

図4.高出力レーザー増幅器の外観写真(上)と断面図(下)

図5.今回開発した増幅器の増幅率

【得られた成果】

以上の結果、イーターの要求性能を越える、最大エネルギー7.66 Jのレーザー光を100 Hzで発射できる(平均出力766 W)、世界最高性能のプラズマ計測用レーザー装置の開発に成功しました。これにより、イーターで必要とされている性能を達成し、イーターの周辺トムソン散乱計測装置の開発が大きく前進しました。フラッシュランプを容易に交換できるレーザー増幅器の構造については、これまでにない画期的なものであるため、特許を出願しました(固体レーザー装置 特願2012-40916)。また、このレーザー装置は、高度ながん治療方法として期待されているレーザー駆動粒子線治療器等にも応用可能です。

【今後の予定】

本研究成果は、平成24年5月に米国モントレーで開催される第19回高温プラズマ計測に関する国際会議で発表する予定です。

このレーザー装置は、イーター計画のための日韓協力の下で、韓国国立核融合研究所の超伝導核融合実験装置KSTARに取り付け、実際にトムソン散乱計測を行い、イーターの周辺トムソン散乱計測装置開発のための試験データを取得する予定です。


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