【用語説明】

1)相対論的プラズマ
極めて短いパルス幅を持つ強力なレーザー光をミクロン程度まで集光すれば、その集光点の強度が高くなり、1千兆分の1秒という極めて短い時間にほぼ光の速度まで電子が加速できるプラズマ状態が生成される。これを相対論的プラズマという。
2)コヒーレンス、コヒーレントX線
海の波のような波動と呼ばれる現象では、波の山と山が重なると高さが重ねあわされてその分だけ高くなる。また、波の山と谷が重なると、その高さと深さが同じ場合には相殺されてなくなると言った重ね合わせが生じる。このような波動現象における波の重ね合わせが原因で、波の高さや深さの顕在化(強弱)が生じることを「干渉が生じる」といい、この干渉の程度のことを「干渉性」、あるいは「コヒーレンス」と呼ぶ。着目している現象の基となる波動の規則性が高いほど、コヒーレンスが高くなる。今回のコヒーレントX線は、電磁波の波動としての規則性が高いX線のことを指す。通常、病院などで用いられるX線はこのようなコヒーレンスがなく、蛍光灯やLEDの光と同じ性質を持つ。これに対し、レーザー光は、コヒーレンスをもつ代表的な光である。
3)レーザー光の強度
レーザー光は空間的なコヒーレンスを有するので、光の波長程度の大きさまでレンズ等で集光することが可能である。これによって、単位面積あたりを通過する光エネルギーの量を圧倒的に高めることが可能になる。さらに、極短パルスレーザー光を集光させると、瞬間的に放出できるエネルギー量(出力:単位時間当たりの仕事量)を圧倒的に高くできる。この結果、わずか千兆分の一秒程度で電子をほぼ光速まで加速できるような電磁波が提供できる。なお、レーザー駆動によるプラズマの研究分野ではW/cm2という単位が使われ、波長1ミクロンの光の場合、1.37×1018 W/cm2が相対論的プラズマ発生の目安になる強度である。
4)高調波
レーザーのようなコヒーレントで強力な励起光を物質に照射すると、物質を構成する電子が揺さぶられ励起光と同じ周期の振動が誘起される。この電子の振動が大きいと光の振動周期からのずれが生じ、励起光の基の振動周期に対して整数倍の振動成分が誘起されるようになる。誘起された振動成分を持つ電子が放つ電磁波は、励起光の整数倍の周波数を有するが、振動がバラバラであったり、ズレたりする場合は結果的に検出できるような強度の電磁波まで成長できない。逆に、条件がうまく整って強め合い、検出できるレベルまでの強度になった時、整数倍の周波数をもつ強力な電磁波となる。このようにして発生する整数倍の周波数の電磁波のことを高調波といい、大きな整数値、すなわち高調波次数が高い場合、高次高調波という。高調波次数が十分に高くなると、基本波が可視光線であっても、周波数が桁違いに高くなりX線領域に達するコヒーレント光が発生することになる。
5)レーザー核融合
レーザーを利用すれば瞬間的に高い出力の光パルスを発生できるが、レーザーを使ってエネルギーをいったんレーザーパルスの光エネルギーに変換し、そのエネルギーを、核融合燃料(重水素や三重水素)を含んだ燃料ペレットに注入し、核融合反応に必要な高温、高密度状態を作り出すことができる。より一般的な磁場閉じ込め核融合とは異なりプラズマの持続時間は数十ピコ秒(一兆分の一秒の数十倍の時間)と短いが、高密度状態が実現できるため核融合燃料を効率よく燃やせる技術が確立できると期待されている。
6)高速点火
レーザー核融合研究において、強力なレーザーパルスを燃料ペレットに注入して高温高密度のプラズマ状態を実現すれば効率よく燃料を燃やせるが、実際には温度と密度の両方を点火燃焼が起こせるまで理想的に同時に高めるのは困難であることが知られている。現在までのところ、高密度のプラズマ状態をいったん作り出すことには成功しており、別の手段でこの高密度状態の燃料を理想的な温度まで加熱できれば、同様に効率よく燃料を燃やせることになる。高速点火は、できるだけ高密度のプラズマ状態を強力なレーザーパルスで作り出した後に、発生させた高密度燃料プラズマの継続時間である数十ピコ秒の時間内に第2の極短パルスレーザー光を燃料プラズマに照射して、相対論的な電子やイオンを発生し、それらで高密度核融合燃料を加熱することにより高速で点火燃焼を起こす方法である。
7)輻射減衰
荷電粒子を加速すればそれに伴って電磁波が放出される。軌道放射光はまさにこの原理に基づいて短波長の光を発生している。一方、自由電子と光の相互作用を考えたときに、電子は光の電磁波としての電界、磁界の影響を受けて振動し、電磁波を放出(輻射)する。この電磁波は、まさに電子が光の電磁場の影響を受けて加速運動をすることにより発生する。そして通常はこのようにして発生する輻射の強度は、振動を促す光の強度に比べて十分に弱いため、電子の輻射が励起する光に与える影響は無視できる。ところが、もし電子を加速して振動させている光の強さがとてつもなく強くなり、電子が受ける加速度に対応する放出電磁波(輻射)の強さが振動を促す光と同程度になった場合は、振動を促す光は電子を介在にして電子が放出する輻射にエネルギーを取られることになる。これを輻射減衰といい、このような状況が起こる光の強度領域のことを輻射減衰領域( Radiation dumping region )と呼ぶ。このような領域まで光が強くなると、ここで見つかった高次高調波発生の機構が当てはまらなくなる。波長1ミクロンの励起光を想定した場合、その境界の目安となる光の強さは2.7×1023 W/cm2と見積もられる。
8)アト秒(10−18:百京分の一秒)
短い時間幅のエネルギーパルスを発生する試みはレーザーの発明により飛躍的に研究が進んだ。実際に、レーザーはコヒーレントな光パルスなので、多くの周波数成分の振動をそろえること(モード同期)により短い時間幅の光パルスが発生できる。ただ高次高調波の発生機構やその制御法が十分に研究開発されるまではアト秒の時間領域のパルス発生は言うまでもなく、その物理を実験的に制御するような状況にはなかった。それはパルス幅短縮に利用されるレーザーの波長がミクロンのオーダーであるため、レーザー光の電磁波としての1サイクルでも1フェムト秒(千兆分の一秒)より長くなることに起因する。これに対し高次高調波の波長は桁違いに短く、また励起にはレーザー光を用いるため、その振動がそろっている。これらのことから高次高調波のパルス幅はアト秒領域にすることが可能で、既に実証されている。また、このアト秒領域のパルスを用いて原子・分子における励起された電子状態変化等の物理現象を扱う分野をアト秒物理と称しており、最先端の研究が展開されている。
※ プラズマ
物質の状態は、単位体積当たりのエネルギーすなわち温度により様々な状態を取る。例えば、水は0℃以下で固体の氷であるが、0℃を越すと水になり、100℃以上にすると水蒸気へと変化する。気体の温度をさらに高くすると、気体の原子や分子は高い運動エネルギーを持ちながら衝突してバラバラになり、マイナス電荷の電子と、プラス電荷のイオンからなる電離状態が生成される。レーザープラズマはこのような電離状態の温度と密度を同時に高くできるという特徴がある。今回の高次高調波発生では十分に高い電子密度を実現することにより、強い高次高調波が発生できたと考えている。なお、レーザー核融合ではこの温度・密度を同時に高くできるという性質をうまく利用して点火燃焼を実現することが目標であったが、実際には点火燃焼に至らないため、高速点火のような方法が考案されている。

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