【背景と経緯】

磁気を帯びていない鉄棒を高速回転させると、回転軸に沿って磁気を帯びます。この現象はバーネット効果と呼ばれ、1915年にアメリカの物理学者のサミュエル・バーネットによって発見されました。逆に、静止した鉄棒に外部から磁場を与えると、鉄棒は回転します。この現象はアインシュタイン・ドハース効果と呼ばれ、ドイツの物理学者のアルバート・アインシュタインとオランダの物理学者のヴァンデル・ドハースが、バーネット効果の発見と同時期に見出しました。また、相対性理論など純粋理論研究で有名なアインシュタインが行った生涯唯一の実験として知られています。バーネット効果やアインシュタイン・ドハース効果は、磁気と回転運動とが密接に結びついていることを示しています(図1)。

アインシュタイン・ドハース効果の発見された1915年は、アインシュタインが一般相対性理論を発見した年でもあります。一般相対性理論の発見によって、重力の影響や回転する天体の運動を精密に予測することが可能となり、その結果、様々な新しい天体現象が予言されただけでなく、人工衛星を用いたグローバルポジショニングシステム(GPS)による精密な位置計測も実現しました。

電子は「電気」と「磁気」の2つの性質を持ちますが、「磁気」の起源は電子の自転運動であることがわかっています。ナノテクノロジーのめざましい発展によって、電気の流れだけでなく、ミクロの世界の電子の自転の向きを制御することによって、磁気の流れを取り出すことが可能になりました。これまで、電子の磁気の流れと磁石の性質との密接な関係が調べられており、磁気抵抗メモリ(MRAM)をはじめとする様々なナノデバイスへの応用が世界中で推し進められています。

およそ100年前にバーネット効果やアインシュタイン・ドハース効果によって、物体の回転運動と磁気の密接な結びつきが知られていたにもかかわらず、この100年もの間、物体の回転運動とミクロの世界の電子の自転運動との結びつきは利用されてきませんでした。

従来の電子の性質は、静止した物体中で成り立つ量子力学を用いて解析されてきました。回転する物体中の電子の性質を精密に調べるためには、一般相対性理論を取り込んだ量子力学の基礎理論が必要です。

今回、私たちは、回転する物体中の電子の流れを精密に予測する基礎方程式を導き、物体の回転運動を用いてミクロの世界の電子の自転方向を一斉に揃え、磁気の流れを取り出すことができることを初めて示しました。この結果は、回転運動を用いた磁気の流れを生み出す手法であり、次世代ナノエレクトロニクスに不可欠である、ナノスケールでの物体運動を電子の自転運動によって制御する技術への道を開くと期待されます。

【研究の内容】

今回の研究では、回転運動する物体中で電子の電気と磁気の流れを明らかにする基礎理論を導きました。電子はスピン注5)という角運動量注6)をもっています。このスピンを取り出して、量子力学的な原理で作動するモーターや発電機を作ることが私たちの究極目標です。そのためには、「物体の回転運動」という従来の量子力学では含まれていなかった効果を記述できる理論が必要です。回転運動する物体を精密に取り扱うためには、一般相対性理論が必要です。これまで、固体中の電子の性質を調べる際に、固体の回転運動の一般相対性理論による効果は、無視されてきました。本研究では、固体の回転運動による一般相対性理論を組み込んだ量子力学的基礎方程式を導出し、固体の回転運動から電子スピンの流れを取り出す新現象を発見しました。

本研究の一部は、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業等の一環として実施されました。

【原理の説明】

近年のナノテクノロジーの発展には、電子の電気の流れと磁気の流れとを相互変換する「スピンホール効果」注7)と呼ばれる、固体中の電子の現象が不可欠です。これまでは、静止している固体中の電子に関するスピンホール効果のみが考えられてきました。

今回、回転運動する固体中の電子の一般相対性理論による効果を計算し、スピンホール効果に物体の回転運動の影響を含めることに成功しました。

回転運動は、加速運動の一種であり、加速運動する物体中の物理法則は、一般相対性理論によって記述されます。一方で、電子の電気や磁気の流れといったナノスケールの物理現象は、量子力学を使って記述されます。そこで、回転する物体中の電気や磁気の流れを取り扱うためには、一般相対性理論を取り入れた量子力学に基づく理論構築が必要となります。今回、一般相対性理論を取り入れた量子力学理論から、新しいスピンホール効果を導き、回転する物体に磁場をかけることによって、ミクロの世界の電子の自転運動が制御された結果、磁気の流れが生み出される新現象を発見しました。

【今後の展開】

近年ナノテクノロジーの進展には目を見張るものがあります。ナノテクノロジーの究極目標は、物質を原子レベルの大きさで制御しデバイスとして利用することです。

本研究で導かれた、一般相対性理論を組み込んだ量子力学的基礎方程式によって、回転運動する物体と電子の磁気の流れの関係が明らかになりました。これによって、物体の回転運動を制御し、電子の磁気の流れを取り出して利用する、量子力学的な原理で作動する発電機を作ったり、逆に電子のミクロの自転運動を用いて微小物体の回転運動を駆動する、ナノスケールのモーターを開発したりする道が開かれました。

本研究によって、従来の発電機やモーターとは全く異なる、量子力学の原理によって作動するナノデバイス開発が可能となり、次世代ナノテクノロジー発展への貢献が期待できます。

【参考図】

図1 磁石・回転運動・磁気の流れに関する相関図

図1 磁石・回転運動・磁気の流れに関する相関図。およそ100年前に磁石と回転運動のつながりが発見された。一方、近年のナノテクノロジーの発展によって、磁石とミクロの世界の電子の磁気の流れの関係を積極利用する技術が確立されてきた。本研究では、物体の回転運動から磁気の流れを直接取り出すための基礎理論を見出した。


戻る